パーティー、開始⑤

 アリス達がライガに連れてやって来たのは、王城の隅に沿って聳え立つ外壁であった。

 パーティー真っ最中だからか、もちろん人気はない。

 程よく心地よい夜風が吹くだけで、誰の声も耳に届かなかった―――誰かが待っていると、そう言っていたはずなのに。


(やっぱり、罠だったかなぁ)


 靡く金髪を押さえながら、アリスは思う。

 状況から鑑みるに、人気のいない場所におびき寄せて始末する……というのが普通だ。

 ただ、疑問に思うのは「そんな安直なことをするのか?」である。

 パーティー会場から一緒に出てきたのは他の貴族達が見ているし、何かをすれば必然的に犯人が特定できてしまう。今まで、刺客を送ってきた意味がない。

 それに———


「あァ? なんでいねェんだよ」


 目の前に立つライガが、演技ではなさそうな様子を見せていたのだ。

 怪訝そうな顔を浮かべ、辺りをキョロキョロと見渡している。

 そして、徐に耳に当てて通信用の魔道具を起動させた。


「おィ、今何してやがる?」

『貴様が、ヘマをするからだろう……ッ!』


 静かな場所だからか、二人で話すための魔道具から音が漏れてしまっている。

 聞こえてくるのは女性の声と、何やら重たい戦闘音のようなもの。女性も気が散っているように声が震えているし、一体どのような状況なのかアリスも測れずにいた。


「ヘマ? てめェがこの段階でミスらせるようなお願いはしてねェだろうが」

『切るぞ!? これは約束の履行以前の問題だ……こっちはこっちで手が離せないものでな! 人質云々ではなく、が……ッ!?』

「……あ゛?」


 ブツッ! と、通信用の魔道具から声が途切れる。

 それを聞いたライガは眉を顰めたあと、大きく溜め息をついて魔道具を耳から外した。


「これはてめェらの差し金か?」

「なんの話……?」

「しらばっくれ……ているわけじャなさそうだなァ。ってことは、あのクソ坊主が……?」


 ライガは顎に手を当てて考え込む。

 アリスとて、今がどのような状況なのか分かっていない。きっと、横にいるエルザに聞いてもよく分かっていないだろう。

 今の王城で何が起こっているのか? まず第一に、ライガの想定外からこの状況が始まっているのは確かだ。

 それ故に、アリスの警戒も少し和らぐ―――想定外から始まったのであれば、想定内に納まるまで何もしてこないだろうから。


 ―――と、いうのは希望的観測だったかもしれない。


「チッ、


 ガサガサッ、と。近くの茂みから何やら音が聞こえてくる。

 すると、そこから一人のドレスを着た令嬢がナイフを片手にこちらへ突っ込んできた。


「い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!!」


 ただ、その令嬢は涙を濡らしながら必死に顔を歪ませていて。

 そのナイフの矛先は、何故かアリスではなくライガの方へと向いていた。


(……は?)


 令嬢を脅して殺そうとしている? いや、脅されたというよりかは体が自らの意思に反しているみたいな感じ。

 それに、狙っているのは自分ではなくライガに突貫する必要が―――


「そういう、ことか……ッ!」


 思考してしまったことによって生まれた一瞬の硬直。

 何かに気づいた、アリスはすぐさまその場から身を転がそうと体を傾けようとした。

 しかし、一瞬の空白がすでに致命的。

 


「……まったく、手のかかるお姫様です」


 甲高い金属音が響き渡り、令嬢の握っていたナイフが宙へ弧を描く。


「して、これはどのような状況なのでしょうか?」


 エルザがいつの間にか手にした剣を握りながら、後ろにいるアリスへと尋ねる。

 身を転がそうとしていたアリスの体制は低く、見上げるような形で彼女は口にした。


「……お兄様の才能は『支配』」

「ほぅ?」

「他人の体を一時的にコントロールできるのが、お兄様の魔術」


 それだけで、エルザは一連の流れを理解した。

 令嬢を支配して、アリスを狙わせた。そうすれば、自らの手を汚すことなく他人に罪を擦り付けられる。


「なるほど」

「ただ、それ以上は知らない。家族であっても、魔術の詳細までは開示しないから。私も同じだけど」


 悔しそうに、アリスは呟く。

 一方で───


(ただ、解せませんね……)


 それであれば、こんなところにわざわざ呼び出す必要もない。

 遠くから、己が関与したと気づかれない場所で、こっそりアリスを狙えばよかったのだ。

 こんな可憐な令嬢を駒に使わずとも、いくらでも自らの痕跡を残さず狙う方法があったはず。


「そりャ、俺がこの目で妹の死亡を確認するためだろうがよォ。こっちは想定外の想定外なんだ、これはあくまでしたくない方法の一つ……なら、これぐらいの駄賃はねェとやってらんねェだろうが」


 そう呟いた時、


「は?」

「ッ!?」


 間一髪、といったところだろうか?

 アリスは咄嗟に身を更に低くしたことによって上に通り過ぎた剣を躱した。

 一方で、命を狙ったエルザの顔は……酷く困惑に染まっている。


「トリガーも、何もなしで……ッ!?」


 他人を操る……などという魔術は強力だ。

 それ故に、何かしら条件があってもおかしくないと考えるのが普通。接触か、会話か。

 ハルカの魔術だって、己の感情というトリガーが設定されている。

 エルザの魔術は単に剣を生み出すだけ。故にトリガーは設定されない。

 強力になるにつれて、そういったトリガーは必然的に設定されてしまうものなのだ。

 だが、このライガという人間の魔術は―――


「トリガーはあるぜ? まァ、教えるつもりは妹でもねェがなァ!」


 ライガが口元を歪める。

 この場には立証してくれそうな人間はいない―――つまり、ここでエルザがアリスを殺してしまった場合、ライガがやったという証拠もないままことが終わってしまう。


「っていうか、俺がアリスを殺したって話になっても問題はねェんだ。なにせ、自分がやったんだって勝手に自分の口が言ってしまうんだからよォ!」


 魔術が知られていたとしても関係ない。

 証拠もなければ、殺した本人が自ら「己が犯人」だと証言してしまう。

 故に、誰も疑いこそすれど牢屋の中に入れることはできない。


(坊ちゃん……ッ!)


 脳裏に浮かぶのは、愛しい少年の姿。

 エルザは唇を噛み締めながら、己の意とは反した動きに抗おうとする。

 しかし、剣を握っている剣は真っ直ぐにアリスへと───



「なーに、やってんでいやがりますか」



 ガキッ、と。

 エルザの剣が真上へと弾かれる。

 そして───


「まったく……どういう状況か、説明してくれやがるんですよね?」


 教会の聖騎士。その序列三位ナンバースリー

 その少女が、大剣片手にこの場へ姿を現した。

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