命を狙われる理由

 赤龍は倒された。

 それは行商人や近くの村の人々、この街の住民にとっても朗報である。

 圧倒的脅威である赤龍もいなくなったとなれば、しばらく追い回され行き場を失った魔獣が各地に溢れることもなくなり、赤龍に襲われると頭を悩む必要もなくなった。

 おかげで、街は昨日に続いて本日もお祭り騒ぎ。先程はアリスの暴走によって気に留められなかったが、改めて街を歩いているとどこかしらからも日中なのに酒を楽しそうに飲んでいる姿が見える。

 ハルカはそんな様子を見て「平和になってよかった」と、クズ息子らしくない優しい瞳を向けていた。


 そして、そんなハルカ達は現在昨日に引き続いて冒険者ギルドへとやって来ている───


「たのもー!」


 冒険者ギルドの扉を思い切り開け放ち、ハルカがズカズカと入っていく。

 それだけで、周囲の鋭い視線が一身に集められ、ハルカは妙な心地よさを覚えてしまった。


「そう、これだよこれ……はぁー、この屈強な野郎から与えられる厳しい瞳が極楽浄土ぉ」

「ハルカくんって、お尻を叩かれた方に嬉しさを感じる特殊な性癖でもお持ちなの?」

「坊ちゃんは少々変わっておられますので」


 確かに、ハルカが思っているような意味合いとは違うものの、今日も「クソ、美人が増えやがってあのガキ……ッ!」な妬み嫉みの視線を浴びて心地よさを覚えるのは、少々変わっているかもしれない。

 とはいえ、今日の視線はいつもよりどこか違うようで―――


『美人が一人増えているのはいただけねぇが……一匹はあいつが赤龍を倒してくれたみたいだな』

『しかも、俺達がこうして酒を飲んでいる分も赤龍の討伐報酬から捻出してくれたみたいだぜ』

『クソッ……顔もよくて性格もいいとか、羨ましいぜ』

『っていうか、なんで王女様が『幼き英雄』と一緒にいるんだ?』

『どうせ、ハルカ様がいつものように助けたんだろ。とりあえず、我が次期領主様に乾杯!』


 ジョッキを合わせる音と、そんな声が耳に届く。

 しかし、耳に届いたのはアリスとエルザだけ。ハルカは嫉妬の眼差しに心地よさを覚えたまま天井を仰いでいるだけであった。


「噂では聞いてたけど、ほんとにハルカくんの正体って筒抜けなんだねぇ。よく今まで膝を着いてしまう情報がハルカくんの耳に入らなかったもんだよ」

「これも街の人間のチームワークの賜物ですね。いくら風貌が悪くても、可愛い子供の笑顔を守ろうとしてくれるところは高評価です」

「っていうか、なんかハルカくんが一匹倒したって情報が出回ってね?」

「無論、坊ちゃんの雄姿と魅力を伝えるのもメイドの責務です」


 正体が広まっている原因はこいつにもあるんじゃねぇかな? と、アリスは飄々とするエルザにジト目を向けた。


「そういえば、先程の話の続きですが」

「あー、私が命を狙われてるって話?」

「そうです、王女が命を狙われやすいポジションにいるのは分かり切っておりますが、……何か、ご事情でも?」


 王女は各種方面から狙われやすい人間だ。

 これは王女に限った話ではなく王族貴族であれば誰もが該当するのだが、それが分かっているからこそ、あまり自分が「狙われているんだ!」などと公言することはない。

 しかし、アリスは二人を前にして言い放った。

 つまり、狙われやすいのではなく現在進行形で狙われていると……確証があるのだと言っているのだ。


「最近、国王が次期国王を決めようとしているって話は知ってる?」

「えぇ、一応は」

「表立って勢力が強くて候補として筆頭しているのが第一王子、そんで次が第二王子。私は国王なんて興味ないから早々に放棄して第一王子派閥に属してる」


 そそくさと受付のカウンターに向かったハルカの背中を見送りながら、エルザは口を開く。


「第一王子派閥の勢力を減らすために第二王子がアリス様を狙っている……と、安直な考えは不正解ですか?」

「いぐざくとりー……正解は単純なんだけど、ことは単純じゃないから厄介なんだよね」

「……確証はあるのでしょう?」

「でも、。だから、私は命が狙われ続けている間に証拠を探さなきゃいけない」


 事件でも、明確な証拠がなければ相手を犯人だと断言できない。

 いくら動機があっても、繋がりや物的証拠がなければ立証することなど不可能で、諸々の解決にはならない。

 こいつがやったんだろうなー、ではダメなのだ。

 自らの平和を取り戻すためには、命を狙われ続けて囮という役割をこなしつつ、証拠を手に入れなければならない。


「だから、公爵領に泊めてもらうことにしたんだ。私が知る中であの屋敷が最も安全で最もが住んでいるから」


 信頼できる人、というのは言わなくてもいいだろう。

 エルザにも、その人間に心当たりがあり……同じように最も信頼しているから。

 部下に証拠を探させている間に、己は身を守ればいい。時間は稼げるし、囮としての役割を果たしつつ命を捨てずに済む。


「……ハルカくんには申し訳ないことをしていると思うけどね」


 あとでちゃんと話すよ、と。アリスは申し訳なさそうな顔をしながらこちらに背中を向けている遠くのハルカへ視線を送る。

 その時、ふとエルザがアリスの頭に手を置いた。


「まぁ、問題ないでしょう」

「……何が?」

「坊ちゃんは困っている人がいれば否が応でも手を差し伸べます―――それが、己の憧れた『影の英雄』だと信じていますから」


 無論、それだけではない。

 クズ息子には相応しくない根っからの善人。他人を気遣え、見捨てられず、泣いている人間を放っておけない……ある意味、物語に出てくる『影の英雄』に相応しい資質を持っているのだ。

 たとえアリスが申し訳なさそうに事情を話したとしても「帰れ」などは言わないだろう。

 それどころか、初めの態度から一変して「ここにいればいい」と強い言葉で言ってくれるはずだ。そう、エルザは確信が持てる。

 そんな話を聞いて、アリスは―――


「……ほんと、かっこいいなぁ」


 頬を染めながら、少し離れた場所にいるハルカへ熱っぽい視線を送るのであった。


「坊ちゃんは可愛い枠でもありますよ」

「ふふっ、違いないね」


 先程の申し訳なさそうな顔はどこに行ったのか、アリスはエルザと一緒に晴れ晴れとした表情を見せながらハルカの下へと向かった。

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