第二章 皇女誘拐
第17話 鍛冶場のガトー
大陸の中央南東にある鍛冶の町ガランドは優秀な鍛冶職人が集まる町で、帝国の武器、防具のほとんどがこの町で作られていた。西の魔物との本格的な戦いを前に更に鍛冶製品への需要が高まり、鍛冶場地区を拡大し、新たな鍛冶場が建てられ、人員を募集した。帝国各地から仕事を求めてたくさんの人がやって来て、他の産業も活気づいて町は潤った。
今日も汗だくになって鍛冶場で働いたガトーは、渇いた喉を潤したくて町の人気の酒場に足早にやってきた。
ガトーは酒場の入り口の扉を開けると席の半分は客で埋まっていた。
「早くに来たつもりだったが、もうこんなに入っているのか」
鍛冶職人達は皆酒好きで、仕事終わりに飲みにいくので、酒場はいつも大盛況だった。
カウンターの方を見ると、2、3人のがっしりした体格のガラの悪い連中が壁に寄りかかり立ち飲みしている。手元には斧があり、壁に立掛けられていた。
ガトーは不機嫌な顔になり
「酒場に武器なんか持ち込みやがって、楽しく飲むところだろうがここは。席が空いてるのになんであんな所で立って飲んでやがるんだ」
ガトーは立ってる連中から離れた奥の席に座った。注文を取りに来たウェイターにビールを頼むと、足を思い切り伸ばし、手はだらんと下げて椅子に深く寄りかかり、吸った息をゆっくりと吐いて力を抜く。ウェイターが持ってきたビールを煽り、この為に俺は頑張っているんだなとガトーはしみじみ思った。
ガトーは鍛冶職人なら知らない人はいない鍛冶の名人で、最近、鉱物の新しい組み合わせで、優れた強度の武器を作る製法を発明した。遺跡のトンネル侵攻に際して、西の魔物との戦いは帝国民の関心も高く、数日前には帝都新聞の若い記者が取材に来て、ガトーの新型剣の材料、製法を熱心に聞いていた。帝国第二皇女のミリアも帝都から視察に来ていた。
酔いが回り気分の良くなったガトーが何気なく往来の激しくなった戸口を見ていると、その中に見知った顔がいた。その男は辺りを見回していたが、ガトーを見つけると笑顔で近づいてきた。
「親方が鍛冶場から先に帰るのを見かけたんでね。もう来てると思ってたんですよ」
先約が無いか確認を入れ、円テーブルを挟んでガトーの向かいの席に腰掛けたビトーはウェイターにビールを注文した。
ビトーは親方のガトーの鍛冶場に見習いで入ってきて鍛冶の技術を叩きこまれた。何年も修行をして、もう一人前だと認められ最近独立して念願の鍛冶場を持つことが出来た。
「親方の新しい剣は凄いですね。帝国の希望だと、帝都新聞の記事を見た帝国民が沸いてます。あの剣があれば西の魔物も怖くはないでしょう」
「俺としてはあんまり騒いで欲しくはないんだがな。ぬか喜びさせたくねえ。帝都新聞が無駄に煽り過ぎなんだ」
「どうしてですか?」
「残念だがなビトー。新しい剣は俺にしか打てないから数も限られている。トンネル攻略の為に新型の剣を打ってほしいと、陛下自らお越しになって依頼されたので俺はしょうがなくやっているが、この剣を使いこなせる本当の強者でなければ剣の良さが発揮されない。だから依頼された分以外は俺が持つのに相応しい奴か決めてから打つことにしている。新型剣の噂を聞きつけ、腕に自信があるものが訪れるようになったが、全然話にならねえし、金持ちが高額を提示することもあるが、俺はそんな奴には絶対剣を打たない」
「さすが親方。俺なら金を積まれれば二つ返事でオーケーしますけどね」
「だからお前は駄目なんだ」
「それでその新型剣を打った人物はいるんですか?」
「今のとこは一人だな」
「どんな奴ですか?」
「隠れ里に住んでるガキだ。十二歳になったばかりと言っていた」
「まさか最高峰の剣をその子供に?冗談でしょう親方」
「只のガキじゃねえ、勇者のような力を持っていた」
「もう勇者は皇帝陛下以外は居なくなってしまったんでしょう?」
「だから勇者のようなと言ってるだろ。隠れ里の村長がここに来て、村のガキがそこらの剣では直ぐ折ってしまうんで、新しい折れない剣を打ってくれと頼んできた。俺は本人に会ってから打つかどうか決めると村長に言ったら、次の日にガキが鍛冶場を尋ねて来た。そこらにいる只の元気なガキで拍子抜けしたが、俺の前で剣技と魔法を披露した時は驚いた。こういう奴らが人間を救ってくれるに違いねえと俺は思い、頼まれていた依頼を全部後回しにして、ガキの為に俺は精魂込めて剣を打った。新型剣を渡すとガキはたいして感謝もせず、町でうまいもん食って帰ると言って、とっとと出て行った。まあ頭は悪そうだったな俺の子供の頃に似て」
二人ともかなり酔いが回り顔が赤くなっていた。
「ところでだビトー」
「なんです親方?」
「あそこにいる連中は何で立って飲んでるんだ?武器なんか手元に置いてどういうつもりなんだ?」
「あれ。親方知らないんですか?あれは盗賊なんですよ。この酒場の用心棒をしている」
「盗賊風情が用心棒だって?」
「この町は今好景気じゃないですか。そして今遺跡に兵士が集められているのでこの辺りには治安維持の兵士が足りないんですよ。そこに目を付けた盗賊がこの町に来て暴れまわってるらしいです。この宿酒場は特に繁盛してると聞きつけた盗賊達が売上金を奪いに次々やってくるので、困り果てた酒場の主人は金と酒を報酬に、この辺りで一番強い盗賊のダルトン一家に守ってもらうことにしたんです」
「毎日通ってるのに、この酒場がそんなことになってるとは全然知らなかったな」
ガトーはまた酒を煽る。
「ダルトンていえば帝国軍にそういう名前の武勇に優れた武将がいると聞いたことがあるな。勲章もたくさんもっているとか。だが悪い噂もあって、ダルトンは軍の物資を横領したり、駐屯地を抜け出して一般人を暴行したり、気に入らない奴は味方でも戦場のどさくさで殺したりしていたらしい。けっきょく有耶無耶になったて退役させられた」
「そうですよ親方、そのダルトンが今は盗賊になって活躍しているんです。俺の鍛冶場の見習いがここの従業員と知り合いで、興味深い話を聞いたんです。先日この近くのラレソン村はダルトン一家に占拠され、酒好きのダルトンは村長の家を改装して盗賊専用の酒場にしたんです。その盗賊酒場に、ここの主人と従業員が酒樽を運んでいたのですが、酒場の隅に見たこともない化け物がいたらしいです」
「化け物?」
「巨大な芋虫のようだったと言ってました。頭はいびつな形をしていて眼は潰れ、歯のたくさん生えた円形の口からは緑の粘液が垂れていた。ぶよぶよした腹の側面には短い人間の手足がいくつも出ていて、それを動かしながら酒場を這って進んでいたということです」
「鳥肌が立ってきたじゃねーか。俺を怖がらせるために話を盛ってるんだろビトー?」
「俺は聞いたまま話してるだけですよ親方。そして化け物の近くには内臓を食われたダルトンの死体が転がっていたそうです。酒場の主人と従業員はあわてて逃げ帰ってきたそうですよ。化け物を見た酒場の主人は、化け物が夢に出てくるようになり、不眠症になってしまったそうです」
「酒場の主人も踏んだり蹴ったりだな。しかしダルトンが死んだのなら一家は解散するんじゃないのか?」
「今のところは現状維持だそうです。子分達は報酬の取り分が増えたので、ダルトンが死んで良かったと言ってるとか」
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