パーティー、開始④

 聖女であるセレシアの役目は、聖女としてこの場に顔を出すこと。

 ある程度の交流と信徒の勧誘。政治的な側面では内々に争いこそあるものの、聖女としては何かをすることはない。

 しかし、今回だけはまた事情が変わってくる。

 姉のように慕っていたエルザからのお願い。

 今の教会のように身内での争いによって、善良な女の子が傷付けられるという。

 セレシアはその子のために、その子へ向けられる悪意を汲み取って報告するといった目的がこの場ではあった。


 そして―――


「んむっ!?」

「どうしたんですか、聖女様?」


 パーティーである程度挨拶が終わり、珍しい料理に舌鼓を打っていた頃。

 セレシアは唐突に背筋を震わせた。


「むぐ、ふむむむむむっ!」

「落ち着いてください。ちゃっちゃと食べちゃってから話しやがるです」

「……ごくっ、ぷはーっ! た、大変なんですっ! アリス様に向けられた悪意が……ッ!」


 慌てふためくセレシアの言葉に、ミナは眉をピクリと反応させる。

 ミナもある程度の事情はセレシアを護衛する者として聞いていた。この言葉が彼女から発せられたということは、第一王女を狙う輩が動き出したということだろう。


(結局、こんな状況でも狙いやがりましたか)


 己もある程度「狙うならここだろうなぁ」とは思っていた。

 しかし、同時に「このような人が集まる場所で狙うか?」などとも同時に思っていたのだ。

 蓋を開けてみれば前者。ミナは急いでセレシアが指をさした方へと視線を向けた。

 そこには、第二王子の後ろをついて歩くアリスとエルザの姿が───


(どういうつもりです……?)


 闇討ちなどではなく、堂々と接触しに来たライガもそうだが、易々とついて行くアリス達も不思議だ。

 今、直接的に接触があるのなら罠の可能性が高いなど明白。その上でついて行くなど、一体どういう思惑があるのか?


(エルザがいる限り、万が一っていうのはなさそうでいやがりますけど)


 不気味と言えば、不気味。

 聖女であるセレシアがここまで怯えたように反応しているということは、間違いなく殺る気の表れだ。


(とりあえず、あの『幼き英雄』に報せて―――)


 そう思って、ミナは会場を見渡す。

 だが、隅々まで見渡しても姿

 お手洗いにでも行ったのだろうか? いや、でも先程までワイングラスを片手にオロオロしていたはず。

 そんな一瞬で会場からいなくなることなどあるのだろうか?


「ったく、面倒な状況でいやがりますね……」


 ミナはため息をつきながら頭を掻くと、そのままセレシアの手を引いて会場をあとにした。



 ♦♦♦



 一方で―――


「はぁ……ミスっちゃったかなぁ」


 会場から姿を消したハルカは、一人肩を落としていた。

 ハルカを映しているのはシャンデリアの光などではなく、月光。

 肌寒い夜風が己の髪を揺らし、庭園に咲く草木が小さな擦れる音を奏でていた。

 そんな場所で、ハルカは頭を掻く。


「ほんとは会場にいた方が何かあった時に対処ができるんだけど……」


 ふと、ハルカは視線を向ける。


「僕も聖女様ほどじゃないんだけど、悪意には敏感なんだよね……もしかしてさ、そのことを知って誘ってきたの?」

「いいや、そんなことはないさ」


 そこには、艶やかな黒い髪を靡かせる一人の女性が肩を竦めていた。

 この女性には見覚えがある。

 着ている服が白い甲冑ではなくパーティー相応のドレスではあるが、確か───


「プラムさん、だったっけ?」

「そちらは、確か公爵家の面汚し……だったかな? まぁ、もちろん……こんな惨状を引き起こしておいて、今更ただのクズ息子だとは思えんが」


 プラムはチラリとハルカの下に視線を移す。

 山のように積み上がった人……もちろん、死んでいるわけではない。

 全員が全員気絶させられており、当事者でありその場にいたプラムは誰が引き起こしたのかを理解している。


(おい、……こんなこと聞いてないぞ?)


 プラムは脳裏に浮かぶ金髪の青年に対して舌打ちをする。

 当初はハルカを呼び出し、どこかにでも閉じ込めて人質にする。

 そして、自分はあの男と合流───する予定だった。

 しかし、蓋を開けてみればどうだ? 呼び出す前に現れ、こちらの人員が全て潰されている。


「まったく、恐ろしい子供だ。ただ、私は人でなしのお願いを聞きにこっそり遊びに来ただけだというのにな」

「……目的は聖女様? そういえば、争ってるんだっけ?」

「馬鹿を言え、身内で争おうが我が聖女様に危害を加えるわけがないだろう」


 放たれた言葉には少しばかりの怒気が含まれており、ハルカは見下ろしながら眉を顰める。

 ───本当に聖女に危害を加える気はないらしい。

 それどころか、そう思われていること自体が不快だと言っているような気さえする。


「……その割には、身内同士での争いしてるけど」

「我々とてしたくてしているわけではない。ただ……そうだな、本当に譲れないものがあるからさ。そのために王女を狙おうとしたのは悪いとは思っている」

「ふぅーん」


 ハルカは興味なさそうに鼻を鳴らす。

 深く聞かないのは、本当に興味が無いからだろう。

 何せ、ハルカには他人を傷つけようとしている人間の話など耳を傾ける理由がないからだ。


「……さて、と」


 人の山から降りて、タキシード姿のハルカは腕を回す。


「そろそろ始めよっか。人に見られたくないのはお互い様だろうしね」


 その様子に、プラムは肩を竦めた。


(逃がしてくれる気はなし、と。これでは合流は難しそうだな)


 当たり前は当たり前。

 これから誰かを傷つけようとしている人間を見逃すのであれば、そもそもわざわざここ姿を現したりはしない。


「まぁ、私はそうではあるが……君は別に構わないのではないかな? それこそ、騒ぎを起こした方が我々の存在を知らしめられるぞ?」

「……僕にもやむを得ない事情というのがありまして」


 それに、と。

 ハルカは拳を握る。


「君が誰かを傷つけようとした……って聞いたら、聖女様が悲しむかもしれないから」

「……そうか」


 それを聞いて、プラムは口元を緩める。


「随分とお優しい英雄ヒーローもいたもんだ」


 そしてこの瞬間、互いが一斉に地を駆けた。

 人目も人気もない、美しく月夜に照らされた庭園にて、人知れず戦闘が始まる。

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