カレッシア商会
―――カレッシア商会。
大陸中に店舗と支店を構える、五百年も続く大陸最大の商会だ。
日用品から物件、護衛までありとあらゆる「金で買えるもの」を揃えており、今流通しているほとんどがカレッシア商会の商品が関連品だと言われている。
そのため、世間に与える影響力は計り知れず、それこそいち貴族よりも遥かに上なのだとか。
昔、カレッシア商会を蔑ろにしたとして、一つの街が経済破綻に追い込まれたという話もあったらしい。
まさか、そんなカレッシア商会の人間を助けてしまうとは。
不思議な縁もあるもんだな、と。ハルカは馬車に揺られながらそんなことを思った。
(っていうか、なんで僕は馬車に乗ってるんだろ?)
いつもなら颯爽と駆け付けて颯爽と去っていくはずなのに。
今回に限っては、どうしてか助けたモモの乗っていた馬車の中にいる。
というのも―――
「ふむ……この肌触り、素晴らしい乳液ですね」
「は、はいっ! ちょうどこれから発売しようとしていた新商品……らしいです!」
マジマジと、それでいて凄く真剣に白い液体の入ったチューブを凝視するクロエ。
横では、どこか緊張した様子のモモの姿が。
「素晴らしいですね……ちなみに、他にはどのようなものが?」
「こ、このようなものが!」
「……この商品リスト、赤の他人に見せてもよろしいので?」
……本当に緊張しているのか、秘密事項らしきものが安易に開示されているところが恐ろしい。
(女の子は自分をよく見せるための努力を絶えず続けるっていうし、化粧品ワードに絶対に釣られちゃうお魚さんになるのも無理はないけど)
帰ろうとした矢先、いそいそと大変そうに積み荷を整理するモモが視界に入り、「せっかくなら」と最後まで手伝うことにした。
その時、ちょうど積み荷の中身が女性の喜ぶ化粧品関係で―――それにクロエが反応した結果、商品をせっかくなら見せてもらおう、街まで送ってもらおうと、どのような話になった。
もちろん、ハルカの魔術があれば「家に帰りたい」と我儘ですぐに帰られるのだが―――
『何を言っているのですか、坊ちゃん。厚意は受け取るべきです女性がどれだけ苦労してるか知るべきです』
などと圧をかけられてしまえば何も言えない。
僕が主人なんだけどな、なんていう主張も女性の美を追求する姿勢には無意味なのだ。
「ちなみに、あなたのオススメはあるのですか?」
「わ、私ですか!? じ、実はあまりよく分からなくて……」
「商人、ですよね?」
「か、勘違いされるのですが、私は商人ではなく秘書見習いなんですぅ……」
シュンとうな垂れるモモを見て、ハルカは首を傾げる。
「秘書見習いって、誰の?」
「い、一応商会長のです」
「へぇー、凄いじゃん」
大陸最大規模の商会。
そのトップの秘書になろうとするとなると、狭き門のはず。
だからこそ、その話を聞いてハルカは素直に「凄い」と思ってしまった。
「そ、そんなことはっ! 私なんて、まだまだで……」
「いやいや、別に謙遜しなくても」
「こ、この前だって商会長にお湯をぶっかけてしまったり……!」
「本当にまだまだだね」
どういう状況になったら上司の頭にお湯をぶっかけられるのか?
ハルカは目の前の少女がどんなキャラクター属性を持っているのか、なんとなく察しがついてしまった。
「そ、それでも「容姿が凄く可愛いもの。近くに置いて愛でたいわ」って言って、秘書見習いを続けさせてくれて……」
「なるほど、ドジっ子属性を極めるとマスコット枠を確立できるのですか」
「きっと、真面目に勉強ばかりしている人には辿り着けない裏口ルートだよね」
大きな組織になればなるほど、入るのが難しくなるはず。
ただ、勉強するだけではいけないのだと、どうしてか目の前の少女が教えてくれているように見えた。
「っていうか、分からないんだけど……商会長さんってどんな人なの?」
「坊ちゃんの世間知らずに本当に涙が出てしまいそうです」
「むっ……なんだよ、そういうクロエは知ってるの?」
ハルカはやれやれと肩を竦めるクロエに頬を膨らませる。
すると、クロエは膨らんだ頬を突きながら―――
「カレッシア商会の商会長は、長寿のエルフです」
「エルフって、あの……?」
エルフは少数民族だ。
人間と共存してはいるものの、滅多に世間に顔を出すことはなく、妖精と呼ばれるほど希少的な仮想生物のような扱いになっている。
その特徴は整いすぎた容姿と、平均的に二千年も生きると言われる長い寿命だ。
「手腕は言うまでもなく、一からカレッシアを名を知らしめられるほど。そして、非常に懐が広く、慈愛に溢れているのだとか。多くの職に困っている人に手を差し伸べ、多くの人を救ったという話もあります」
「へぇ……本当に凄い人なんだね」
「そ、そうなんですっ!」
ハルカが感心していると、横からモモが食い気味に反応を見せる。
「商会長様は本当に凄いお方なんですっ! 優しさと慈愛に溢れ、カリスマ性も証人としての手腕も一級品! さらには、容姿も変わることなく大陸で評判の『世界ベストウーマン』には毎年必ず名を連ねるほど!」
「お、おぅ……」
「今では、一国の王ですら商会長様には頭が上がらないぐらい、世界への影響力は計り知れないんです! それこそ、発言一つで世間の流行りを変えてしまえるんです!」
キラキラとした眼差し。
慕っているというのがありありと伝わってくるほどの圧を感じるのだが、正直そこまで知らないハルカとしてはあまり理解ができない話で。
(まぁ、凄い人っていうのは分かったけど……僕には関係ない話というか)
そんな凄い人なら、会うこともないはず。
ハルカは一介の貴族で、『幼き英雄』として活動してはいるもののただの子供だ。
会いたいと思っても会えるとは思えない相手なのは言わずもがな。
「うんうん、それはいつか会ってみたい人だなー」
「坊ちゃん、いきなり他人事感が溢れましたね」
「あーっはっはっはー」
だからこそ、ハルカは目の前の少女を見て綺麗な笑みを見せるのであった。
そして、二日後───
「坊ちゃん、カレッシア商会の商会長様がお見えになられれおります」
「ハッ! まさか、あれはフラグだった……ッ!?」
「何を仰っているのですか?」
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