大勢と個
プラムは孤児院の出身だ。
どこかにある国の、どこかにある街の貧しい場所で育つ。
両親は出稼ぎ先の紛争に巻き込まれて亡くなったみたいだが、物心つく頃にはすでに孤児院の一員であった。
孤児院の子供は数多い。それも当然……貧しい場所では死者が多い。
明日を生きる金もなく、食料もなく、子供を生かすために親は身を削る。
プラムが生まれた場所は別に悪徳貴族が私腹を肥やしていたわけでもなく、辺境が故にただただ貧しかった。
貧しいせいで常に空腹で、ロクに栄養も取れないために病に侵され、大人だけでなくか弱い子供まで次々と死んでいく。
明日は自分かもしれない……そんな怯えた日々の毎日であった。
―――宗教は、ある意味で現実逃避の延長だ。
不満、不遇、不可抗力。
これから抜け出したいがために、現状を変えてくれと見知らぬ神に祈る。
プラムは子供の頃から教会の信徒であり、毎日のように祈りを捧げていた。
しかし、神様は何かをしてくれるわけでもなく。
己の実力が認められ、自分だけが出世コースを歩んで金を稼ぐようになる。
もちろん、優しい少女は己の稼いだ金は全て孤児院へと寄付をしていた。
しかし、それでも足りず。
一つの孤児院を助けても、他の貧しい場所へは手が届かず。
自分の知る限りでも、明日を乗り越えられず死んでいく者ばかりが増えていった。
教会は誰かの幸せために神が想像した場所。だが、それはあくまで平等を謳い、互いに手を差し伸べ合うといったもの。
更には、上に座る者は相も変わらず裕福な生活をしている。
それなのに、誰かを幸せにできるのか? 現に不幸に陥って死んでいく人間がいるのに?
―――こんなことではダメだ。
だから、プラムは教会の方針を変えようと立ち上がった。
序列二位という立場にいながらも、同じ思想を持った人間を集い、己の環境を揺るがす結果になっても誰かのために。
誰かの、ために―――
「負けるものかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
プラムは腕をより一層に引いた。
するとハルカの体は縄で引っ張られるかのようにプラムへと飛んでいき、振り抜かれた彼女の拳が胴体に突き刺さる。
「……ッ!?」
引っ張られる力と合わせた拳の力はハルカの顔を確かに歪ませた。
地面を転がり、なんとか起き上がった瞬間———再び体が引き寄せられる。
「私は、こんなところでは躓けない!」
今度は顔に。
子供だからと容赦なく、プラムは渾身の一撃を叩き込んだ。
「たとえ、この思想が間違っていたとしても! 最後は破滅的な結末が私に訪れようとも! それでも明日を誰かが生きられるのなら!」
聖騎士は何も剣技だけで集められた集団ではない。
己の才能を最大限活かすために生み出される魔術を扱う人間もいる。
プラムの才能は、心優しい性格とは裏腹な『盗み』というものであった。
これから義賊のように盗みを働こう……とは考えていない。それでも、己の生き方に役立てるよう魔術を生み出した。
それは、対象と対象の間の距離を埋めるというもの。
至ってシンプル。視界に収めた物体を物体に引き寄せるだけ。それが己を起点でも己を抜いても構わない。
「君はどうなんだ!? 貴族として、毎日を当たり前のように生きている君は私のことをどう思う!?」
鳩尾にまたしても、プラムの拳が突き刺さる。
「他人事なのは分かっている! それでも、この話を聞いて何も思わないか!?」
分かっている。
今、この少年に何を訴えても意味がないことを。
どこで生まれ、どんな環境で育つかは運次第だ。裕福な家系に生まれることもあれば、プラムのように厳しい環境で育つこともある。
これに関しては、誰が悪いとかではない。裕福な場所に生まれたからといって、差し伸べる義務はない。
だからこそ、誰かの笑顔を守ろうと拳を握っているハルカは何も悪くない。むしろ、正しいと言ってもいいだろう。
でも、だからこそ。
「せめて、私の道を開けろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」
四度目。
プラムが腕を引き寄せ、ハルカの体が勢いよく自分へと飛んでくる。
しかし―――
「ごめん、それはできない」
―――直後。
プラムの腹部に謎の光の柱が突き刺さった。
「……ばッ?」
腹部から血は流れない。
その代わり、口から確かに見える血が吐き出される。
何が起こったのか? わけも分からず、プラムの膝は力が入らずその場へ崩れ落ちた。
「……君がしようとしていることは、ある意味正しくて、ある意味では正しくないのかもしれない」
魔術の効力が切れたハルカが、ゆっくりと歩き出す。
「確かに僕の力じゃ、個を守れても不幸に見舞われる大勢は助けられない。それを自分の手を汚してまで拾い上げようとするあなたは立派だと思う。僕は、心の底からあなたを尊敬する」
でも、と。
少年は悲し気に呟いた。
「でも、少しは周りの笑顔にも目を向けた方がいいかもしれないよ」
その言葉が耳に届いて、プラムの頭にはふと小さな女の子の姿が浮かんだ。
『プラムさんは本当にお優しいですねっ! 分かりました、私も孤児院の炊き出しにご一緒します!』
明るくて、心優しくて、他人の不幸を嫌う。
教会の象徴、神の御使いと呼ばれ、体現しているかのように常に笑顔を浮かべているあの子。
そんな女の子が脳裏に浮かんだからか、プラムの瞳に涙が伝った。
「は、ははっ……」
血で汚れた唇を、プラムは歪める。
「……子供の我儘、だったのかもしれなかったな」
「そうだね」
直後、プラムの額に重たい衝撃が走った。
蓄積したダメージのせいか、プラムの意識は徐々に薄れていく。
「そういう我儘は、僕が通すものだ」
最後に聞こえたのは、そんな言葉。
プラムはハルカの声を聞き届け、そのまま意識を落とした。
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