戦闘開始

 この選択が間違っているなど分かっている。

 ライガに言われたのは、パーティー参列者として会場に行き、早々にアリスの弱みであろうハルカを捕え、人質にすること。

 そのあとは単にライガと合流して

 事故に見せかけるもよし、堂々と殺すもよし。要は、ライガが殺していないと主張できればそれでよかった。


 ───そうすれば、多くの金が送られるから。


 誰かの命で多くの人を救える金が手に入る。

 本末転倒だというのは重々承知しており、これが望む未来へと繋がるのだと信じてライガと約束を交わした。

 だというのに───


「ふ、ざけっ……!?」


 プラムはその場で身を転がし、すぐさま走り出す。

 直後訪れたのは、背後から聞こえる激しい衝撃音だ。


(これが、公爵家のクズ息子だと!?)


 背後は振り返れない。

 振り返った瞬間、次のアクションがプラムの体を襲ってくるからだ。


「これは僕の我儘だ」


 プラムがそれでも背後を振り返って携えていた剣を前にかざす。

 その時、剣諸共プラムの体が勢いよく後方へと吹き飛ばされた。


「誰かが笑っていられる世界を。そのためだったら、僕は拳を握る」


 プラムの体は何度もバウンドしていき、やがて庭園の柵を壊してしまう。

 剣を握っていたはずの腕が両方とも痺れ、胴体に激しい痛みが襲った。

 苦悶で顔が歪んでしまうのも仕方のないことだろう。何せ、ただ殴っただけの一撃が子供の見た目からでは想像がつかないほどの重さだったのだから。


「……これでも、私はそれなりの腕なのだけれどな」


 プラムの実力は、エルザをも迫る。

 聖騎士の中での序列二位ナンバーツー。ひとたび戦争に駆り出せば、百騎以上の戦果を残すとされている。

 それでも、なお。押される。たった一人の少年によって、為す術なく。

 逆に言えば、実力があるからこそ持ち堪えているのかもしれない。


 ───プラムは知らない。


 公爵家のクズ息子と呼ばれている少年が『幼き英雄』と呼ばれていることを。

 赤龍を片腕だけで倒してみせ、感情次第によってはエルザをも圧倒できることを。

 もしも、今その話を聞いていればプラムは酷く納得してみせただろう。

 しかし、現在誰も教えてくれる人はいない。いるとすれば、ハルカ本人が拳を持って教えてくれるだけ。


(……負ける?)


 ハルカの体がブレる。

 次に現れたのはプラムの背後。剣を振るうが、先にハルカの蹴りが脇腹に突き刺さった。


「ば……ッ!?」


 速さが違う、力が違う。

 序列一位と剣を交わした時も、このような状況にはならなかった。


(……負ける?)


 地面を転がりながら、プラムは思う。


(この私が?)


 間違っていることは分かる。

 守るべき子供を人質に取ろうとし、自分より歳が下の女の子を手にかけようとしているのだから。

 それでも、それでもだ。

 この行動によって救われる命がある。

 金に困っていない人間には分からないだろう───金がなければ、明日の時間すら謳歌できないのだと。

 まだ、自分は……何も成せていない。


「ふっ、ざけるなァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッッッ!!!」


 プラムの叫びが、庭園に響き渡る。


「君達には分かるまい、金のありがたみを! 飢えに苦しむ子供達の苦しみを! 明日を生きられない人間の残酷さを! 君達が優雅に過ごしている間にも、一人一人と命を散らしているんだ!」


 プラムは剣を握り、ハルカへ突貫する。

 振り上げた剣はハルカによって躱されるものの、直後繰り出した蹴りがようやく直撃した。


「仲良しこよしで生きていくだけでは飢えはなくならない! 平等を愛しても公平にはならない! 誰かが笑っていられる世界を作るためには金がいる! この身を犠牲にしたとしても、世の全ての子供達を幸せにはできないッッッ!!!」


 間違いだと分かっていても、成し遂げなければ。

 ここで己が倒れてしまえば、間違いを「正しい」と誰も言ってくれない。

 少しでも、金を。取っ掛りは王子の金でいい。それだけでは救えないとしても、その金で教会の方針を変えるために動くことはできる。

 動くことができれば、頭でっかちな教会の上の人間を一掃できる。

 だから、私は───


「そこを退け、幸せ者がァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッッッ!!!」


 プラムは持っていた剣を全力で投擲する。

 それに合わせて、己も距離を詰めた。

 躱してもいい。掴んでもいい。その動きに合わせて、自分は拳を叩き込むッッッ!!!


「……言ったでしょ」


 ───直後。


「ぁ?」


 


「これは僕の我儘だ」


 投擲した先にいるはずのハルカの姿はすでにない。

 代わりに、亀裂が入った景色の先から少年の腕が伸びてくる。


「所詮、僕の行動指針は自分勝手なエゴだ。他人のために尽くそうと世界を変えようとしている君にとっては邪魔な人間なのかもしれない」


 しかし、『幼き英雄』と呼ばれる少年は拳を握る。

 分かっていても。この女性が過ちと知ってても過ち犯そうとするぐらい、見知らぬ誰かの幸せを願っていると分かっていても。

 ハルカは、同じように拳を握る。


「でもやっぱり、僕は彼女の笑顔を守るよ」


 そして、プラムの頬に重たすぎる一撃が突き刺さった。

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