第11話 弱肉強食

ゴブリンは家を完成させた勢いを途切れさせることなく、意気揚々と川へと走り出した。俺もそれの後を追いかける。ゴブリンは走る途中で落ちている枝や石を拾ったり、氷の斧を振りながら走っていた。


「ワオーン」

走っていると北西から狼の遠吠えが聞こえた。ゴブリン達はその声に惹かれるように少し左に逸れながら川に向かって走る。


「チャポン」

川に着いたとき、狼共は3匹の鹿を食っていた。さっきの遠吠えは狩の成功を告げる遠吠えだったのだろう。石を持っていたゴブリンは、狼が視界に入り次第石を投げた。しかし20mばかりある距離で走りながら的中させることはできなく、後ろの川に石は流れていく。狼はゴブリンの襲撃に気づき食事を止める。しかしゴブリンはそれに構うことなく突撃した。


「この階層はもう弱肉強食の世界だ。ゴブリンがこの先自由に生きるためにも手出しはしないでおこう。」

両者の数は狼の方が4.5頭多い程度だが、5匹のゴブリンには氷の斧がある。それに相手は狩りが終わったところだ、ゴブリンも走っていたとはいえ体力の点では有利だろう。


狼の群れから体格が小さめな3頭が抜け出し、トップスピードで先頭のゴブリンへと襲いかかる。そのゴブリンは先程石を投げたやつだった。石を投げるために先頭へ躍り出て、そのまま先頭を走ってしまったのだろう。無手のゴブリンはフルスピードの狼に対し対抗手段は無く、飛びかかられるのを待つのみだ。狼はそれぞれ、右腕、左腕、左足目がけて飛びかかってきた。ゴブリンは左半身を守るように後ろに引き、右半身が前に出る形になる。2頭の狼は攻撃をスカされ、姿勢を崩したままゴブリンの集団へと近づく。1頭はゴブリンの右半身へとタックルをくりだすのに成功した。ゴブリンはその勢いに耐えることができず、左肩から崩れ落ちていく。姿勢を崩し抵抗できないゴブリンの右腕へと狼は歯を突き立てる。ゴブリンの細い腕では狼の咬合力に耐えれず、肉が裂ける鈍い音が聞こえる。左腕で暴れるが狼は余裕を持ってそれを躱す。ゴブリンの後ろから増援がきたので、狼はこれ以上を求めず1度場を離れた。


ゴブリンの集団へと近づいてしまった2頭の狼に対し、ゴブリンは殺到する。3方を囲み、逃げられるのは狼が飛んできた方向だけにした。ゴブリンは棒を狼の足や顔へと突き出し、狼はそれを避けるのに左右へと動く。狼の動きが少し乱れた時、足にくる棒を避けることができず姿勢を崩してしまう。そこにゴブリンは氷の斧を振り落とし、狼の首を半ばまで切り落とした。

その隙に、もう1頭の狼は逃げ出そうと後ろへと振り向き走り出した。しかし運悪く狼の逃げ先の近くには体格が一回り大きいゴブリンがいた。そいつは氷の斧を持ち、刃ではなく平らな面を狼へと向け、水平に振り抜く。

狼は走り出した直後だからか、方向を変えることはできずに斧に当たり、3m程吹き飛んでいく。

戦闘に勝利した9匹のゴブリンは、孤立した1匹のゴブリンを助けるべく走った。


「今戦える数は9対12か。このまま行けばゴブリン有利だが、今の狼達は様子見の感じだし、順調にはいかないぞ。」

ゴブリン共は、1頭逃げ出した狼を追いかける。狼は群れへと戻りゴブリンはそれに接近した。群れは左右に6頭ずつ別れ逃げる。ゴブリンもそれに釣られるように4匹と5匹で別れて追いかけた。俺は左に逃げた狼を追いかける4匹のゴブリンを観察することにした。

狼の走りは速く、しかも群れ全体でスピードを合わせ逃げている。それに対しゴブリンは、斧を所持している者や体力が無くなってきている者を追い抜かしガムシャラに狼へと駆り立てる。狼は自慢の体力でまだまだ余裕な様子だ。狼は5分程逃げ続けていたが突如、後ろを走る1匹の一声でぐるりと方向を転換し攻勢に転じた。この時、ゴブリン同士の間には距離ができており、先頭と最後尾は70m程の距離があった。

まず狙われたのは先頭のゴブリンからだった。ゴブリンは尖った石を振り回し狼を近づけさせようとしない。3匹の狼がゴブリンの周りを囲むように走り回り攻撃のチャンスを伺った。2番目に走っていたゴブリンが狼の包囲を解こうとするが、他の狼が壁となり邪魔をする。木の棒で突くが多勢に無勢で意味が無い。

そうして時間だけが過ぎ去ると、石を振り回していたのと積み重なるダメージにより、包囲されていたゴブリンの体力が尽きた。倒れ込んだゴブリンはそのまま喉を噛み切られ絶命する。

丁度その時、遅れていたゴブリンも追いつき3対6の状況が出来上がった。ゴブリンは人数不利を理解しているのか手を出さない。狼も、先程の戦いを見て2つの氷斧に警戒心を抱いてるのか手を出さず距離をとる。緊迫した空気が時間を溶かす。2分ほど睨み合いを続けたが、先に音を上げたのは狼の方だった。

狼は声を上げると先程のように背を向け、殺したゴブリンを銜え逃げ始めた。危険な可能性のある斧持ちと戦うよりは、もうある食料を持って帰る方が利益が大きいと考えたのだろう。ゴブリンはそれを追いかけることはせず、元来た道を引き返す。俺はゴブリンより早く道を引き返し、もう1つのグループを見に行った。



「ゴブッ!」

1匹のゴブリンの声により統制がとれているのか、こっちのグループでは未だに死者が出ていないようだ。

ゴブリンは丸く固まり、死角からの攻撃を防いでいる。

ゴブリンの中でも特に目につくのは、殊更大きなゴブリンが持つ青い氷の斧が赤く染まっていることだ。狼はゴブリンを包囲しているが、動きに精彩を欠く2頭の狼が目に入る。よく見ればそれぞれ後ろ左足と、背中に傷を負っていた。時々滴る血が雪を赤く染めた。動く度に出血は激しくなり、時はゴブリンの味方をする。狼はそれを察したのか引きどころを見誤ることなく撤退する。怪我をした狼を真ん中に置き、ゴブリンから距離をとる。ゴブリンは追いかけるが、戦闘で思ったより疲労したのか距離は離れる一方だ。追撃は早々に諦め、最初にいた川へと引き返して行った。


俺が最初の川に着いたとき、丁度反対側からもゴブリンのグループが帰ってきていた。どうやらこちらのグループはあまり移動しないで戦闘が開始していたようだ。

「ゴブリンは残り8匹か。2匹も死んだが強さ的にはこんなものなのか。」

ゴブリンは、狼が狩った鹿の残りや、殺した狼の死体を協力して持って集落へと帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

堅氷のダンジョン アイス @naokiti1103

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ