聖女
エルザと出会った時も、アリスと出会った時も、確かに目を奪われたことはあった。
綺麗な人だなぁと、子供とはいえ年相応の男らしい反応を見せた。
しかし、なんだろう……この気持ちは。
目の前の少女から目が離せないのはもちろん、高鳴る胸や蒸気する頬がいつもと違う。
もしかして、これは―――
「ハッ! まさか恋!?」
「坊ちゃん、戯言は置いておいてくださいませ」
戯言なのか、と。入り口に突っ立ってしまっていたハルカはエルザに押される。
とはいえ、これが恋でないというのであればなんだろうか? 不思議だ、今でも目を離したくないというのに。
「聖女様には人の視線を惹きつける恩恵がございます。坊ちゃんが私以外に抱いているその感情は、きっと恋ではありませんよ」
「そ、そっか……」
「ですが、私に同じような感情を抱いてしまったのなら、それは恋です」
「何故エルザ限定」
いつでもアピールを忘れないメイドにジト目を向けるハルカ。
その視線を受けているエルザは、どうしてか頬を膨らませてそっぽを向いていた。
そして———
「エルザさんっ!」
勢いよく、エルザの胸にセレシアが飛び込んできた。
「へっ?」
「もうっ、どうして遊びに来てくれなかったんですか!」
先程まで纏っていた雰囲気が霧散した姿に、ハルカは思わず呆けてしまう。
今視界に映っているのは、自分より一つか二つか上の女の子が慕っている相手と戯れている歳相応の姿。
いきなり変わっちゃったなぁ、と。ハルカは首を傾げる。
だが、ハルカはこの瞬間にあることに気がついた。
(ハッ! 悪役ムーブ!)
初めて訪れる場所に好奇心を揺さぶられていたからすっかり忘れていた。
この場にいる者は、エルザとアリスを除いて全て初対面。ここで新しい人材へクズ息子としての評価を確立させなければ、今まで皆に抱かせてきたイメージと相違が出てしまう。もちろん、そう思っているのはハルカだけだが。
しかし、それはそれ。
優しい男の子だと思われていると気づいていないハルカは、すぐさま悪役ムーブをするためにセレシアとエルザの間に割って入った。
「あっ」
そして———
「僕のエルザに触るなっ!」
「坊ちゃん……ッ!」
この女は僕のもの。他の誰にも触らせるもんか。
クズな息子としては、ちゃんと立派な発言だっただろう……とはいえ、それがメイドの胸をキュンとさせてしまったが、それはまた別の話。
慕っているお姉ちゃんが取られたからか、セレシアは頬を膨らませてハルカを睨んだ。
「何するんですか!」
「エルザは僕のメイドだ! 誰一人にもあげるつもりはない!」
「エルザさんは私のお姉ちゃんです! っていうより、あなたは誰ですか!」
「僕はハルカ・アスラーン! 公爵家の息子だ!」
「っていうことは、あなたが噂に聞く公爵家のクズ息子さんなんですね……ッ!」
おっと、すでに知られていたとは。
悪役ムーブがより一層信憑性が出そうで、ハルカは少し上機嫌になる。
だが、ここで一つ誤算が―――
「あれ? でも、おかしいですね……あなたからは悪意を感じられません」
「へっ?」
聖女は純粋を女神から求められるが故に、悪意に敏感になる。
誰がどう誰に対して悪意を抱いているか。一定範囲内の人間であれば、少しの悪意でもセレシアは反応してしまう。
―――そういう恩恵。
聖女として証明される、客観的証拠と言ってもいい。
本来、この恩恵にこそハルカ達は用があったのだ。
そのことをすっかり忘れていたハルカくんであった。
「ということは、今のやり取りも何か意図があって……? 私に何かを伝えたいか、もしくはクズ息子だというイメージをつけたいだけ」
バレてら。
「そ、そんなことないよ! もう、悪意ビンビン! エルザを取ろうとした聖女様に敵意剥き出しだよ!」
何やら色々バレてしまいそうで焦ったハルカが慌てて否定を入れる。
しかし、セレシアは突然考え込むようにして顎に手を当てた。
「そうは言われましても、こうも悪意を感じない人は珍しいほどですし……」
「け、けど……ッ!」
「今この場で悪意があるのは―――」
そう言って、チラリとセレシアが視線を動かす。
『なに、そのドヤ顔? ハルカくんのお言葉ちょうだいしたからって天狗になってるわけ? 殴っていい?』
『やはり坊ちゃんは大きな胸の女性の方が好きだということですね』
『今の流れに胸は関係ないでしょ!? っていうか、そっちが大きすぎるだけで私もDはあるわァァァァァァァァッッッ!!!』
そこには、今にでも喧嘩に発展しそうな二人の姿があった。
「あちらのお二人ですね」
「………………」
なんだろう、妙に納得感しかない。
ハルカはエルザとアリスの姿を見て思わず固まってしまうのであった。
「(聖女様、彼が例の人ですよ……)」
「(あっ、そうなんですか!)」
固まっているハルカを他所に、セレシアとミナが何やら耳打ちを始める。
そして、唐突に咳払い一つをして、ハルカを現実へと引き戻した。
「ごほんっ! エルザさんが自分のものだというのにはあとで議論する余地があるとして」
「議論する余地をあの光景を見てもあると思うんだ」
「私は、あなたに伝えたいことがあります」
真っ直ぐに、真剣な表情で向けられた視線。
それに、ハルカは吸い込まれそうになりながらも反射的に見つめる。
そして———
「ありがとうございます」
「へっ?」
「私は、あなたに感謝をしております」
突然のお礼。
そのことに、ハルカは「身に覚えがない」と、間抜けな声を出してしまった。
一方で、セレシアもまたハルカの反応に首を傾げる。
「(えーっと……彼が先の戦争を終わらせてくれたん、ですよね?)」
「(どうやら彼———『幼き英雄』は自分が助けたと気づかれていないと思っていやがります)」
「(では、教えてあげないといけませんねっ!)」
「(ダメでいやがりますよ)」
「(どうしてですか?)」
「(それが助けられた者の暗黙のルールだからです。そうじゃないと、彼は傷ついちゃいますよ)」
「(あぅ……よく分かりませんが、了解です)」
なんで内緒話をするんだろ、と。
二人の行動が更にハルカの疑問を誘った―――
『上等だゴラ! 王女の特権舐めんなよクソメイドッ!』
『やれるものならやってみてください。もっとも、何ができるとは思いませんが―――』
『今すぐにでも昨日ハルカくんの服に顔を埋めて「ハァハァ……!」言ってたことをバラす』
『な、なんで知って……卑怯ですよクソ貧乳! あなた魔術を使いましたね!?』
……ただ、後ろはなんか騒がしいなとも思ったハルカであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます