泊めて欲しい
―――しばらく泊めてほしい。
そんな発言を、突然屋敷にやって来たアリスからいただいてしまった。
もちろん、ハルカは首を横に振りたい所存。一緒に住んでしまえば己が『幼き英雄』だとバレてしまう恐れがあるから。
憧れている『影の英雄』になるためには、裏で人助けをしているとは悟られてはいけない。
エルザとは過去にした約束があるから彼女は別なのだが、ハルカ的には他に例外は出したくない。もう露見していることはさて置いておいて。
しかし、どうやらアリスは事前にハルカの父である現公爵家当主に許可はもらっていたらしく、すでに「ほしい」と言う割にはガッツリを退路を断っていた。
そして、居座ることが確定して涙を流したかったハルカは現在、またしても街の中を歩いていた―――
「へぇ~、今から冒険者ギルドに行くんだ」
肩元からそんな声が聞こえてくる。
耳元に届く優しい息が届き、腕に伝わる柔らかさと鼻腔を擽る甘い香りがハルカの顔を赤くさせた。
「それって、赤龍を倒した報酬もらうため?」
「あーうん、そうなんだけど……なんでさっきから抱き着いているわけ? すっごい歩き難いし動き難いしのバーゲンセール状態なうです」
「ふっふっふー……こういうのお好きでしょ、ハルカくん?」
「いや、別に好きってわけじゃ―――」
「なわけないでしょう」
ハルカが言いかけた時、二人の間にエルザの手が入り込む。
そして、アリスの肩を思い切り掴んでそのまま引き剥がした。
「……なーにするのかな、メイドちゃん」
「坊ちゃんは腕に抱き着くよりも、背後から抱き締めて頭を撫で撫でしてあげる方がお好きなのです。間違った知識で胸を張るなど、阿呆が露見して滑稽ですよ?」
「待って、別に僕はその行為に好意を持っているわけじゃないんだけど」
「あっはっはっはー……フランクに接してほしい派の私だけどさー、流石にフランクが過ぎないかな、私はこれでも王女だぜ?」
ハルカの主張などむなしく、横でエルザとアリスが火花を散らし始める。
基本的心優しい性格のハルカは『どうせなら仲良くなってほしい派』の人間なのだが、何やら思っているのとは違う光景だ。喧嘩するほど仲がいいというポジティブ思考でいれば、この景色も綺麗に見えるのだろうか?
「ふふっ、王女であれば誰でもひれ伏すと思っていれば大間違いです。こと坊ちゃんに関することであれば、私の勝利は揺るぎません」
「ふーん……ここで、腕っ節で勝負するんだ。確かに君は元SSランクの冒険者だけどさ、それは自ら有利な土俵に逃げているって表明しているもんじゃ―――」
「いいえ、違いますよ」
何を言っているんだと、アリスは首を傾げる。
エルザはそんなアリスへトントンと、己の胸へ指を差した。
「…………」
そして、アリスは己の胸へと視線を落と―――
「こんっっっの、クソ○○○(⟵自主規制)がァァァァァァァァァァァァァァッァァァァァァァァァァッッッ!!!」
「待って、アリス! 王女として以前に女の子としてアウトな発言は流石に控えるんだッッッ!!!」
堪忍袋の緒が切れたアリスがエルザへと掴みかかろうとし、ハルカは慌てて腰にしがみついて制止する。
まぁ、確かにアリスは程よく実っているとはいえ、エルザの豊満よりは慎ましい。
別に大きい方がいいと決まっているわけではないが、それはあくまで男の世界の話。
女性にとっては、胸の大きさで人間の優劣が決まるのだッッッ!!!
「小振りでもロマンがあっていいじゃない! 僕は別に大きくても大きくなくても好きだよ!」
「という気休めのフォローです」
「〇▽×※〇>%#□ッッッ!!!」
「本当にエルザはアリスになんの恨みがあるの!?」
あの赤龍ですらパンチで沈めるほどのハルカが、食い止めるだけで精いっぱい。
必死で往来の中喧嘩をしないようにしているハルカを他所に、エルザはそっぽを向いた。
「(だってこの女、絶対に坊ちゃんに惚れてますもん……)」
もちろん、激昂して何を言っているか分からなくなっているアリスの傍でそんな小声を言っても聞こえるわけもなく。
エルザは唇を尖らせながら、最後に「ばかっ」と口にするのであった。
♦♦♦
「いやー、ごめんねハルカくん。お姉ちゃん、みっともないところ見せちゃって」
それから本当にしばらくして。
申し訳なさそうに、アリスが歩きながらハルカの頭を撫でた。
「(早速、私のアドバイスを実行してますね)」
「(もうエルザ、しゃらっぷ)」
これ以上美少女が王女と女の子の威厳を損ねないよう、なすがままにさせているハルカがアイコンタクトでメイドを叱る。
元より、胸が大きいマウントを取らなければこのようなことにならなかったのだ。
これでは、クズ息子としての威厳がただのお子ちゃまボーイに掻き消されてしまう。元よりないのだが。
「そういえば聞いてなかったんだけど、どうしてアリスは僕の屋敷に住むことになったの? 物見遊山?」
「この領地に気軽に足を伸ばせる癒しスポットなどありましたでしょうか?」
「うん、ごめん。多分ない」
自分で口にしておいて寂しい街だなーと、ハルカは活気溢れるこの場所を見渡して思った。
「……それはちゃんと言っておかないといけないね」
アリスはハルカの頭から手を離して歩き出す。
「元々、赤龍の調査でここに来てたんだけどさ、どこかの誰かさんが倒してくれたおかげで予定が空いちゃったんだよ」
「えるざすごいねー!」
「坊ちゃん、棒読みが酷いです」
「だから観光っていうのもあるんだけど、実はさ―――」
アリスはグッとハルカへ近づける。
端麗な顔立ちが眼前に迫って胸が一瞬だけ高鳴るが、それよりも「覚えてる?」といった投げかけるような瞳が少し不思議であった。
それでも、アリスは言葉を続ける。
「私、今命を狙われてるの」
続けた言葉は、なんとも重たいものであった。
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