就寝前

 三人で冒険者ギルドへ行ったその日の夜。

 今日からお泊まりが始まるということで、公爵家の屋敷は大忙しだった。

 護衛の騎士達の部屋を用意し、王女ということもあって豪勢な食事を提供。とはいえ、事前に現当主が使用人達に来訪を予め伝えていたため、特段ハプニングなどは起こらなかった。無論、何故かハルカには伝えられていなかったが。

 伝えられたのは、アリスがお泊まりをすることになった理由ぐらいだ。


 慌ただしい時間も落ち着きを取り戻した頃にはすっかり辺りが暗くなってしまっている。

 時間的にも、そろそろ就寝の準備。

 ハルカはアリスが来たとはいえ、いつも通りに自室のベッドに潜り込───


「ハルカくん、おやすみー」

「おやすみなさい、坊ちゃん」

「こらこらこら」


 ───もうとしたが、それももう少し時間がかかるようで。

 一緒のベッドに入ろうとしたエルザとアリスを、寸前で制することに成功する。


「いかがなされましたか? まさか、シーツの洗濯に不手際が?」

「いやいや、子守唄と抱き枕が足りないんだよ。そして、今はそういうのを補ってあげられるお姉ちゃんがここにいます!」

「まったく掠りもしない察し……ッ!」


 何故ここにいるのか? という意味だったのだが、二人にとっては違和感がないほど当たり前のことだったらしい。


「アリス! 君にはちゃんとお客様用の部屋を一室貸したよね!? 何故さも当たり前のようにここが寝床だと思った!?」

「ほらほら、私って一応命を狙われてるわけじゃん? 合理的に考えて、一緒の部屋の方が安全度は高いんだよ!」

「だったらエルザの部屋に行けばいいじゃないか! っていうか、エルザも自分の部屋があるでしょ!」

「まだ赤龍を討伐した褒美をいただいてませんので」

「チィ……ッ!」


 確かに、エルザへの褒美はまだ渡していない。

 彼女の褒美は添い寝。ハルカと同室で同じベッドなのは当たり前。更に、安全度を優先した合理性では、ハルカもアリスはエルザと同じ部屋で寝た方がいいと思っている。

 つまり、エルザの褒美を渡す段階で必然的にアリスも一緒の部屋で寝ることとなる。

 ハルカの部屋には、もちろんベッドは一つしかない。

 言われてしまえば、同じベッドで三人が寝るのは筋が通った話であった。


「ま、待って……冷静に考えよう」

「何がでしょう?」

「僕はこれでも男の子だ。同じベッドに寝れば夜の狼さんらしいやましいことをしてしまうかもしれない」


 無論、優しいハルカが相手の合意もなく手を出すことはない。

 しかし、一緒に寝れば男の子として反応してしまうのも当然あるもので、ハルカ的には是非ともここで牽制して妥協案を提案したいところ。

 故に、まずは己の身の危険を把握してもらうことからスタートを───


「分かりました、露出の高い寝間着を用意してきます」

「じゃあ、私は脱ぐね」


 いけない、ばっちこいな雰囲気だ。


「はぁ……ごめん、もうそのままでいいよ。僕が間違ってた」


 どう足掻いても、裸と露出をもいとわないこの二人を説得するのは難しい。

 そう判断したハルカはため息をつきながら渋々ベッドへと潜り込んでいく。

 せめて隅っこで寝て……思っていたが、エルザに持ち上げられて真ん中へと寝かされてしまった。

 直後、アリスとエルザはハルカを挟むようにして大きなベッドに寝始める。しくしく。


「……僕を真ん中にする意味は?」

「同性の顔を見て何が楽しいと思うのですか?」

「僕の顔を見ても面白くないでしょ」

「いえいえ、そんなことありませんよ」


 チラリとハルカは横を向く。

 すると、生地の薄い寝間着を着たエルザが楽しそうな笑みを浮かべていた。


「坊ちゃんのお顔を見るのは、とても楽しいです」

「ッ!?」


 普段のメイド服とは違うからか、あまりの色っぽさにハルカは思わずドキッとしてしまう。

 そして、そのすぐ……反対側から手が伸ばされ、ハルカの体の向きが変えられた。


「そっちばっかり見ないで、お姉ちゃんの方も見てほしいなぁー」


 そう言って向けられたのは、またしても端麗な美少女の顔。

 露出の高い寝間着から覗くきめ細かな白い柔肌と頬を膨らませる子供らしい表情がなんともハルカの胸を擽る。

 目に悪いと顔を逸らしたいが、アリスの手がしっかりとハルカの頭を固定していた。


「ふふっ、どうかな? 王女と一緒のベッドなんて、ハルカくんが初めてだぜ?」

「い、いや……それはありがたいというかなんというか……」


 何故に僕? というのが素直な感想である。

 しかし、アリスは楽しげな顔をするばかりで、茶々を入れ難い雰囲気であった。


「いやー、でも今日は楽しかったなぁー……王女のポストだと、中々外に出回れないからね」


 アリスはハルカの頭から手を離して天井を見上げる。

 隙を見てハルカはどこにも向かないよう同じように上を見るのだが───


「ほん、と……楽しかった……」


 独り言は徐々に薄れていき、やがて静かな寝息を立て始めた。

 恐らく、ずっと気を張っていたのだろう。明るく振舞っていても、今は命を狙われ続けている立場。

 一瞬の気の緩みが死に直結するのであれば、気張らない方が無理な話だ。

 しかし、それがようやくここで落ち着いた。

 さり気なく横目で気持ちよさそうに寝ているアリスを見る。

 ハルカの口元に思わず笑が浮かんでしまった。


「彼女も彼女なりの苦労がある、ということですか」

「そうだね……ここが安心できるスポットでよかったよ」


 二人は互いに言葉を交わし、

 そして───


「坊ちゃん」

「うん、分かってる……

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