支配
ライガの魔術は、カリスマ性や統率力といった他人を纏める才能がある。
そこから生み出された魔術は、他人を意のままにコントロールでき、本人の意思を全て無視できるという強力なものだ。
しかし、コントロールできる対象は自身の指定した範囲内にいる人間にしか扱えず、加えてコントロールできる人間の素質によって数が変わってくる。
分かりやすく言えば、決められた箱に詰め込められる分のみ支配できると考えてもらえればいいだろう。
エルザの素質は、三十人分ほど。
ライガのキャパシティーではエルザ一人コントロールするだけで精一杯であった。
だが、それだけ。
一度支配してしまえば、あとは単なる強力な手駒である―――
(まったく状況が分からない中に割り込むのも大変でいやがりますね……ッ!)
一、だけではなく十。
数秒の間に、エルザとミナで剣のやり取りが繰り広げられる。
聖女であるセレシアを外にいる護衛に任せ、どこに行ったのか分からないハルカを捜していた矢先。
何故かエルザが護衛の対象であるアリスを狙っている姿が見えたため駆けつけた。
故に、今のミナにはこの状況をあまり理解していない。
ただ、分かるのは―――
「しっかり、本気じゃないですか!」
パーティーということもあって、ミナが愛用している長剣は持ち合わせていない。
手に持っているのは、騎士から拝借した一般的なもの。リーチの差があってやり難いものの、逆に今はよかったのかもしれなかった。
「好きで、本気で相手にしているわけでは……ッ!」
エルザの剣撃は技量が凄まじい以上に、その速度である。
目にも止まらぬ速さは大陸最高峰。ミナのスタイルは巨大な剣を振り回すことこそなのが、重量の影響でエルザの剣は本来捌けない。
こうして辛うじて捌けているのは、あくまで一般的な剣で相対しているからである。
だが、技量や全てにおいて———現段階ではエルザの方が実力は勝っていた。
「ばッ!?」
柄の先端が胸に突き刺さり、ミナは後ろへ転がされる。
それを追うようにして、エルザの足が勝手に前へと進み始めた。
(本当に、この魔術はッッッ!!!)
もちろん、エルザとてこのようなことはしたくない。
それでも、体が思うように動かない。
間違いなくライガの魔術の影響だろう―――己が剣を振り上げているのは、それもこれもクソ野郎のせいだ。
実際問題、ライガは相手の体を支配することができる。
ただ、それはライガの意思でエルザの体を動かしているのではなく、対象本人の脳から生まれる命令を置き換えているに過ぎない。
もしも、操り人形の根元を持ってライガが動かそうとしても、今のエルザのように細かで素早い動きは生み出せないだろう。
しかし、相手に思考の制御を強制させているからこそ、今では余計にタチが悪いものとなっている。
「……随分と堂々とした犯行じゃん」
そんな様子を傍で見守っていたアリスはボソリと呟く。
可憐な少女の声は横へと向けられ、気を失った令嬢の上で愉快そうに笑う青年はアリスへと視線を向けた。
「堂々かァ? まァ、今の手段は下から二番目か三番目の手段で、最善とは言えねェが……てめェの目にはそう見えるとはな」
「堂々すぎるでしょ。お兄様の魔術を知っているのは王族しか知らないけど、逆にお父様が知っていれば私が仮に殺されても犯人の目星はつく」
エルザがアリスを殺して、エルザが「己が殺った」と証言しても、きっと国王は納得しない。
それは赤の他人で動機のないエルザが犯行に及ぶとは考え難く、逆に動機があって「操った」と思わせるライガの方が犯人の可能性が高いと考える。
実際にライガがアリスを連れて会場の外に出掛けているのは何人も見かけている。
ここからエルザを殺した―――なんて信憑性は、国王からの視点では低くなるだろう。
「浅いんだよ、お前は思考が」
「あ?」
「証拠や現行犯じャなけりャ、父上は俺を捕まえよォとはしない。そりャ、俺がやったとは思うだろうが……周囲の貴族はそうじャねェ。俺の魔術を知らねェ傍から見れば、メイドが殺した以外の結果しか見えねェんだからよォ」
そう、今の話はあくまでライガの魔術を知っている者の話だ。
知らない人間からしてみれば、トチ狂った人間が犯行をしたようにしか見えない。
その中で第二王子を牢屋にでもぶち込めば、派閥の貴族の反感や周囲の貴族からの不信が生まれるだろう。
「下で気絶させたこいつも、自分が変な感覚に陥っただけで魔術だって知らねェ。証言しようにも、この会話すら聞いちャいねェよ」
「……だったら、ミナに証言してもらう」
「それは今からあのメイドが殺すだろ。そんでてめェも死ぬ……要は死人に口なしだ。まァ、継承権争いには影響が出るだろうが、クソ妹がのさばって生きるよりかはいくらでもやりよう次第では盛り返せる」
だから、下から二番目か三番目かの選択。
本来はプラムと合流して殺してもらう予定だったが、問題が発生したのであれば仕方ない。
「あァ、安心しろ。俺からは手出しはしねェよ。何せ、俺が殺せば少なくとも痕跡が残るしなァ? そうすれば、メイドから喋らせる自白も意味がなくなっちまう」
キシシッ、と。
ライガはまるで勝利を確信したかのように笑う。
その様子を見て、アリスは血が出るほど唇を噛み締めた。
(クソクズが……ッ!)
今ここで、ライガを倒して魔術を消すという方法もある。
魔術はあくまで本人からの魔力の供給がなければ維持ができないからだ。
しかし、相手は軍のトップに立つ男。アリスの魔術は戦闘向きではないため、真っ向で戦っても負けるだけ。逆に正当防衛という形で殺される可能性もある。
だったら、ここで逃げて助けを呼ぶか? いや、それだと操られているエルザが癇癪を起したと周囲に思われ、最悪捕まってしまうことも考えられた。
そうなればエルザだけでなく、ハルカにも迷惑が及ぶし、そもそもエルザほどの実力者が自分を逃がしてもらえるとは思えない。
ただでさえ、現在ミナが押されているのに、守られている側が気を引いてしまえばミナの命まで危険に晒してしまう。
だからこそ、何もできない。
ただただ、横で愉快そうに笑う男と現状を見守るしかない。
(ハルカくん……エルザ)
お願い、と。
何を求めるわけでもなく、ただただ無事なことをアリスは祈った。
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