着せ替え人形
ハルカはいつどこでも悪役ムーブを忘れない。
クズ息子としての印象が強ければ強いほど、己が『幼き英雄』だと紐づけることが難しいからだ。
これからに控えた建国パーティー。
そのために正装を準備しようと思っているのだが、この瞬間は絶好の悪役ムーブチャンス。
「こんな服着れるか!」などと言えば一発だ。
せっかく用意してもらった服でも破れば完璧……ではあるが、破るのは可哀想だ。やめておこう。
とにもかくにも、ハルカは仕立て屋にやって来た時にそうしようと決めていた。
ここ最近はアリスという女の子がクズ息子だと認識してくれない雰囲気を感じる。
ここいらでそろそろ自分が手を付けられないクズ息子だと認識してもらわなければ……ッ!
「坊ちゃん……最高に似合っておりますっ!」
「きゃー! ハルカくん超可愛いー!」
認識、してもらわなければ……。
「ハルカくん、次はこっちを着てみよう! アクセントの蝶ネクタイが可愛らしさアップだよ!」
「何を言っているのですか、貧乳。坊ちゃんに似合うのは背伸びをしているとアピールさせるためのネクタイに決まっております」
「うっせぇ、駄乳。そもそもその黒のタキシードにセンスを感じられないんだよ。乳しまって出直して来い」
仕立て屋に来た時のこと。
ハルカは現在、試着室にて絶賛着せ替え人形なうであった。
目の前にいるのは、各自好きなタキシードを片手に言い争いをしている少女が二名。
もちろん、初めは「こんな服着れるか! 店員呼んで来い!」などと悪役ムーブをしていたのだが―――
『分かりました! ということであれば私が必ず坊ちゃんの魅力を引き立たせるための最高のコーディネートをご用意いたします!』
『任せて、社交界の華とも呼ばれた私がハルカくんを社交界のマスコット枠として確立させてあげるよ!』
―――店員を呼ばれることなく、このようなこととなってしまった。
罪悪感を覚える前に発言の後悔を覚えるのは珍しいと、この時のハルカは涙目である。
「あ、あのさ……僕が悪かったから、もう無難なのでいいよ」
「坊ちゃんにはこちらが似合います!」
そう言って、話も聞かずにエルザが取り出したのは赤のドレスであった。
「グッ……その手があったか!」
「ないよ!?」
流石に女物はないでしょうと、ハルカは身の危険を感じた。
「ふむ……このままではアリス様のどこかのように水平線ですね」
「ハルカくん、このメイドの顔面にグーパンチの許可を。どうやら平行線も水平線も王女に対しての敬意も分かっていないみたいだから」
「あ、うん……返り討ちにされない程度だったら」
そう言った瞬間、アリスは容赦なくエルザの頬に向かって右ストレートを放った。
なんの抵抗もなく放てるところも流石だが、華麗に首を捻ってエルザも流石だろう。
「その気概で刺客も倒してくださればいいのに」
「ある意味、私の敵はお前だよホルスタイン。そもそも、私の魔術は『監視』特化だし」
「では、そちらの才能を使って犯人を捕らえてはいかがですか?」
アリスの魔術は、マーキングした相手の動向を追えるものだ。
確かに、一度視界に入れて野放しにすれば刺客の行き先を突き止めることもでき、突き止めた先の犯人を予想することもできる。
言われてみれば、エルザの言う通りアリスの才能を使って犯人探しも可能だろう。
しかし―――
「そんな甘っちょろい相手だったら、ハルカくんとの同棲生活を謳歌してないよ。向こうだって私がそういう才能だって知ってるわけだし、一度私の前に顔を出したら成功させるか、その場で自害するかの二択しか持ち合わせてない」
「ふむ……とても使えませんね」
「ハルカくん、君のメイドのせいで心が傷ついたから頭を撫でてほしいな」
「……かもん、アリス」
ふぇぇぇ、と。わざとらしい泣き真似をしてハルカの胸に縋りつくアリス。
そんな女の子の頭を撫でながら頬を引き攣らせるハルカだが、傍で「その手がありましたか……ッ!」と唇を噛み締める少女がチラチラと映っていたたまれない。
「まぁ、真面目な話をするけどさ……建国パーティーに参加して、どうやって犯人を捜すわけ? 目星とかはついてるんだろうけどさ」
「ぶっちゃけ、現行犯だね。できれば、大衆の目があるところで捕まえられたらなおベスト。っては言ってるけど―――」
「大衆の目っていうのは難しそうだね。ここまで尻尾を捕まえさせてもらえない相手だったら、そこら辺は警戒しているだろうし」
難しいねー、ねー。
なんて緊張感のないやり取りが頭を撫で、撫でられの状況でされる。
その中で、エルザは―――
「……であれば、一人うってつけの
「うってつけの人? もしかして、探偵ものの主人公とか?」
「具体的な犯人は捜せませんが、その場一帯の犯行に及ぼうとしている人間を見つけることに特化している人間なら知っています」
「そんな人、いたっけ?」
アリスが首を傾げる。
その姿を見て、エルザは大きく溜め息をついた。
「はぁ……あなたなら充分に知っておられる方ですよ。そもそも、今回の建国パーティーには参加されるでしょうから」
一体誰だ?
アリスだけでなく、ハルカもまた同じように首を傾げる。
そして、エルザは二人の視線を受けながらゆっくりと口を開いた。
「悪意に敏感なこの世で最も清らかな存在———教会が誇る、聖女様でございます」
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