駆けつけたのは
ミナは別に、ここで命を張る理由はない。
今起きている宗教内の争いでもなければ、自分に関係のある話でもないからだ。
ただ、相手は自分の慕っている聖女が懐いている相手で、ここを見逃せば善人が死んでしまう可能性がある。
それに───
(あの『幼き英雄』にあの借りを返せるなら、踏ん張っても後悔はねぇですね……ッ!)
二度、三度。
振り抜かれる剣を捌いていく。
それだけではなく、攻撃の合間があれば全力でいつも握っているものより小さい剣を振るう。
とはいえ、相手は若くして剣の頂に手を伸ばす少女。
呆気なく躱され、代わりに剣の切っ先が肩口へ突き刺さる。
「ミナ、避けなさいっ!」
「無茶言わねぇでください……ッ!」
エルザも抗おうとしているのだろう。
心苦しそうに、必死に顔を歪めている姿からは意図的なものは感じられない。
段々と読めてくる状況。きっと、エルザは体の支配を他人に奪われているのだろう。
(そんで、奪っている相手は後ろの男!)
楽しげに、愉快そうに笑みを浮かべながら傍観者の席に座っているライガ。
アリスが青年に向けている視線からも分かる通り、この状況の元凶は正しくあいつだ。
だが、分かっていてもなお何もできない。
エルザが繰り出す猛攻を捌くのに精一杯。一つの油断とミスが、文字通り死に繋がる。
(チッ……早く来てくださいよ、英雄なら!)
ミナの目的は、時間を稼ぐこと。
己が操られておらず、アリスも無事だということは支配できる人間が限られているということ。
であれば、この場所に誰が訪れてもいい。ハルカが訪れてもいい。
証言や証人、打開できる人間でもなんでも、新しい要因さえ加われば状況は変わる。
だから───
「ミナっ!」
「ッ!?」
ミナの一振りが宙を切る。
その瞬間、エルザの容赦のない蹴りが脳天へと叩き込まれた。
「…………ぅ、ぁ」
体格差というのもあったのかもしれない。
しかし、それでも的確に急所へ叩き込まれたことによってミナはその場へ崩れ落ちてしまう。
「〜〜〜ッ!?」
エルザの顔が更に険しくなる。
何せ、今この状態で拮抗できていたのもミナが踏ん張ってくれていたおかげだからだ。
そんな中、もしミナがリタイアしてしまったら?
「ハッハッハッー! いいぜェ、決着だぜアリス!」
───必然的に、エルザの刃はアリスへと向けられる。
「ッ!?」
ミナが倒れてしまったことにより、アリスはすかさずその場から身を翻した。
気を散らせることもない。何せ、ミナはもう倒れてしまったのだから。
しかし、戦闘に参加してこなかったお姫様が戦闘のスペシャルリストから逃げられるわけもなく───
「きゃっ!」
アリスは一瞬で距離を詰められ、組み伏せられてしまう。
上に乗っているのは、剣を握りしめるエルザだ。
「足が、遅いんですよ……ッ!」
「仕方、ないじゃん……ッ!」
苦しい。
地面の上であるかた背中も痛いし、動けなくさせるよう関節もキメられている。
月夜によって輝く剣の切っ先が眼前に映り、恐怖によってアリスの心拍数を上げた。
「乱入者はあったがァ……ま、ここまでだなァ」
ライガは動くことなく、笑みを浮かべながらアリスを見る。
「家族のよしみだ……言い残すことぐらい、聞いてやらんでもないぞ?」
エルザはまだ動かない。
勝利を確信しているからか、はたまた本当によしみを感じているのか。
どちらにせよ、殺そうとしていることには変わりない。
アリスは組み伏せられながら、キツくライガを睨んだ。
「お前なんて、死ねばいい……ッ!」
「ははッ! 最後の一言ぐらいお姫様でいろよなァ、マヌケな妹よォ!」
遠慮はない。
ライガにとって、家族は踏み台であるか邪魔であるかの二択。
故に、何をするわけでもなく───
「さっさと殺っちまえ」
一言を、キッパリと言い放った。
その瞬間、エルザの腕が真上へと振り上げられる。
「……申し訳、ございません」
エルザが顔を苦悶に歪ませながら、アリスへ言葉を向ける。
それを受けて、アリスは小さく笑った。
「こっちの方こそ、ごめんね。エルザのことは正直気に食わなかったけど……まぁ、嫌いじゃなかった」
これは己の責任だ。
エルザはここから、己を殺したと証言することになる。
間違いなく、王族殺しは極刑だ。悲惨な道を歩くことになるだろう。
「……本当に、巻き込んでごめん」
「…………ッ」
「せめて、酷いように殺してもいいからさ」
死にたくはない。
しかし、これから何もできず死んでいく自分はエルザに贖罪を残せない。
自分を見下ろす、自分のために動いてくれた少女に。
(あーあ……)
ダメだったかぁ、と。
アリスはふと天を仰いだ。
(こんなことなら、もっとハルカくんとイチャイチャしとくんだった……)
今頃、彼は何をしているんだろうか?
巻き込まずに済んだ……と、考えてもいいかもしれない。好きにパーティー会場で可愛らしい悪役ムーブでもしてくれていたら嬉しいと思う。
だから───
「ハルカ、くん……」
最後に、そんな言葉を呟いて。
エルザの剣は、真っ直ぐに振り下ろさr
「いくら喧嘩する仲でも、それはダメだと思うよ……エルザ」
その剣は、根元から綺麗に折れてしまった。
「……は?」
そう口にしたのは、アリスでもエルザでもなく傍から見ていたライガだった。
何が起こったのか? いや、何が起こったのかは分かる。
エルザが振り下ろそうとした剣が、物凄い勢いで蹴られたのだ。
ただ、どうして蹴られたのか? どうして二人の横に少年がいるのか、これが分からなかった。
先程までは、そこに誰もいなかったのに。
景色に大きな亀裂を見せ、一人の少年がいつの間にか立っている。
「ハルカくん……」
「坊ちゃん!」
二人の声は少年へと向けられ。
少年は真っ直ぐに、ライガの方を見る。
「……さて」
そして、少年は小さな拳をそっと握った。
「僕の大切な人を傷つけようとしたのは、お前だなクソ野郎」
大きな思想を切り捨て、個を守るために駆け付けてきた少年。
幼くも、大切な人の笑顔を守るために拳を握る
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