居合わせてしまった戦争
教会が誇る聖女。
女神の恩恵を受けた唯一の存在であり、この世の善を象徴する人間とも言われている。
そのため、聖女は教会によって大事に育てられてきており、宗教が根強い各国も丁重にもてなし、それ相応の対応を取っているとのこと。
そんな聖女は幸いにも王国に在中しており、公爵領から片道一週間の宗教都市にある大聖堂にいるのだとか。
というわけで、エルザの提案の元ハルカ達は早速宗教都市へと向かっていた───
「教会の聖女、ねぇ……? かの有名人の名前を挙げて早速足を運んでいるわけだけどさ、アポなしで凸っても問題ないわけ?」
「恐らく問題ないかと。彼女とは冒険者時代に色々と関係性を作っていましたので、無下にはされないでしょう」
「……あの」
ガキン、ガキン、と。
そんな音が響く中、二人の会話は続く。
「彼女を仲間にしてしまえば、少なくとも犯行を押さえることはできます。そうなれば、決定的瞬間にも立ち会えるのではないでしょうか?」
「まぁ、うちの兄貴らもわざわざ身内の喧嘩に教会巻き込んで敵に回そうなんて思わないだろうけどさぁ」
「あの」
「ですので、仮にお姫様がお花を摘みに行ったとしても、誰かしらは駆けつけられますよ……よかったですね、絶壁様」
「名案に腹が立つのはなんでだろうね、クソホルスタイン」
「あのッッッ!!!」
二人の会話が続いていると、ハルカがいきなり声を大にする。
それを受けて、アリスとエルザは仲よろしく同時に首を傾げた。
「いかがなされましたか、坊ちゃん?」
「いかがなされました……じゃないよね!? よくもまぁ、こんな状況で普通に会話ができるもんで!」
「こんな状況……っていうけどさ───」
アリスがふと背後を見る。
そこには、怒号を交えながら剣を振り回している兵士達が……ざっと千人以上。
「ただ戦争してるだけじゃん」
「ただじゃないッッッ!!!」
そう、今三人が立っているのは紛うことなき戦場。
ここまでの経緯を話すと、エルザの提案で早速宗教都市へ。四日ぐらい経ったぐらいで何やら騒がしい場所を見つけ、気になって顔を出したらあら不思議……戦場じゃないか! というものである。
無論、ハルカ達はたまたま居合わせただけの存在だ。後ろには馬車と、アリスの護衛である騎士達が警戒心剥き出しで臨戦態勢を取っていた。
緊張感がないのは、メンタル太めの美少女達である。
「なんで戦争!? まだ、この国の平和は遙か彼方だったわけ!?」
「んー……あれを見る限り、反宗教派と現宗教派の小競り合いみたいだね。宗教の在り方に不満を持った人達がクーデターを起こしてるって言ったら分かるかな?」
「そんな緊張状態になんて緊張感のない声音!? 王国の王女様はこの件を問題視しないの!?」
「逆にこればっかりは王国も手が出せないよ。国の問題じゃなくて宗教と割り切りの問題……王国で起こっているっていっても、未だ国民に被害がないから大義名分がない。つまりは、口出しした時点で肩入れを認めちゃうことになるから」
「そう、なの……?」
今回ばかりは、ハルカの分からないジャンルの話だろう。
助けたいから助ける……だけでは収まらず、その後の展開まで考えないといけない。
仮に王国が宗教派に加担して戦争に参加したとしよう。もしも、この戦争が終わって反宗教派が勝ってしまったらどうなるか? 新体制を敷いた反宗教派を敵に回すことになり、多くの反感が王国を襲う。
そうなってしまわないためにも、この小競り合いには王国だけでなく他の国も参加できない。仮に自国で行われているとしても、だ。
「噂には聞いていましたが、まさかこれほど過激とは……もしかしなくても、この状況であればまともに聖女とは取り合ってくれなさそうですね」
いかがなされますか、と。エルザはハルカに視線を向ける。
この段階では、ハルカ達の存在など戦争を起こしている人間は気がついていないだろう。回れ右をして引き返せば、時間こそ無駄になってしまったものの関わらずに済む。
しかし───眼前に広がるのは、激しい怒号と倒れていく人達。
「……政治云々はよく分からないけどさ」
ハルカはポツリと呟く。
「誰かが傷ついていくのは、見てられない……かな」
どちらに正義があり、どちらに大義名分があろうと関係ない。
そもそも、ハルカは戦争が大っ嫌いだ。人が傷ついて手に入れられるものに価値があるとは、個人的には思えない。
故に───
「畏まりました」
「え、ちょっとなんでいきなり私の手首を縛るの!?」
エルザは横にいたアリスの手首を懐から取り出した紐で縛る。
それだけではなく同じように足を縛り、メイド服に付いていたフリルを解いてそのままアリスの目に被せた。
「エルザ……?」
「戦場で束縛プレイとは、アリス様も中々の上級者ですね」
「てめぇがやったんだろ、クソメイド!」
視界が真っ暗になって身動きが取れないアリスが叫ぶが、エルザは何処吹く風だ。
その証拠に姿がブレたかと思えば、背後にいた騎士達が一瞬にして地面へ崩れ去る。
もしも、傍から別の観客がいたとすれば、何故騎士達が地面に倒れたか分からず首を傾げていただろう───エルザが首に手刀を落として気絶させたなどとは気づかず。
エルザは倒した騎士達を放置して馬車へと入り、大きなマントと無柄のお面を手に持ってハルカの下へと戻っていった。
「……僕、理解が早くて助かるよって言葉が出難い状況に困惑してるんだけど」
「何を仰いますか、坊ちゃんのよき理解者として当然の行為をしたまでです」
理解者、という言葉を聞いてハルカは一瞬呆ける。
しかし、それも本当に一瞬のこと。
ハルカはエルザからマントとお面を受け取って、そのまま着始めた。
「ごめんね、僕の我儘に付き合ってもらって」
「坊ちゃんの我儘であればいつどこまでも」
ペコリと、エルザはアリスの横で頭を下げる。
その姿を見て、ハルカは一歩前へと出た。
───ハルカの魔術は『我儘』。
己の感情を解消するために必要な事象がハルカへと与えられ、我儘がなくなるまで魔術は続いていく。
ハルカ自身、己の魔術に関して全て意のままに操れるわけではない。
感情という不明確なものを解消させる事象は、その時と場合によって変化するのだ。
「誰かが傷つく姿は見ていられない」
そう願って起きた我儘は、ハルカの手元に一筋の光の束を集めさせる。
そして、ハルカは戦場の中心に向かって思い切り投擲した───
「アリスはエルザが守ってくれるとして……僕は僕のしたいことをしよう」
突然居合わせてしまった戦場。
そこに、『幼き英雄』という脅威が参加する。
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