エピローグ
王位継承権争いは、第一王子でほぼ決まりという話が国中に広まった。
というのも、第二王子が第一王女を暗殺しようと画策し、牢へ捕らえられたからだ。
聞くところによると、物的証拠こそないもののアリスやエルザ達の証言が決定打となったらしい。一番は、教会の反宗教派であるプラムの証言が大きかったとのこと。
これから第二王子の身辺を調査し、更なる証拠を探していくとのことだが、間違いなく王位継承権は剥奪されて辺境の領地へ追放になるだろう。極刑にならなかったのは、まだ未遂で終わったからか。
───とにかく。
そんな話が広まったのは、建国パーティーから一週間後。
ハルカは久しぶりに訪れた平和な日々を醸し出しながら、今日も今日とて悪役ムーブをしてクズを極めようと───
「ハルカくん、ありがとうね……あの時は超かっこよかったよ♪」
……する前に、目下の身バレ問題に直撃していた。
「え、えーっと……そのー……」
一週間後のとある昼下がり。
ハルカの部屋ではなく、応接室にて『幼き英雄』と呼ばれる少年は冷や汗を流していた。
目の前には、初めて公爵家を訪れた時のようにおめかしをしているアリスの姿。
最近よく見かけていたラフな格好でないのは、己の身の安全が確保され、建国パーティーが終わってから王城に戻って行ったからだ。
今は、客人として改めて公爵家の屋敷に足を運んでいる次第である。
「な、なんのことか分からないなー」
「ハルカくん、流石に素顔のまま登場しておいてそれはキツイぜ」
そう、ハルカは今回マントもお面も着けていない状態で助けに行ってしまった。
助けるのに夢中で……というのは分かるが、あそこまで実力を披露しておいて誤魔化すのは難しい。
元からバレてはいるのだが、改めてバレたことを知ったハルカはさめざめと泣いた。
「……いきなり来たと思えば、坊ちゃんを泣かせるなど。貧乳は気遣いを胸と一緒にどこかに忘れてしまったのですか?」
「黙れよ、敬意を脂肪に変えたホルスタイン。どっからどう見ても、私はハルカくんにお礼を言いに来たに決まってるだろーが」
傍に控えていたエルザとアリスとの間に火花が散る。
その光景は、どことなくライガに支配されていた時を彷彿とさせた。
「あ、そういえば聞いた?」
咳払いを一つして、アリスは話を変える。
これ以上、ハルカを身バレ関連で虐めたくはないからだろう。
「ぐすん……聞いたって?」
「教会の内部争い。宗教派が纏めて終わりそうなんだって」
突然の話に、さめざめと泣いていたハルカは思わず顔を上げる。
「それまたどうして?」
「なんでも、今回自白してくれた
「まぁ、反宗教派の中心は
「……なるほどなぁ」
ふと、ハルカの脳裏にあの日のことが浮かんでしまう。
誰かのために拳を握っていた女性。方法こそ間違っていれど、その気持ちは間違いない優しさから来ていたもの。
そんな彼女の思想を……ハルカは踏み抜いてしまった。
大勢ではなく、アリスという女の子を助けるために。
改めて状況を聞き、ハルカは少し暗い顔になる。
すると───
「大丈夫ですよ、坊ちゃん」
ハルカの小さな頭の上から、優しい温かさが乗った。
「坊ちゃんのした行為に間違いはありません。それで救われた人が、確かにいらっしゃるのですから」
「……エルザ」
ハルカはチラリと前を向く。
そこには、嬉しそうに笑みを浮かべるアリスの姿が。
もしも、あそこで拳を握らなければ目の前にいる少女の姿はなかっただろう。
確かな実感。守った証。
己のした行為は間違っていなかったのだと、改めて理解する。
「私も初めて出会った際に助けていただいたことですし、今から共に裸で浴場に行きましょう」
「台無しだよ」
いい雰囲気は一瞬にして霧散した。
「まぁ、証言をしてもらったお礼ってわけじゃないけど、今回私のできる範囲で教会に寄付したから少しは安心じゃないかな? ハルカくんの懸念の話は。それに、今回協力してもらった聖女様やミナちゃんにもお礼があるしね」
「う、うん……ありがと、アリス」
「あとはー、なんか公爵家からもおっきな額の寄付があったって話が───」
「あーっはっはっはー! まったくー、どこの公爵家なんだろうねぇー!」
ついクセで否定してしまうハルカ。
誰がどう見ても、ハルカが寄付したのだというのは丸分かり。未だに悪役ムーブを続ける可愛らしい少年を見て、アリスもエルザも微笑ましい瞳を向けた。
「さて、と。私はそろそろ帰らなきゃ」
アリスが徐に立ち上がる。
その姿を見て、ハルカは首を傾げた。
「もう帰るの? せっかくならご飯でも食べて行っていけばいいのに」
「クソほどハルカくんと一緒にいたい……ッ! んだけど、ライガお兄様のお仕事が私に回ってきちゃってねー……お仕事が山積みで、今も合間を縫って来ちゃってる感じなんだよ」
「はよ帰れ、クソ貧乳」
「その前に、このメイドをぶん殴ってもいいかな? お金払うから」
「やめて差しあげてっ!」
振り上げようとしているアリスの腕を必死に掴むハルカであった。
「あ、そうだ。ハルカくん……何か私にしてほしいこととかない?」
腕を振り上げようとしたアリスが、唐突に思い出す。
「やっぱり、三回も助けてもらったからお礼をしたいんだけど」
「何故に三回? いや、別にお礼がほしくて助けたわけじゃないからいらないよ」
ハルカは真面目な顔で首を振る。
その姿を見て「相変わらず優しいなぁ」と、そんなことを思いながらアリスは頬を緩めた。
そして───
「……じゃあ、これあげるね」
「んむっ!?」
「はぁ!?」
───ハルカの口に、アリスの唇が押し当てられた。
「な、ななななっ!?」
ハルカは顔を真っ赤にして慌ててアリスから離れる。
すると、端麗で眼前に迫っていたアリスの顔がほんのりと朱に染まっていることに気づいた。
「私があげられるものってあんまりないからさ、代わりに王女の初めてで許してね、ハルカくんっ♪」
小悪魔的な笑みを浮かべるアリス。
それを見て、ハルカは思わず固まってしまった。
「坊ちゃん! この女狐をぶった斬るご許可を! 私ですらまだ坊ちゃんに初めてのキスを捧げていないというのにクソ貧乳が……ッ!!!」
「待って落ち着いてその抜いた剣をしまうんだ洒落にならないどころかハッピーエンドがバッドエンドになっちゃうッッッ!!!」
「ふふっ、してやったりアリスちゃん大勝利ー!」
───アリスを取り巻くお話は、これにて無事完結する。
ひょんなことで助け、関わり、新たに守れた笑顔。
物語の内容としては、それほど悪くなかったはずだ。
公爵家のクズ息子と呼ばれる少年。
それでいて、物語に出てくる『影の英雄』に憧れた『幼き英雄』。
一方で、彼の物語はこれからもまだまだ続いていくのであった───
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