聖女の快諾

「なるほど、お話はよく分かりました」


 それから少しして。

 ソファーに座って来訪の経緯を話すと、セリシアは少しばかり考え込んだ。

 しかし、それも本当に少しだけのこと。すぐに説明していたアリスへ笑顔を向けた。


「そのお話、是非ともご協力させてください」

「いいの?」


 悩む素振りこそあったものの、気持ちのいいぐらいの快諾。

 条件など提示されるかと思っていたアリスは思わず口にしてしまう。

 何せ、簡単に言ってしまえば「私が命狙われてるから手伝ってくれない?」といったお願いだ。

 己が標的にされていないとはいえ、厚かましいお願いであるのは間違いない。

 王女としてできることはするつもりだったが、まさか何も条件を提示せずに承諾をもらえるとは思っていなかったのだ。


「ふふっ、そのように驚かれた顔をされなくても、私は困っている方を見捨てるようなことはしませんよ。そもそも、人が笑って幸せでいられる世界を望む女神様の信徒として当然です」


 なんとも模範的かつ、優しさに溢れる言葉なことか。

 赤の他人だというのに、利害度外視で困っている人に手を差し伸べようとする。

 これが教会の象徴―――誰もが幸せでいられることを望む人間。

 ハルカは、文字通り聖女のような人間の性格を目の当たりにして感嘆してしまう。


「それに、エルザさんのお知り合いというのであれば手を貸さない理由はありませんっ!」

「ありがとうございます、聖女様」

「ふふんっ! 当、然、ですっ!」


 胸を張って可愛らしいドヤ顔を見せるセリシア。

 よっぽどエルザのことが好きなんだなと、二人の関係値がよく分かる姿であった。


「あとは……まぁ、恩返しですね」

「恩返し?」

「坊ちゃん、その疑問はお口チャックですよ」

「ハルカくん、ありがとうね」

「待って、僕だけ話についていけない当事者なのに」


 聖女が手を貸すのは、困っている人を見捨てられないという優しさと、エルザのお願いでもあるから。加えて、先の起こった身内の戦争を鎮めてくれたハルカに対する恩返しだ。

 とはいえ、恩返し部分は当の本人は理解していない。それもハルカに対する配慮だろう。


「しかし、本当によろしいのでしょうか? 今、そちらも大変なはずでは……」


 姉のように慕われているエルザが改めて尋ねる。

 今、教会は内部で抗争している状態だ。ある意味似たような身内のいざこざに首を突っ込む余裕はないはず。


「元より、聖女様は建国パーティーに参加するから問題ねぇですよ。話を聞く限り、王女様に向けられた悪意を感知してほしいって話でいやがりますし」

「はいっ! その程度であればまったく問題ないです!」

「そうですか、なら安心いたしました」


 己の問題に手を貸してもらうようお願いしたとはいえ、それで相手の問題が拡大してしまうのは流石に望んでいない。

 アリスの問題ではあるが、エルザは二人の言葉に胸を撫で下ろす。

 その姿は、二人を慮っているのだとありありと伝わってくる。話しているのを見ているが、本当にエルザはセリシアとミナと仲がいいらしい。


(どうにかして、も解決してあげたいけど……)


 そんなエルザを横目に見て、ハルカはそんなことを思ってしまった。


「その代わり、聖女様に何かあれば手を貸しやがってくださいよ? 当日行くのは私だけなんですから、余計な気を回して聖女様の警備が疎かになるとかクソでいやがりますからね」

「あぁ、もちろん。聖女様も守れるよう

「ん?」


 ハルカの発言に、ミナから変な声が漏れる。

 どうしてそんな声が? と、口にしたハルカは不思議に思った。


「えっ、僕何か変なこと言った?」

「いえ、私はに言ったつもりでいやがったんですが……」

「ハッ!」


 そもそも、ハルカが『幼き英雄』だということを知らない体裁でこの場は進んでいる。

 だから当然、暗黙のルールを知っているミナはエルザに話を振ったのだが……まさかハルカが反応してしまうとは。

 これは流石に発言したミナも驚いてしまう。


「も、もももももももももちろん分かっていたさ! だから『僕の』エルザがっていう意味であって!」

「むぅ! エルザさんは私のお姉ちゃんですっ!」


 必死に目を泳がせて誤魔化すハルカ。

 暗黙のルールをイマイチ理解していないセリシアは頬を膨らませて抗議するが───


(あぁ、坊ちゃん……そのお茶目なところが本当に可愛いです!)

(ハルカくんのおっちょこちょいを否定するところ……マジで可愛い)

(なんでしょう……年齢はそう変わらないのに、何故か胸をくすぐるものがありやがります)


 三人はハルカの反応に可愛さを覚えるのであった。


「ごほんっ! んじゃ、話は纏まったことだし長居するわけにはいかないね!」


 失言をしてしまったからか、無理矢理話を逸らそうとしているからか。

 ハルカは咳払いを一つして徐に立ち上がる。

 しかし、ここでセリシアがシュンとした顔になった。


「あぅ……もう帰られるのですか、エルザさん」

「坊ちゃんが帰られるというのであれば、私は傍にいる必要がございますので。それに、聖女様もお忙しいでしょう?」

「そ、そんなことはありませんっ! それはもう、暇で暇で───」

「聖女様、今日中に終わらせなきゃいけねぇ書類が山のようにありやがりますが」

「あぅ……」


 どうやら、聖女様はお忙しいみたいで。

 ハルカに続くように、アリスもエルザも立ち上がる。

 だが───


「な、ならせめてここで一泊していきませんか……?」

「「「…………」」」


 愛らしい聖女様の上目遣い。

 そのお願いに、何故かハルカ達は足を進めることができないまま押し黙ってしまうのであった。

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