パーティー、開始③
パーティーは特になんの問題もなく進んでいった。
トラブルが起こることもなく、ただただ建国を祝うための時間が過ぎていく。
だからこそ余計に不気味に思うのだが、それを顔に出すほどアリスは馬鹿ではない。
(まぁ、私が聖女様に会いに行ったって情報は伝わってるだろうし、手を出すのは諦めたかにゃ?)
それに、今回は傍にエルザがいる。
大陸で名を轟かす実力者が傍にいる以上、闇討ちなど狙っても返り討ちに会うだけだ。
そう考えると、手出しがしやすい環境でも手出しをしてこない理由も頷ける。
「拍子抜けですね」
ワインを片手に、隣にいるエルザが口にする。
「てっきり、闇討ちか毒でも盛られるかと思っていたのですが」
今は落ち着いて、アリス達の傍には貴族達の姿はない。
ハルカがこの場にいないのは、二人なりの気遣いだ。側にいてアリスの面倒に巻き込まれてほしくない、などといったもの。
現に、視界の隅に映る愛らしく愛おしい少年は「いつワインを零せばいいかな?」と、ソワソワしながら歩いていた。
そんな中で、アリスは同じくワインを一口もらって返答する。
「そんな素振りはなし。結構向こうも慎重みたいだね」
「いっそのこと、ここから抜け出して誘き出してみますか?」
「ありっちゃありだね。何もされないのはいいことだけど、現状が停滞したままだし」
いつまでも身を隠し続けるわけにはいかない。
だからこそ、アリス達はわざわざ敵の狙いやすい場所へと足を運んだのだが……蓋を開ければ拍子抜け。
このまま進行してしまえば、状況は今と何も変わらない。
「まぁ、そうなれば継承権争いが終わるまで隠れてればいいわけですし、問題ないのでは?」
「そっちが早く終わらせようって言ったんじゃん。っていうか、あんまりハルカくんのところに居続けると「デキてる!?」って噂されちゃうよ。有名人のお忍びデートがお忍んでくれなくなっちゃう」
「……そこはしっかりと線引きをされるのですね」
てっきり「それもそれでアリ……」とでも言うのかと思ったのだが、返ってきたものはハルカを慮ったもの。
意外な言葉に、エルザは少しだけ目を丸くした。
「そりゃ、私だってハルカくんとそういう関係にはなりたいけどさ、無理矢理とかやむを得ずって感じにはしたくない。恩を仇で返すなんて……それこそハルカくんに失礼だよ」
「そうですか」
二人は同時にワインを口に含む。
さて、これからどうしようか? などと、そんなことを思いながら。
そして───
「こんな隅でよォ……王女だったらもうちょい振る舞いってもんを覚えたらどうだ?」
カツン、と。二人の耳に足音が届く。
顔を向けると、そこにはどこかアリスと似た面影がある青年の姿があった。
「あらー、ライガお兄様は人気者だった頃の私を見ていらっしゃらないわけで?」
「煽るんだったら、場所を選んどけ妹よ。壁の花状態じャ、説得力に欠けるぞ?」
アリスの顔に貴族達を相手にしていた時と同じ笑みが浮かぶ。
ただ違うのは、その瞳がまったく笑っていないこと。ありありと警戒心を剥き出しにしながら、実の兄に向かって相対する。
一方で、エルザは傍にいるにもかかわらず傍観者に徹していた。
恐らく、ここで自分は割り込まない方がいいと判断したからだろう。
「んで、今日は何もしないんだ?」
「んー? 俺はてめェに何をした覚えなんてねェんだがなァ?」
「嘘くさ、妹を狙うなんて家族の片隅にも置けないくせに」
「そういう家族愛を語るんだったら証拠を提示してみろ、アホ妹。そんなんだから結局は他人のおんぶに抱っこで居続けるんだろうが」
「……ッ!」
アリスが浮かべていた笑みを崩して歯を食い縛る。
現状、確かにアリスはおんぶに抱っこの状態だ。一人では何もできず、ハルカやエルザ、護衛の騎士達に肩を借りていた。
故に「約立たずの足手まとい」と言われても、反論するものがなかった。
「まァ、いい……お前に話し掛けたのは、単に用事があるからだ」
ライガは口元を吊り上げる。
「てめェに会いたい客人がいる。このまま俺について来い」
「……そんな不気味な笑みを浮かべられたまま「はい、お兄様!」ってついて行くと思ってんの?」
「思ってるさ、てめェが厚かましそうで実は誰よりも罪悪感を覚える女だっていうのは嫌というほど知ってんだからよォ」
「…………」
キツく睨まれてもなお、ライガは不遜そうに口元を歪ませた。
アリスも、横で聞いているエルザも、ライガの発言が罠だということを知っている。
大方、人気のないところに呼び出して始末しようとでも思っているのだろう。
回りくどいことなどせず、直接的に。聖女という悪意に敏感な存在がいる以上、闇討ちなど無意味。どうせ殺るならいっそのこと。故に、アリスを殺すために───
「そういうことであれば、行きましょうか」
「ちょ、エルザ!?」
勝手に返答したエルザに、アリスは振り向く。
「何言ってるの!? 私はいいけど、エルザが……」
「構いません、そのための私でございますから。ですので、アリス様はしたいように己の問題を解決するために動いてくださいませ」
エルザはアリスが気に入らない。
それでも、これとそれとは話が別───善良な少女を殺そうとする輩を許せるほどエルザはクズではない。
ただそれだけ。アリスは何か言おうにも続きの言葉が出なかった。
そんな様子を見て、ライガは二人に背中を向ける。
「ついて来い、外へ行くぞ……あァ、余計な真似はすんなよ? てめェらが大好きな男の子がどうなっても、俺は知らねェからなァ?」
どこまで行っても、クズはクズ。
アリスとエルザは確かな殺意を湧かせながら、元凶最有力候補の後ろをついて歩くのであった。
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