建国パーティー前日
聖女と出会ってからはや数週間。
いよいよ建国パーティーを翌日に控えたこの日、ハルカは『幼き英雄』ではなく公爵家のクズ息子としてマントを羽織らず森の中で魔獣を振り回していた。
「がーうがーうわんわーん」
掴んでいる尻尾を、なんとも気の抜けた声を出しながらハルカは地面へ叩きつける。
クレーターどころか、ハルカよりふた周りも大きい牛型の魔獣の体液が辺りへ広がった。
「ふぅ……さして疲れてないけど、一応疲れたアピール」
「それは私の膝枕をご所望ということでよろしいでしょうか?」
近くで聞こえてきたのはエルザの声。
彼女は首から上がなくなった胴体に腰を下ろしながら剣をゆっくりと磨いていた。こちらも、惨状の割にはなんとも気の抜けた声である。
「え、ごめん全然違う」
「なるほど、失礼しました……ご入浴の方ですね」
「さらに違うッッッ!!!」
───現在、ハルカ達は冒険者ギルドに張り出されていた依頼をこなしていた。
内容は、指定Aランクの魔獣の討伐。繁殖期を迎える前に個体を減らしておきたいらしい。
ただ、Aランクの魔獣ともなれば、同じランクの冒険者をあてがわなければならなくなる。
そのため放置されていた案件なのだが、ハルカは今日も今日とてこれから困るであろう誰かを助けるために拳を握っていた。
ちなみに、一応ハルカの中でバレていない扱いのアリスは───
「……ねぇ、離れたら私が困っちゃうっていうのは分かってるんだけどさ、そろそろ女の子で王女な私へ目隠しと両手拘束をするって部分に疑問を覚えようよ」
───近くで、両手両足を拘束されていた。目隠しも、もちろん忘れずに。
「ア、アリスに悲惨な光景は見せられないからさ……ほら、女の子で王女だし!」
アリスにはエルザが魔獣を倒しているということにしている。
本当にエルザ一人でも充分な案件なのだが、ハルカが「自分の我儘に付き合ってもらってるのに何もしないのは嫌だよ」とのことで、こうしてハルカも戦っていた。
それが余計のアリスに露呈するリスクを作っているのだが、ハルカはもちろん「目隠ししてれば大丈夫だよね?」的なお考えである。無論、もう既にバレているのだが。
「さっき、可愛い声で「がーうがーうわんわーん」って聞こえた……」
「はっはっはー、暇だったからねー!」
「疲れたとも言ってたけど……」
「あーっはっはっはッッッ!!!」
こういうバレるリスクがあるのにあとから気づくところも、ハルカの可愛いお茶目な部分である。
「しかし……パーティーの前日にまで体を動かさなくてもよかったのではありませんか?」
確かに、明日には建国パーティーが控えている。
わざわざ魔獣狩りをしなくてもいいのでは? と思うのは当たり前だ。
しかし───
「聖女様に会うためにしばらく出掛けてたからね。その分、困っている人もいるかもしれないし」
「坊ちゃん……」
「ハルカくん……」
「だから、エルザには頑張ってもらう!」
最後、ハルカは声を大にして「自分は頑張らない」とアピール。
しかしながら、ハルカの言葉はキュンと瞳をハートにさせている美少女二人には届かなかったようだ。
「っていうわけで、早速街へ帰ろう! 冒険者ギルドに報告しなければいけないからね!」
「かしこまりました。では───」
「ちょっと! 私拘束されたまま放置で動けないんだけど!?」
二人が離れる言葉を口にした瞬間、アリスが叫ぶ。
「やれやれ、私達はあなたの趣味に最後まで付き合う義理はないのですが」
「あんたがしたんだろうが、ホルスタイン……ッ!」
「今思えば、これはイタズラし放題な状態なのでは?」
「そんなに私のことが嫌いか!?」
無抵抗な相手にそのような発言は確かに鬼である。
アリスは思わず身を逸らし、どこにいるかも分からないエルザへの警戒心を上げた。
「(坊ちゃん、クズ息子としての印象を確たるものにするためには、ここで手を出しておいてもよろしいかと)」
「(ふむ……一理ある)」
だが、敵は爆乳メイドだけではなかったようで。
無警戒で無害だと思っていたハルカが、ここに来て一考し始めた。
「(けど、具体的には何をすればいいの?)」
「(とりあえず、胸を揉めば侮蔑の対象になる可能性があります)」
「(……流石に可哀想じゃない?)」
「(あっ……申し訳ございません。今のは聞かなかったことのしてください)」
「(そ、そうだよね……流石にそういう関係でもないのに女性の胸を揉むのは───)」
「(八割方、あのクソ貧乳を喜ばせてしまいます)」
「(何故怒られる可能性よりも高いの!?)」
普通勝手に揉まれたら嫌がると思うんだけど、と。一気に乗り気ではなくなったハルカ。
しかし、この至近距離だからか───ハルカ達のやり取りが耳に届いてしまったアリスは、ほんのりと頬を染めた。
「ハ、ハルカくんが触りたいなら……私は別にいい、よ?」
「……………………」
どうしてか許諾されてしまったことに、ハルカは押し黙る。
きっと、年相応思春期ボーイの何かが生まれて葛藤が内心で始まったのだろう。
それを見て、メイドのエルザは頬を膨らませた。
「むぅ……私の時はそのような反応をされませんのに。やはり、縛りプレイは殿方に需要があるのでしょうか?」
ただ恥じらうか恥らわないかの問題だとは思うのだが、自ら煽ったエルザは当初の想像とは違う展開に不満を抱いたのであった。
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