思わず出してしまった力
(や、やってしまった……)
フルスイングを終えたモーションのまま、ハルカは頬を引き攣らせる。
まさか、こんな大勢の前で自分の魔術を使ってしまうとは。しかも、マントもお面もつけていないクズ息子の状態で。
このままでは、もしかしたら己が『幼き英雄』だと露見してしまう恐れがッッッ!!!
「坊ちゃん……私は嬉しいです。私のために怒っていただいたなんて」
後ろからエルザが外聞関係なく思い切り抱き締めてくる。
ふくよかすぎる柔らかさが背中越しに伝わるが、今はそれどころではない。
「ハルカくんかっこよかったよ~! 私、思わずキュンとしちゃった♪」
横からアリスが外聞関係なく腕に抱き着いて来る。
程よい柔らかさが腕越しに伝わってくるが、今はそれどころではない。
「むっ、離れてくださいアリス様。坊ちゃんの体は私のものです」
「そっちこそ、無駄に大きい脂肪なんて押し付けないでハルカくんから離れたら?」
「坊ちゃんは私のために怒ってくださったのです」
「は? 私のためだし」
ハルカの傍で、二人の火花が散り始める。
再三言うが、ハルカは今それどころではないのだ。
(ど、どうする……ッ!?)
お姉さん達に抱き着かれながら、ハルカは辺りを見渡す。
案の定、小さな男の子が二倍以上の体格をした人間をぶん投げたことにより固まってしまっている。
その視線は全てハルカへと注がれており、これは紛うことなき身バレのピンチであった。
(し、思考を巡らせろ……この状況からうまく切り抜ける方法を!)
周囲の視線を浴びながら、ハルカの思考がフル稼働する。
考えるという行為を深く。底知れぬ至高の海へと潜り込め。
さすれば、この状況を切り抜けてクズ息子としての威厳を取り戻すのだッッッ!!!
「……き」
フル稼働にフル稼働を重ねた結果。
ハルカはようやく、ゆっくりと口を開いた。
そして———
「騎士団長の息子である僕は、腕力が凄いのさっ☆」
……なんとも安直な発想が出てきた。
「(坊ちゃん、言い訳にしては少々見苦しいかと)」
「(君はどっちの味方なの!?)」
ハルカが思わずツッコミを入れてしまうが、エルザは首を横に振るだけ。
騎士団長の息子だからといって、別に腕力が強く生まれてくるわけではないのだが……どうやら、ハルカはそこに至らないようだ。
「(いい? 騎士団長の息子だったら戦えなくても腕力ぐらいは遺伝で引き継いでるかもしれないでしょ? そういう「かも」が、信じられない光景を促す要因となるんだよ)」
この内緒話をすぐ横で聞いている人間がいるということにはいつ気づくのだろうか?
しかし、そんなおっちょこちょいな部分も可愛いので、エルザはとりあえず首を縦に振っておいた。
「(なるほど)」
「(だから僕はこれで押し通す!)」
見ていなよ、と。ハルカはエルザから視線を戻して前を見る。
そして、高らかに声を発するのであった。
「いいか! 僕は力だけは強い! それも、あの男を投げ飛ばせるぐらいに!」
『『『『『……………………』』』』』
「平民風情が僕に逆らうと、皆あんな感じで投げ飛ばしてやるからな! だから、これからは僕を尊敬し、崇め、僕の機嫌を損ねないようにするんだ!」
転んでもただでは起きないハルカくん。
できる限り、クズ息子としての威厳を高めるために悪役ムーブを続ける。
傲慢で、癇癪持ちで、何をされるか分からない。そこに暴力という要素が加わったことに、皆は恐れ、媚びへつらうことだろう。
案の定、周囲の冒険者達は皆黙って何も言えなくなっていた。
(うんうん、そりゃいつ自分も投げ飛ばされるか怖くなっちゃうよね)
そんな反応に、ハルカは美少女に抱き着かれながらご満悦な表情を見せる。
フォローができたのであれば、もうここに用はない。
ハルカは黙って静寂が広がったギルドの空間を横断するように、扉へ向かって歩き出す。
「……ねぇ、歩きづらいから離れてくれない?」
「私はもう少しこのままがいいです」
「私もー」
「かっこよく立ち去りたいんだけど、僕は!?」
とはいえ、身長差がある美少女二人に抱き着かれている現状はなんとも不格好で。
ハルカは少し威厳を損ねそうな姿で冒険者ギルドを出て行くのであった。
♦️♦️♦️
ギルドの中に残ったのは、ハルカの悪役ムーブを受けて固まっている冒険者達。
この中にはハルカのクズ息子らしい傲慢さを初めて見た者も、もしかしたらいるのかもしれない。
故に、ハルカ達がいなくなったあとは緊張の糸が切れたかのように―――
『す、すっげぇな……『幼き英雄』の魔術』
『男を平気で投げられるんだぜ? しかも、どうやら『幼き英雄』の魔術は赤龍も殴り飛ばせるらしい』
『はぁ……悪ぶるハルカ様、可愛かったわ~』
ハルカが聞いたら膝から崩れ落ちそうな呟きを、各々口にするのであった。
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