戦争の理由

 さて、ハルカが勝手に戦争に乱入したあと。

 何も語らずその場から足早に退散したハルカは現在、馬車に揺られながら宗教都市へと向かっていた。

 本来であればハルカの魔術ですぐに足を運べたものの、アリスがいる手前行使するわけにはいかない。

 まぁ、もうすでにバレているのだが本人は知らぬところ。

 そんな久しぶりの旅路も残すところあと少しというところまでやって来ていた。


「ねぇ、ハルカくん。そういえば勝手にさっき戦争が終わってたね」

「ソ、ソウダネー」

「あとさ、私の騎士が現在進行形で気絶したまま馬車の荷台に乗せられてるんだけどさー」

「エ、エルザモオチャメサンダネー」


 ハルカの対面に座るのは、ニヤニヤと笑みを浮かべるアリス。

 視線を一身に受けているハルカは必死に目を逸らして、なんの変哲もない草原を眺めていた。

 どうやら、アリスはハルカの反応を見て暇潰しに楽しんでいるようだ。


「ちなみに、私ってどうして目を隠されたのかな?」

「いや、それは……?」

「もしかして、ハルカくんは縛られてる女の子が好きだったり?」

「違うけども!?」


 そんな特殊性癖があってたまるかと、ハルカは顔を真っ赤にして抗議する。

 そもそも、エルザが勝手に縛ったのだから変な誤解―――


「そうです、坊ちゃんは巨乳サイドテール美少女メイドという女の子が好きなのです!」

「やけに具体的かつ身近な人物の誤解!?」


 この誤解は意図が多分に含まれていたようだ。


「まぁ、このクソメイドの戯言は置いておいてさ」


 アリスがハルカの横に座るエルザの話を無視して口を開く。


「未だに小競り合いが続いていたなんてねぇ……正直、かなり前からだから勝手に終わってるものだと思ってた」

「それは私も思いました。一年ほど前から続いておりましたが、未だ幕引きの兆しがないとは」

「ねぇ、僕そこのところ詳しくないんだけど……宗教内の争いってどういうこと?」


 人助けばかりをしていてあまり世間の情勢に詳しくないハルカが首を傾げる。

 それを受けて、エルザはハルカを抱えて己の膝の上に乗せると、何故か後ろから抱き締めた。


「坊ちゃんの理解者である私が説明しましょう」

「抱き締める必要はあったの?」

「坊ちゃんは私の胸が大好きかと思いまして」


 別に好きじゃないし、と。頬を染めて唇を尖らせるハルカ。

 一方で、背中越しに激しく心臓が鳴っているのを感じているエルザは、嬉しそうに笑みを浮かべるだけであった。


「教会は主たる女神を信仰しております。幸福を思想として掲げて生きていますが、皆それぞれが同じ理解をしているわけではありません」

「???」

「簡単に言いますと、幸福を得る過程は様々ということです」

「お金があれば幸せって考える人とか、好きな人と一緒にいることが己の幸せとかって感じだね」


 幸福の定義など色々あるということ。

 幸福も意味としては確立されているが、受け取り方に関しては感情優先の不明確。人によってそれが幸せだと感じる人もいれば、不幸だと嘆く人もいるのだ。


「今の教会では『皆が笑顔でいられれば己も幸せ』という他人を重んじる方向でいます。しかし、反宗教派———利益を求め、金があれば不幸な人間は生まれないという主張を掲げている派閥が最近では現れたのです」

「うーん……僕的には前者の方がいいと思うんだけど」

「それは坊ちゃんがお優しい心の持ち主だからですよ」

「い、いやっ! 僕は別に優しくないし!」


 アリスがいるので、慌てて訂正を入れる。

 しかし、元より優しい男の子だというのをほど知っているアリスはエルザの言葉に付け加えた。


「悲しいことに、お金がなければ幸せになれない人だっているんだよ。王族として尽力しているつもりではいるけどさ……手の届かないところっていうのは必ず存在している」

「それは―――」

「お金がなければ生きていけない、そんな人達です」


 別に裕福な暮らしをしたいからお金がほしいわけではない。

 、という意味だ。

 一生懸命働いても食材が買えない、両親を失って寝る場所もない、全てを奪われて生きる術もない。

 お金とは『贅沢』をするためのもの。そんな考えは、女神に希望を願う信徒はそもそもないのだ。


「教会はあまねく全ての人に手を差し伸べる救済の集団でもございます。それ故、教会の人間は女神の麓で生きる人間を幸せにする義務があると思っておられるのです」

「…………」

「ですので、どちらも間違いとは言えない。言えないからこそ、誰も譲れずに今に至るのでしょう」


 ハルカには分からない話だ。

 お金に困ったことも、職に困ったことも、就寝に困ったこともない。

 自由に思うがままに夢を追え、今日という日を生きている。

 だからこそ、今の話はハルカにとって重たい話であった―――誰かの幸せを願っているのに、この世には自分の知らない不幸な者がいた。そんな事実を突き付けられたような気がして。

 クズ息子として表の顔を作るのであれば、今の話は「あっそ」で終わらせればいい。

 しかし、心優しい少年の可愛らしい顔は酷く悲しく歪む。勝手に拳は握られ、沈んだような表情が浮かんだ。


「今の話は、坊ちゃんが気にしなくてもいい話です」


 エルザが優しく、安心させるように頭を撫でる。


「坊ちゃんは神様ではありません。全てに手が届く超人でもございません……坊ちゃんは、坊ちゃんができることをすればよろしいかと。少なくとも、坊ちゃんのおかげで幸せになれた人間がここには二人もいますよ」


 だから笑ってくださいと、エルザは端麗な顔に笑みを浮かべた。

 それを受けて、ハルカは―――


「……ありがと、エルザ」


 少し、胸の中に詰まっていたものが取れたような気がした。

 口元が綻んでいるのを、きっとハルカ自身だけでなくエルザも分からないだろう。


「……まぁ、今回はメイドに譲ってあげるか」


 だが、対面に座っているアリスだけは見えているようで。

 仕方なく、何も言わずに二人の空気を見守るのであった。

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