報酬の行方

 冒険者ギルドへもう一度訪れたのは、赤龍討伐の報酬と事後の確認である。

 先日倒した際にはしっかりと鱗を提出したとはいえ、すぐに「はい、じゃあこれお金!」などはできない。

 冒険者ギルド側もしっかりと本物かどうかを確かめてお金の用意をしなければならないため、大抵の依頼は後日精算となるのだ。

 とはいえ―――


『坊ちゃん、赤龍の報酬はいりますか? 私は坊ちゃんとの添い寝以外いりませんが』

『え、僕もいらないから適当に配っていいよ? っていうか、僕との添い寝は報酬枠なの?』


 と、昨日話した太っ腹なハルカ。

 赤龍の討伐報酬は通常の報酬とは比べ物にならないぐらい額が大きい。それを全額配っているのだから、本当に太っ腹以外の何ものでもないだろう。

 今日そこらかしらでお酒を飲んでいる人間を見かけるのは、ハルカが寄付した結果である。もちろん祝いもかねてなのだろうが、大半はハルカへの感謝と喜びだ。

 こんな貴族は正直滅多にいない。今日も公爵領の皆はハルカの話で持ち切りである—――エルザが倒したと報告して、エルザが皆にご馳走したとしているはずなのに。


 そして、報酬を配ったはずなのにハルカ達がもう一度冒険者ギルドに足を運んでいる理由は、残った事後の確認である。


「死体は適当に山へ放置しております。あとは勝手にそちらで拾ってください」

「雑ですね!?」


 体裁的にハルカだけでは事後の確認が取れないとのことで、合流したエルザが受付嬢に報告をする。

 あまりの雑っぷりに受付嬢は驚いたが、気を取り直して咳払いを一つ入れた。


「ごほんっ! え、えーっとですね……かなり外れの森となると範囲が大きく、できればやっぱり詳しい場所を教えていただけないとギルドの者が確認も回収も行いに向かうのに時間がかかってしまうので……」

「赤龍は大きいから普通に飛べば死体ぐらい余裕で確認できるよね?」

「ハルカ様……普通はお空って飛べないんですよ」


 確かに上から見れば戦闘の跡や図体の大きい赤龍は見つけられるだろう。

 しかし、それはあくまで上から見下ろせる場所にいた時の話。普通は飛んで確認するという芸当などできないのだ。


「とはいえ、一匹の居場所は大まかで分かりますが……」


 チラリと、エルザはハルカの方を見る。

 己が倒した分は分かるが、あの時はハルカが歩いてエルザを捜し、それから合流したので片方の居場所は分からない。

 答えたいのは山々だが、知らない分は答えられないのだ—――ハルカ以外。

 ただし、ハルカはこの場では答えられない……赤龍の討伐に、無能でクズな男がそもそも向かうはずがないのだからッッッ!!!


「申し訳ございません、忘れてしまいました」

「そ、そうですか……こちらも倒していただいた方に無理を言って申し訳ございません」


 ぺこりと、受付嬢が頭を下げる。

 その時、先ほどから横でアリスがテーブルの上に広げられている地図の一部を指さした。


「あ、赤龍ならこの位置にいるよ」

「何故分かるのです?」

「赤龍の調査をしていたからね。それに、私の魔術は『監視』なんだよ……ちょうど、現場にいたから分かるんだー」


 アリスの言葉に、そっとハルカはエルザの後ろに隠れる。

 気づかれてはいないと思うが、念のため視界には入らない方がいいと本人は思った。


「そうなんですね、ありがとうございます! それと、もう一つございまして―――」

「まだあるのですか」

「うぅ……だって、あまりにもエルザさん達が寄付してくださった報酬の額が大きくて、上から「本当にいいのか」確認しろと……」


 正直な話、今回の報酬は全員にお酒を振舞っても有り余る。

 確認しろ、と言ってはいるが……結局のところ、冒険者ギルドも持て余しているのだろう。


「(エルザ、それは孤児院の復興にでも充ててって言って)」

「(そういうのは領主様の仕事なのでは?)」

「(寄付ぐらいならどこでもできるでしょ。あと、うちがいきなり寄付したって驚かれるだけだし、いっそのこと元SSランクの冒険者であるエルザからって言われた方が気も楽だと思うんだよ)」


 あくまで寄付。

 己の懐には入れようとせず、誰かのためになることを。

 ハルカはそんな優しさをエルザの後ろに隠れながら口にする。

 しかし―――


(ハルカ様……っ!)

(ハルカくん、本当に優しい……)


 この近距離の小声ぐらい近くにいる者は聞き取れてしまうもので。

 受付嬢とアリスはハルカの慈善にかなり感動していた。


「か、畏まりましたっ! そういうことであれば、冒険者ギルドが責任もって孤児院へ寄付……あとは、困っている人に配ろうと思います!」

「あ、うん……ありがと。あれ? なんで分かったの?」


 聞こえているとも知らないハルカは何故伝わっているのか首を傾げる。

 その時———


「なんだぁ? なんでこんなところにガキがいやがる?」


 ふと、背後から大柄な男が近づいてきた。

 身長はハルカの二倍ぐらいありそうだろうか? 屈強な体つきと背中に背負っている大剣が只者でないと思わせる。


『お、おい……あいつ『幼き英雄』に喧嘩売りやがったぞ』

『確かあいつは他所から赤龍を討伐するために来たんだったか……ご愁傷様だな』

『巻き込まれる前にどっか行くか?』

『そういや、あいつって色んなところで問題起こしてるやつだったな』


 男が話しかけた時点で、周囲の冒険者達がざわつき始める。

 後ろにいる受付嬢はオロオロとし始め、アリスとエルザに至っては顔を顰めるばかりだ。

 だがしかし、当の本人であるハルカは違う―――


「あん? 僕を公爵家の息子だと知って話しかけてんのか!」


 久々の悪役ムーブ。

 最近中々「調子乗った貴族の息子」扱いされなかったことにより中々表に出せなかったクズ息子フェイスだ。

 喧嘩を売られたというのに、何故かハルカは楽しそうである。


「ここはガキが来るところじゃねぇんだ、さっさとそこの姉ちゃん達を置いて帰りな」

「ん? なんでエルザ達?」

「あ? そんなのからに決まってんだろ!」


 しかし、その悪役ムーブも一瞬のことで。

 ハルカの額に、小さな青筋が浮かんだ。


「(ねぇ、こいつって私のこと知らないのかな?)」

「(まぁ、社交界に出ていない人間であれば中々王女様のお顔など拝顔する機会などございませんので……まぁ、実力差も分からない阿呆には違いありませんが)」


 男の下卑た視線を受け、ハルカの横でヒソヒソと話し合う二人。

 屈強な男を前にしても動じないのは言った通り実力があるからか? それとも、この先の展開を予想しているからか? エルザは肩を竦めてとりあえず一歩後ろへと下がった。


「ガキにはもったいねぇよ、そこの女は。俺に物を寄こしてさっさと家に帰ってママのおっぱいでも吸ってるんだな」


 そう言って、男はハルカの肩を押して二人の前へ出ようとする。

 だが―――


「……僕に何かを言うのは望むところなんだけどさ」


 ガシッと、男の腕が掴まれる。

 その瞬間、何故か



「女の子を物扱いしてんじゃねぇよ、このクソ野郎が」



 ガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!! と。

 ハルカのフルスイングによって、男の体がギルドの外まで投げ飛ばされた。

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