序列二位

「っしゃぁ! 僕の勝ち!」


 トランプを全て場に出し切り、ハルカが拳を突き上げる。

 対面では、悔しそうなセレシアが頬を膨らませて床を何度も叩いていた。


「も、もう一回です! 今のはまぐれなんですから!」

「はっはっはー! 負け犬の遠吠えが気持ちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」


 セレシアが急いで事務仕事を終わらせ、愛嬌ある上目遣いによって一泊することになったハルカとトランプで遊ぶ。

 その頃には日もすっかり暮れ、大聖堂の窓から覗く景色は暗く染められていた。

 現在、ハルカは悪役ムーブを意識していないのにうざったらしい男の姿を見せている。


「あの二人、すっかり仲良しになったでいやがりますね」


 ハルカ達の様子を、部屋の椅子に座って眺めるミナ。

 アリスは対面で本を読み、エルザは二人が飲んでいたティーカップを回収している。


「まぁ、あの二人は特に年齢が近いですからね」

「そんなこと言ったら私もでいやがるんですけど」

「あれ? ミナちゃんは何歳なの?」

「聖女様の一つ下で、今年で十四になりやがります」

「ハルカくんと同い歳なのに、この落ち着きよう……」


 見た目からミナはそれほど歳を取っていないと思っていたが、まさか予想以上に下だったとは。

 達観しているような、落ち着いているような雰囲気は護衛という立場だからだろうか? アリスは盛り上がっているハルカを見て、若干苦笑いを浮かべる。


「坊ちゃん、そろそろ就寝の時間でございます」


 ティーカップを片付けたエルザがトランプを回収しているハルカ達へ口にする。


「あ、もうそんな時間?」

「あぅ……リベンジしたかったです」

「リベンジはまたの機会に。寝不足はお肌の大敵でございますよ」


 しょんぼりしながら立ち上がるセレシア。

 一方で、勝ちを治めたハルカは上機嫌でトランプを整理して箱へと詰めていった。


「部屋はどうやら客間を用意してくれているみたいです。本日はそちらで寝ましょう」

「案内してやりますから、早く行きますよ」


 二人が立ち上がったタイミングで、ミナとアリスも同じように立ち上がる。

 今日寝たとしても、出発するのは明日の昼過ぎ。まだ会えるからか、セレシアは我儘を言うことなく扉へ向かっていくハルカ達へ「また明日です」と小さく手を振った。

 ミナ以外はそれに対して手を振り返すと、そのまま部屋を出て行く。

 当然ながら、一度訪れたことのあるエルザ以外は大聖堂の中の構造など理解していない。

 故に、先頭を歩くミナに付き従うように歩いて行く。


「ハルカさん、今日は聖女様の我儘に付き合ってもらってありがとうございます」

「え?」

「最近は色々と中で揉めていたので、久しぶりに聖女様の楽しそうな姿を見やがりました」


 先を歩くミナが振り返ることなく口にする。


「いや、お礼を言うのはどちらかというとお願いを聞いてもらった僕の方なんだけど?」

「あんなの、どうせ私達も建国パーティーに参加するので大したことねぇですよ。逆に私ら信徒にとっちゃ、聖女様が笑顔でいてくれる方が大事なんですから」


 その言葉を受けて、ハルカは感心する。

 信仰している……というよりかは、慕っていると表現した方が正しいだろうか? 聖女を慮る姿には嘘偽りを感じない。

 序列権力関係なく一人の女の子の笑顔を願っている本心は、なんとも心地のいいものであった。

 だからこそ、ハルカは「どういたしまして」と素直にお礼を口にする。


 すると———


「おや、これまた随分と珍しい客人を連れているじゃないか」


 カツン、と。薄暗い廊下の先から人影がゆっくりと現れた。

 信徒の誰かかな? そう思っていたハルカだが、ミナの足が唐突に止まったことによって違和感を覚える。

 纏う空気は、隠しもしないほどの警戒心。

 そして、次にミナの口から漏れた声が先程まで聖女のことを想っていたものとは急激に変わった。


「何しに来やがったんですか……プラム」


 薄暗い廊下の先から現れた人影。

 歳はエルザよりも少し上だろうか? 艶やかな黒髪を靡かせ、ミナと同じ白い甲冑を纏っている。顔立ちは凛々しくも気品に溢れており、どこか飄々とした様子。

 プラムと呼ばれた女性は、ミナの視線を受けて肩を竦めた。


「何って、一応私も信徒なのだが。大聖堂に足を運ぶ行為に理由もいらないと思うがね」

「そういうわけではなく……ッ!」

「あぁ、分かっているさ。だが、あえて弁明させてもらうが―――、象徴たる聖女様に手を出すわけがないだろう?」


 プラムは足を止めることなく、ミナ達へと近づいていく。


「言っておくと、私だってそもそもの話敵対したいと思って敵対をしているわけではない」

「なら、今すぐにでもやめればいいじゃねぇですか」

「いいや、ダメだ。お前達のやり方じゃ、この世で泣いている子供達は救えんよ」


 近づいて来て立ち止まる……わけでもなく、プラムはその言葉だけを残して横を通り過ぎていってしまった。

 何度か、甲冑が揺れ動く金属音が薄暗い静寂の中に響く。

 やがてその音が消え、ミナは振り返ることなく足を進め始めた。


「ねぇ、今の人は?」


 なんとも冷え切ってしまった空気を、アリスが破る。

 その破った声に、ミナは―――


「私達とは違う思想を持った反宗教派———教会の聖騎士ナンバーツーでいやがります」

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