来訪の理由

「さて、いきなりの重鎮さん来訪について話し合おうじゃないか」


 お客様がお見えになった。

 しかも、相手はある意味王族よりも発言力のある世界最大商会のトップさんらしい。

 そのため、ハルカはお迎えする前に自室で至極真面目な顔でクロエに向かって言い放った。

 一方で、クロエはクロエで洗濯物を畳みながら───


「この前の王女様といい、坊ちゃんは人気に事欠かないですね。お偉いさんの大好物な蜂蜜でも塗っているのですか?」

「どうしよう、否定できるはずなのに否定できない部分もある」

「なるほど、では……」

「では、じゃないんだよなに近づいて舐めようとするの!?」


 ハルカの体に擦り寄って舌を出し始める美女メイド。

 必死に顔を掴まなければ、危うく首を本気で舐められそうなほど力強かった。


「舐めて確認すればしっかり否定できますよ?」

「その部分は否定できるんだよ客観的に……!」


 残念、と。しょんぼりとするクロエ。

 その姿に、ハルカは思わずため息をついてしまった。


「アリスの時もそうだったけど、本当になんで僕のところにお偉いさんが……」

「まぁ、今回もしっかりと心当たりはあるのでは?」

「あるのはあるけど……」


 直近で商会長の秘書見習いを助けたのは助けた。

 もしかしなくても、そのお礼で足を運んだのかもしれない。

 だが───


「あの時はちゃんとお面してたしなぁ」

「(あの身バレ必須のお面とマントですよね)」

「ん? 何か言った?」

「ふふっ、なんでもありませんよ」


 上品に笑ってみせるクロエ。

 本当なら、仕える従者としては事実を話してサポートするべきなのだろう。

 しかし、一番近くにいるからこそ、クロエは主人を悲しませないよう『幼き英雄』の暗黙のルールは守らなければならないと知っている。


(あぁ、未だに気づく素振りのない坊ちゃん……なんて愛らしいのでしょう!)


 まぁ、ルールを守る理由がだいぶ下心で汚れてはいるが。


「部下を僕が助けたって気づいていないはずだし、やっぱりこの心当たりは違うと思うんだよ」

「ふふっ、そうですね」

「きっと、偶然タイミングが重なったのではないかなと予想」


 そう、まずモモが『幼き英雄』の正体を知っていないと、そもそもお礼に来る来ないの話にはならない。

 ハルカの中では、自身の正体は未だ周囲に知られていないことになっている。

 故に、始めにあったかなり的を射た心当たりも、すぐに選択肢から消えてしまった。


「っていうか、早く目的ぐらいはある程度察しておかないと……お待たせしちゃってるし」

「突撃訪問相手を気遣う優しさ、流石は坊ちゃんです。しかし、目的を察してどうされるのですか? 別に今から悪巧みに参加させられるわけでもないと思いますが」

「いやいや、僕が変に状況に流されて公爵家うちに迷惑をかけたらどうするつもりなのさ? アリスの時は、まだ自国みうちでなんとかなりそうだったけど、今は相手が違うでしょ」


 そう、今回は相手が相手なのだ。

 自国内の人間であれば、最悪な話になったとしても身内でカバーできる。

 しかし、今回は特定の国に属してないお偉いさん。それこそ、いつぞやに出会った聖女と同じようなポジション。

 現当主である父親ですらどうにもならないことになれば、本当に公爵家に迷惑がかかる恐れになる。


 ハルカの懸念も分かる。

 公爵家に損害を与えられれば、家族だけでなく働く使用人や領民にも影響が出るのだから。

 ただ───


「……クズ息子とはほど遠い考えですね」

「う、うっさいなぁ!」


 顔を真っ赤にし、照れてしまうハルカ。

 それがなんとも可愛らしく、クロエは思わず口元に笑みが浮かんでしまう。


(とはいえ、十中八九来訪の目的はお礼だと思いますが)


 しかし、助けたのが自分であることに気づかれていると知らないハルカが分かるわけもなく。

 クロエは畳んでいた洗濯物を籠の中にしまい、ソファーに座っているハルカの背中を押し始めた。


「まぁまぁ、考えても仕方ありません。ここは一つ、勇気と愛嬌と可愛らしさを持って柔軟におもてなししましょう♪」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 少しは目星をつけとかないと心の準備が───」

「どうせババ抜きをしたいだけですよ」

「どう解釈したらお泊まりイベントの一幕が出てくるの!?」


 押さないでよ! と。

 まだまだ成長期なハルカは色々と成長し切ったクロエに押されてドアへ向かい始める。


「せ、せめて準備を! 今のうちに好感度アップ用品を携えて行こう!」

「トランプなら引き出しに入ってますよ?」

「まだ言うかお馬鹿ちゃんめ……ッ!」


 抵抗を続けるハルカ。

 このままでは埒が明かないと思ったのか、クロエは耳元でそっと囁く。


「ですが、坊ちゃん……これはチャンスなのですよ?」

「な、何が……」

「相手は大陸に影響を及ぼせる重鎮。もし、そんな相手に坊ちゃんが『クズ息子』だと認識されれば……」

「……ハッ!」


 ハルカの抵抗していた力が止まる。

 そして、重大な事実を知ったかのようにわなわなと震え始めた。


「た、確かに……世界最大商会のトップが僕のことを『クズ息子』だと認知すれば、その話も大陸中に広がる。そしたら、僕の『クズ息子』だというネームは今以上に頑固たるものに!」

「(ないに等しいネームではありますけどね)」

「増々僕が『幼き英雄』だと気づかれない! そうか、これは僕が『影の英雄』に近づくチャンスなのか!」


 ハルカは振り向き、輝く眼差しで拳を握る。


「さぁ、行こうクロエ! 一世一代の大チャンス! 僕をクズだと認知してもらうおもてなしをしようじゃないか!」

「重たすぎる腰が上がってよかったです」

「もちろん、公爵家うちに迷惑がかからないよう最大限の配慮をしながら!」

「その部分を譲り切れないところ、流石は坊ちゃんです」


 とりあえず、早く向かってくれるようで何より。

 どうせ目的なんて決まっているだろうと思っているクロエは、やる気に満ち溢れたハルカの背中を押して、部屋のドアをゆっくり開けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る