決着

 ハルカの魔術は、あくまで感情に起因する。

 エルザやプラムのようにシンプルな魔術には発生しないトリガー。最強であるが故に、縛りはライガ以上のものとなる。

 しかし、トリガーさえ確立してしまえば―――


「ごめんね、遅くなっちゃって」


 ハルカの視線は二人へと注がれる。

 組み伏せ、今正に剣を振り下ろそうとしたエルザにまで、ハルカは同じような言葉を向けた。

 途中で乱入したミナと同じで、ハルカは今この状況を分かっていない。

 だが、二人の表情が……明確に誰が悪いのかと理解させる。


「ハ、ハハッ……どういう理屈だァ、こりャ?」


 先程まで笑みを浮かべていたはずのライガの頬が引き攣る。

 それも当然———ライガは、ハルカが魔術を扱えることを知らない。

 あくまで、公爵家のクズ息子。加えて、見た目相応の子供という認識だ。


「もしかして、やられたのか……? あいつが?」

「あいつっていうのは知らないけど、プラムさんは倒してきたよ」

「……そうか」


 ライガがそう口にした瞬間、虚空から一振りの剣が出現する。

 すると、エルザは折れた剣を捨てて代わりに新しい剣を―――


「坊ちゃん!」

「大丈夫」


 振るおうとした瞬間、ハルカの拳が剣の側面へと当てられた。

 両者それぞれ目にも止まらぬ速さ。結果は、生み出された剣がまたしても根元から折れるという現象。

 二度目———は、驚かない。

 すかさずもう一度エルザへハルカを狙おうと指示を飛ばす。


「……ごめんね、エルザ」


 シュ、と。

 ハルカの拳が横へと振るわれた。

 その拳は的確にエルザの顎へと入り、確実に脳を揺らしていく。


「申し訳、ございません……」


 エルザがアリスに倒れ込んだ。

 非戦闘向きのアリスは何が起こったのか理解できなかったが、慌ててエルザの体を受け止める。

 そして、一歩。二人に背中を向けて幼き少年は歩き出した。


「ハルカくん……」

「待ってて、今終わらせるから」


 アリスの言葉は震えていて。

 それでも安心させるように、ハルカは言葉を呟く。

 一方で、頬を引き攣らせていたライガは額に汗を垂らして唇を噛み締めていた。


(おいおい、元SSランクの冒険者が瞬殺ってどういうことだ?)


 まさか、公爵家のクズ息子にあのような力があったとは。

 そう驚いていた時、ふとライガはあることを思い出す。


(そういえば、公爵領では人知れず誰かを助けている英雄がいるって話……)


 まさか、と。

 ライガは勢いよく顔を上げる。


「てめェ……あの『幼き英雄』か!?」

「別に今はそんなことどうでもいいでしょ」


 一歩を踏み締めながら、ハルカは吐き捨てる。


「どんな魔術を使ったのかは知らない。エルザがアリスを狙うなんてしないだろうし、ましてや慕っているミナさんを傷つけるなんてあり得ない。っていうことは、必然的にお前がやったんだって推測できる」


 それさえ分かっていれば、自ずと自分がすべきことが分かる。

 今、抱いているこの感情の赴くまま。己の我儘が解消できるように行動するだけ。


「だから、僕は君を倒す。それでアリスが明日も笑顔でいてくれるんだったら」


 その言葉を傍から聞いていたアリスの顔が、一気に真っ赤になる。

 こんな状況であるにもかかわらず、傍らには気絶して体を張ってくれたエルザがいるのに。


(……ハルカくん)


 激しく脈打つ心臓を確かに感じながら、アリスは逞しくも小さな背中を見守った。


(いいや)


 ハルカの怒りの矛を向けられているライガは、内心で口角を吊り上げる。


(問題ねェ……俺の魔術は、対象一人であれば問題なく支配できる)


 トリガーである支配範囲の中。

 エルザの時と同じようにハルカを支配してしまえばいい。

 そうすれば、エルザとアリス、倒れているミナにもトドメをさして勝手に「己が殺した」などと証言させるだけで終わる。


(俺の魔術がある限り、負けはねェ!)


 ―――だが、ライガは見落としていた。


 ライガの魔術は相手のポテンシャルによって支配できる条件が変わってくる。

 エルザ一人を支配した段階で他者の支配ができなかったということは、エルザのポテンシャルだけで上限いっぱい。

 本来であれば、これだけで充分なのだろう。


 しかし、だ。


(……ァ?)


 エルザのポテンシャルは、あくまでSSランクの冒険者

 支配下に置かれていたとはいえ、そんなエルザを一撃で倒してみせたハルカがポテンシャルが低いわけがない。

 つまりは、エルザ以上。

 魔術を行使しても歩みを止めないハルカを見て、ライガは思わず固まってしまう。


 そして———


「歯を食いしばれ、クソ野郎」


 ハルカの姿が、いつの間にか背後へと現れる。

 ライガが振り向いた瞬間、少年は確かに拳を握っていた。


「僕の大切な人を傷つけた報い、ちゃんと受け取れ」


 ゴンッッッ!!! と。

 鈍い確かな音が外壁際の人気のない場所で響き渡った。

 笑みを浮かべていた青年は外壁にヒビを入れるほどまで吹き飛ばされ、静寂だけが辺りを支配する。


「……さて、これで幕引きかな」


 この場に立っているのは、『幼き英雄』と呼ばれている少年のみ。

 今ここに、本当の意味でアリスを取り巻く戦いが幕を下ろした。

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