戦場に現れた少年

 聖騎士、という存在がいる。

 各国が定めた騎士という基準云々関係なく、教会の信徒の一部がなれる職業だ。

 といっても、信徒の数が多いとはいえほとんどが一般人である。

 そのため、聖騎士になれる人間は各国の騎士よりも少なく、今回の戦争に参加している人間の大多数が信徒によって構成された義勇兵だ。


(やっぱり、義勇兵ばかりだと押されてやがりますね)


 聖騎士が一人───ミナ・カートラが戦場を見渡しながら口にする。

 義勇兵ばかりで押されている……とはいえ、相手も信徒の集い。ほとんどが義勇兵で構成されており、聖騎士の数も客観的に見れば少ない。

 ただ、今回の小競り合いでは向こうの方が聖騎士が多い……恐らく、それが原因だろう。


(こうやって身内で争いをすると聖女様が悲しむっていうのに、何やってんですか向こうさんは)


 靡く薄桃色の髪を押さえながら、ミナは小さく舌打ちした。

 教会は思想の塊だ。神という存在を信じ、与えられた教え通りに正しく生きる。

 そして、その思想が戯言でない証明としてくれる存在こそ崇める聖女という女の子である。


 ───あの子は、人が傷つくと悲しむ。


 そんなの、彼女に出会った人なら誰もが知っているはずなのに。

 こうして小競り合いをしているのも、聖騎士以上の立場にいる大司教辺りが始めていることだ。

 敵も敵だが、小競り合いに対抗しようとしている上の人間にも悪態をつきたくなる。


(……誰か)


 この戦争を終わらせてくれませんか?

 激しい怒号と剣が交わる金属音を耳にしながら、ミナは思わず願ってしまった。


「って、無理でいやがりますよね」


 私も早く戦いましょうか、と。

 小柄な体躯に似つかわしくない大剣を背中から抜きながら、ミナは戦場の後ろで一歩を踏み出した。


 その時だった───


「ぁ?」


 


「ッ!?」


 それと同時に、眩い光が視界を焼く。

 ミナだけではない、反宗教派も自陣も焼かれた視界によってほぼ全てが思わず瞳を押さえる。

 だが、それよりも……その光に紛れて、何か丸いピンポン玉のようなものが弾け飛んでいる方が問題だ。


(なんですか、これは……ッ!?)


 突然現れたことも問題だが、目下小さな球体の方が異常である。

 目にも留まらない速さの玉は人の体に当たり、苦悶の顔を浮かべながら敵味方関係なく地に倒れてさせていた。

 殺傷能力はないのだろう。外傷は見受けられず、ただただ気絶して倒れているだけ。

 それが味方だけでなく、敵の方にも平等に訪れている───だからこそ、この攻撃が味方のものか敵のものなのかが分からない。


(いや、それよりも───)


 ミナは聖騎士として上位の実力を持っていると自負している。

 飛び交う球体も、辛うじて躱せてもいた。

 しかし、それはミナだけの話。


「マジですか……」


 これがたった数十秒の話だ。

 今まで頑張って戦ってきたというのに、それが一瞬で終わってしまった。

 なんだ、と。こんな脅威があってもいいのかと。

 ミナは呆然と光の雨が終わっても、ただただ立ち尽くしているだけであった。

 そして、この瞬間───


「やめようよ、戦争なんて」


 どういう現象か分からない。

 それでも、景色にヒビが入ったかと思いきや、一人の少年が割れた隙間から姿を現した。


「そういうのを見ると、どうしても止めたくなる。どっちにどんな理由があるかも分かんないし、お節介で迷惑かもしれないけどさ……死んだらどうしようもないよ」


 物悲しそうな声音。

 しかし、大きなマントと無柄のお面のせいで表情が汲み取れない。

 だが───


(この人が、やったんですね……ッ!)


 なんとなく、彼が醸し出す雰囲気でそう察してしまった。

 見た目はただただ幼い子供。

 それなのに、纏う雰囲気が彼のものだと脳裏が訴えている。


 こんな幼い子供が?

 たった一瞬で、戦場のほとんどを潰したのか?


 疑問はある、困惑もある。

 それでも、目の前で起きたことが不思議で、ミナはただただ呆然と立ち尽くすだけであった。


(……あれは)


 ミナは聖騎士として、この国に駐屯している以上ある程度の情勢も知識も学んでいた。

 だからこそ、ふとに眉を顰めてしまう。


 確か、あの家紋は公爵家の───


「まだやる?」


 戦場を見渡しながら、少年は口にする。

 まともに聞いているのは、恐らくミナだけだろう。

 辛うじて立っている者も、眩い閃光に目が焼かれてしまっている。

 だからからか、少年の視線はミナへとゆっくりと注がれた。


「……やらねぇですよ」


 薄桃色の髪を押さえながら、ミナは口にする。


「私だって、聖女様が悲しむようなことは元より反対だったんですから」

「そっか……ありがたい情報だね」


 少年は肩を竦めて亀裂を戻す。

 それがどれが異様なことか。客観的に見れているミナだからこそ、より実感できているのだろう。

 故に、ミナ動けずにその場に立ち尽くした。


「僕はさ、ただただ人が傷つく姿を見ていられないだけなんだよ」


 そのセリフは、くしくも聖女様が言っていた言葉と同じで───


「この戦争、これで終わらせられるかな? だとしたら、僕の我儘も解消されるんだけど」


 何故か。本当に何故か。

 ミナの心はふと軽くなってしまった。


 ───あぁ、これで終わるんだ。


 本格的ではない、宗教で始まった小競り合い。

 それが、たった一人の幼い少年によって無理矢理幕が下ろされた。





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