大聖堂前にて

 さて、あれからしばらくして。

 ハルカ達はようやく宗教都市まで辿り着くことができた。

 街の賑わい具合いは公爵領よりかは栄えているとは言えないが、煉瓦メインの建物や歩いている人間全ての胸にロザリオが下がっているところがなんとも珍しい。

 外へ遊びに出ている時、たまにロザリオを下げている人を見かけることはあるが、これほどとは流石は街の人全員が信徒で構成されている宗教都市といったところか。


 建国パーティーまではあと三週間ほど。

 帰り道、パーティーの準備などといったことを考えると、滞在できる時間も限られている。

 そのため、ハルカ達は早速宗教都市の中心にある大聖堂へと足を運んでいた―――


『『剣姫』様!?』

『ようこそいらっしゃいました!』

『お目にかかれて光栄です!』


 大聖堂入り口にて。

 白い甲冑を纏った聖騎士の男達が、来訪早々エルザに対して見事な敬礼を見せていた。

 相手は信徒でもなければ偉い人間というわけでもなく、ただのメイドだというのに珍しい光景である。


「ねぇ、結構前から気になってたけどさ、エルザって何をやらかしたの? 聖女様とも気軽にアポなし突貫しようとするし」

「何故私がやらかした前提でそのような目を向けるのでしょうか?」

「そりゃ、僕はエルザのことをよく知ってるから」

「ぐすん……メイドは坊ちゃんの理解があらぬ方向に向いて悲しいです」


 恐ろしいほどの泣き真似を見せながら、エルザはハルカへ抱き着く。

 もう慣れてしまったからか、公衆の面前だとかレディーが軽々しくなどと文句を言う気は起こらなかった。


「んで、結局何をやらかしたわけ?」

「ですのでやらかしていないと言っているではありませんか、貧乳様。冒険者をしていた頃に、少し聖女様をお助けする機会があっただけですよ」


 エルザの冒険者時代をハルカはよく知らない。

 故に「へぇー、そんなことあったんだー」と顎に手を添えて頷いた。


『しかし、申し訳ございません』


 その時、一人の聖騎士が申し訳なさそうな顔を浮かべる。


『現在、内争の関係で聖女様と謁見できる人数が限られておりまして……エルザ様はともかく、後ろのお二人は』


 もちろん、聖騎士とてこの国に駐屯しているのであれば、ハルカはともかく王女であるアリスのことは知っているだろう。

 それでも拒否ができるというのは、やはり権力に縛られない教会だからか。

 とりあえず、関係値もない人間をいきなりアポなしで会わせるわけにはいかないようだ。


「まぁ、そりゃそうだよね。僕達が中に入って何かするかもしれないし」

「王女とはいえ、警戒することは大事なんだよ。うんうん、慎重こそが生き残る術だからね」

「ねー」

「ねー」


 ハルカとアリスは、エルザの後ろで互いに相槌を打つ。

 そして———


「「んじゃ、あとはよろしく」」

「お待ちください」

「「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁこめかみがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!???」」


 ―――こめかみが握り潰されそうになった。


「待ってなんで回れ右しただけでこめかみが!? そもそもエルザしか入られないんだったら僕達宗教都市観光しかできないじゃん!?」

「てめぇこら、クソメイド! 私は仮にも王女なのに容赦なくアイアンクローってクソほど垂れ下がった胸も頭も悪いんか!?」

「うるせぇ、貧相な未開拓地。あなたのために足を運んでいるというのに何故当事者が一目散に坊ちゃんとのデートを楽しもうとしているのですか」

「じゃあ僕は関係ないよね!?」

「坊ちゃんは私の傍に居たがらないからです」

「理不尽ッ!」


 わーわーわーわー、大聖堂の入り口で騒がしい光景が繰り広げられる。

 警備をしていた聖騎士の男達も、大聖堂を出入りする関係者の人間達も、後ろで控えている護衛の騎士達も、そんな光景に苦笑いを浮かべていた。

 そんな時、ふと大聖堂の方から新しい甲冑の音が聞こえてくる。


「騒がしいですね、なにしてやがるんですか?」

『『『お、お疲れ様ですっ!!!』』』


 男達が一斉に敬礼を見せる。

 それだけで上司だと分かるのだが、現れた人間は男達よりもかなり身長が低かった。


 あどけなくも可愛らしい顔立ち。カールを巻いたブロンドの髪と小柄な体躯。そして、それらに不釣り合いな頑丈な白い甲冑と背負われた巨大な剣。

 誰だろ、と。ハルカだけでなくアリスまで首を傾げる。

 しかし、エルザだけは違ったようで―――


「って、エルザじゃねぇですか。珍しいですね、冒険者を辞めたって話を聞いたはずですが」

「お久しぶりですね、ミナ」


 ハルカは置いてけぼりになりそうだからと、エルザの裾を引っ張って耳打ちした。


「ねぇ、この人は?」

「あんっ♡ 坊ちゃんの甘い息が……」

「往来でなんて声を……ッ!」


 お淑やかな女性からは中々聞けない声に、ハルカは思わず胸を跳ね上がらせてしまった。

 なんて危険な女の子なんだ。容姿が完璧であるが故に、余計に心臓に悪い。


「ご紹介します、坊ちゃん」


 しかし、そんなドギマギしているハルカを置いて、エルザは紹介するために手を向けた。


「彼女はミナ・カートラ———聖女様の近衛隊の一人であり、聖女様のご友人でございます」

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