お別れ

 初めて大聖堂で泊まるという貴重イベントを体験したハルカ。

 何故かエルザとアリスと同室だったというところ以外は新鮮なお泊まりに満足したハルカ朝食を食べ終え、セレシアからエルザの素晴らしいところをトランプしながら聞かされ、結局なんだかんだ午後になってしまった。

 午後……ということは、ハルカ達の出発する時間である。


「うぅ……寂しいです、エルザさん」


 大聖堂の門の前にて、しがみつくようにメイド服のエルザへ抱き着くセレシア。

 言葉通り、その姿からはありありと寂しさが伝わってくる。


お邪魔虫エルザは残っていいよー。それで、私はハルカくんと帰宅デートするから!」

「と言ってる坊ちゃんの危険因子がいらっしゃいますので、残念ながら私は帰らせてもらいます。ただ、また遊びに来ますよ」


 アリスの言葉を無視して、エルザはソフィアの小さな頭を優しく撫でる。

 この光景は、傍から見ているとまるで仲のいい姉妹を連想させた。


「帰りの食料、積んでおきましたよ」


 その時、いいタイミングでミナが甲冑を揺らしてやって来る。

 ハルカはやって来たミナ向かって───


「遅いぞ! 僕を待たせるな!」

「なんですか、それ。似合わねぇですよ」


 ───涙を流した。


「あっ! ハルカくんになんてことを!」

「似合うではありませんか! この背伸びしてるところなどが最高に可愛いのでしょう!?」


 涙を流していると、アリスと先程までセレシアを抱き締めていたエルザがハルカへ抱き着く。

 こちらは、まるで泣く子供を庇って抗議する母親のように見えた。


「うぅ……僕だってクズになれるもん。っていうかクズだもん」

「よしよし、そうだね……ハルカくんは激クソクズだねー」

「坊ちゃんは最高にカッコ可愛いクズですよー」

「……なんですか、この光景」


 あやす際の言葉がクズの連呼。

 それでみるみるうちに涙が引いていくのだから、本当に『幼き英雄』はよく分からない。

 ミナは大きなため息をつくと、馬車の方を指さして乗るよう促した。


「ほら、行くならちゃっちゃとしやがれです。ここら辺は夜になると馬車を走らせるの危険なんですから」


 宗教都市で一泊するなら問題ないだろうが、いかんせん距離が近すぎて帰るのに時間がかかってしまう。

 かといって隣町まではかなり距離があるため、出発するのであればあまり時間をかけられない。一応、午後に出れば夕方までには隣町へ着けることは確認しているのだが、ここで時間を食ってしまえば野宿する可能性だって出てくる。


「そういうことなら、早く行こっか。野宿が嫌ってわけじゃないけど、私はフカフカのベッドでハルカくんと一夜を明かしたい派閥だし」

「こら、何気なく坊ちゃんと同室をセッティングしないでください。坊ちゃんの抱き枕は私の務めですよ」


 早速乗り込むアリスに続いて、エルザも馬車へと向かっていく。

 その姿を見て、先程まで涙を流していたハルカは「仲がいいなぁ」と思いながら、同じように足を進めようとする。

 すると───


「あの、ハルカさん」


 ふと、唐突に後ろから袖を引かれた。


「なに?」

「いえ、何というわけではないのですが……」


 モジモジと、何か言い難そうにしているセレシア。

 そんな彼女を見てハルカは首を傾げるが、すぐにセレシアが口を開いた。


「トランプ……まだ、決着がついてないです」

「いや、五戦五勝で僕の圧倒的勝ち───」

「ついていないんです!」

「えぇ……」


 どうやら聖女様は、決着がついていないと主張したいらしい。


「……だから」


 そして、セレシアは見蕩れるような笑みを見せた。


「すぐにお会いしますが、また遊びに来てくださいね!」


 エルザに言った言葉。

 てっきりエルザにしか懐かれていないと思っていたはずなのに、まさか自分にも向けられていたとは。

 クズ息子だってちゃんと思ってくれているのかな? なんて疑問はあったが、こうして真っ直ぐに向けられると嬉しく思ってしまう。


「どうしよっかなー」

「この流れで拒否ですか!?」

「僕はクズって呼ばれるほど空気を読めない男だからね!」

「……歳下のクセに」

「多分、客観的に僕と君は同年齢っぽい扱いをされてると思うよ、皆に」


 ハルカはジト目を向けてくるセレシアの反応が面白くて、つい吹き出してしまう。

 そして、足元を唐突に指さした。

 どうしたんだろう? そう思ってセレシアは反射的に下を見る。

 そこには───


『楽しかったよ、また来るね』


 ───そう、地面になぞったような文字が描かれていた。

 先程まで何もないただの地面だったのに、この一瞬で文字が現れる。

 不思議なのは不思議。これがハルカの魔術によって描かれたことなど、セレシアは知らない。

 しかし、あくまでクズ息子として振る舞いたいハルカなりの返答……ということだけは、理解できた。

 故に、セレシアはハルカと同じように吹き出して笑みを浮かべる。


「ふふっ、今度から私のことは「お姉ちゃん」って呼んでくれてもいいんですよ?」

「そうさせたいんだったら、もうちょっとお姉ちゃん属性を増やしてくるんだね」


 ハルカはそう言い残し、セレシアへ背中を向けた。


(アリスには感謝、かなぁ)


 これからまた長い自宅への道のりが待ち受けているが、意外とこの出会いは悪くないものだと思っている。

 初めはアリスのために来たことだが、いい人達と出会えた。

 クズ息子として振舞っているからこそあまり人との出会いが薄かったハルカにとって、抱いてしまった感情は正しく年相応のものだっただろう。


「ハルカくん、早くー!」

「坊ちゃん、出発しますよ」

「あ、うんっ!」


 ハルカは笑顔が残った顔のまま、二人が乗っている馬車へと乗り込むのであった。

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