王城へ

 さて、建国パーティー当日。

 昨日は魔獣退治に加えて事後報告など慌ただしく過ごしていたが、なんだかんだ王都へ向かうための馬車に乗り込むことができた。


「タキシードって久しぶりに着たよ……」


 馬車に揺られながら、ハルカは移り変わる窓の外を眺める。

 物語の『影の英雄』に憧れる前までは社交界に顔を出したことはあったが、それ以外は参加していない。

 つまり、ハルカがタキシードを着たのはもう何年も前のことである。故に、着苦しい今がなんとも落ち着かなかった。


「「最初はグー! じゃんけんぽん!!!」」

「やった、私の勝ちッッッ!!!」

「ぐっ……! ここでチョキを出してくるとは」


 一方で、同じ空間の中では何やら美少女二人がじゃんけんをしていた。

 ドレスは王城に到着してから着るようで、エルザはメイド服、アリスはラフな格好である。


「ねぇ、なんでいきなりじゃんけんをしたの?」


 一気に盛り上がった車内へ不思議に思ったハルカが首を傾げる。


「申し訳ございません……坊ちゃんを膝の上に乗せるのは私の役目でしたのに!」

「ごめん、なんで謝られのたかとなんで僕の席を動かすのかが分からない」


 どうやら、ハルカを誰の膝の上に乗せるかで勝負を決めていたようだ。

 別に狭いわけでもない四人乗りの馬車だというのに。


「っていうわけで、ハルカくんおいで〜♪」


 アリスが膝の上を何度か叩いてハルカを座らせるよう促す。

 勝手に決められたことが故にハルカが座る必要はないのだが、座らないと「なんで座ってくれないの!? 私の膝じゃ満足できないの!?」などと面倒なことになりそうだ。

 ここ最近で己の立場とアリスの性格を把握したハルカはため息をついて立ち上がり、アリスへ近づいてそのまま膝の上へ腰を下ろした。


「きゃー♡ ハルカくんが私の膝にー♡」

「……僕、これもうマスコット枠として確立されてない?」


 座らせられるだけでなく背後から抱きしめられたハルカ。

 男らしさとクズ息子らしさは一体どこに行ったというのだろうか? 頬ずりをされながら、ハルカは遠い目を浮かべた。


「あー……英気が養われるー、これならパーティーも頑張れそうー」

「え、何かあるの?」


 確かに命を狙われているということはあるが、特段パーティーで何かをするわけでもないはず。

 催し事の主催でもない、命を守る保険も護衛も用意しているため、アリスはずっと楽しんでいればいいのでは? と、ハルカは首を傾げる。


「うーん、どこで狙われるか分かんないっていうのもあるけど、仮にも王族だからね……色々重鎮さん達とかに挨拶されるんだよ」

「あー、そういうこと」


 すっかり最近はアリスが王族だということを忘れていたハルカは納得する。

 王族ともなれば、貴族や各国からの来賓との対応もあるだろう。欲がある人間ならまだしも、気ままに生きたい人間であれば息苦しいことこの上ない。

 ハルカは背中から抱き着いているアリスへそっと同情を送った。


「アリス様へ声をかけられる方々も変わっていらっしゃいますよね」

「そりゃ、王族だから普通じゃ───」

「まさかこの国にこれほど貧乳好きがいらっしゃるとは」

「………………ッッッ!!!」

「アリス、落ち着いて! 僕の体が最大限締められてるッッッ!!!」


 二次被害が凄まじかった。


「ハッ! どうせそっちは鼻の下を伸ばしたおっさんにしか興味持たれないんでしょ!? なに、ハルカくんを奪われたからって嫉妬?」

「べ、別に奪われてなど! 最終的には、坊ちゃんは私の下へ戻ってくるのは決定事項です!」

「ハルカくん、脂肪の塊ってね……いつか萎んで垂れるんだよ?」

「へ?」

「坊ちゃんに誤情報を教え込むなど、いい度胸をしていらっしゃいますね……このクソ貧乳が! さらに削って水平線にしてやります!」

「やってみなよ、ホルスタイン! もう搾れなくなるまで潰してやらぁ!」


 ハルカの頭上で二人が火花を散らし始める。

 正直、ところどころハルカにはまだ早い世界の単語が出てきたためしっかりとは理解していないが、とりあえずいつも通り喧嘩していることだけは分かった。


「まぁまぁ、落ち着いてよ二人共。せっかくのパーティーが始まるんだからさ」

「むぅ……坊ちゃんがそう言うのであれば、大人しくこの坊ちゃんの大好きな胸を引っ込めましょう」

「むぅ……ハルカくんがそう言うんだったら、大人しくいつものハルカくんが大好きなプリティーな顔に戻すよ」


 意外と息の合う二人である。


「しかし、坊ちゃんは今回のパーティーが楽しみなのですか?」

「うん、なんだかんだパーティーは僕のクズ息子っぷりをアピールできる時だからね!」


 パーティーには影響力のある人間が多く集まる場だ。

 ここで「公爵家の嫡男はクズだ」という認識を広められれば、あっという間に各地へハルカの名前は広がるだろう。


「ふふふ……まずはいっぱい他の人の分まで食べて、グラスの中身を零そう。楽しんでいる人の邪魔はすると可哀想だから喧嘩は売らないとして、話しかけられたらナメた態度を取ってやるんだ……」


 先のことを想像し、不気味な笑みを浮かべるハルカ。

 そんな『幼き英雄』を見て───


(きっと、思っている方向にはならいないんだろうなぁ)

(恐らく、可愛いままの印象で終わるのでしょうね)


 傍から見ていたエルザとアリスは、同じような微笑ましい瞳をハルカへ向けるのであった。

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