第一王女

 さて、ここでもう一度改めて言っておくが、ハルカはアリスが来た目的を知らない。

 確かに昨日会ったのは会ったが、それも念のために変装しておいた『幼き英雄』状態だった。

 このクズ息子としてのハルカとはそもそも面識がなく、特段訪れるようなイベントも予定も組み込まれてはいなかった。


 本当に疑問、不思議。

 それでも、今目の前にいるのは───


「突然押しかけてごめんね、ハルカくん♪」


 公爵家の屋敷の中にある客間の一つ。

 そこで艶やかな銀髪が印象的な少女───アリスは、可愛らしいウインクを見せていた。

 なんともクズ息子に相応しくない態度。侮蔑や軽蔑の視線を浴びないことに、ハルカは思わず頬を引き攣らせる。


 だが、ここでめげない折れないハルカくん。

 第一王女を相手に、悪役ムーブに徹するために……足を組んで言い放った!


「ふんっ! なら帰ってくれないかな!」

「やばっ、頑張って不遜な態度をしようとしてる生ハルカくん超可愛いくない!? 私の魔術で『監視』しちゃってもいいかな!?」


 ハルカ、めげそう。


「(えるざぁ……なんかこの人おかしいぃ)」


 ハルカは悪役ムーブが通じない女の子を見て、涙目を浮かべながら後ろで控えるエルザへアイコンタクトを向ける。

 そして、潤んだ瞳を受けたエルザは相槌をしっかりと打ってカメラを片手に───


「(えぇ、まったく……坊ちゃんの不遜っぷりを見てもあのような態度とは、不思議なものです)(パシャ)」

「(待って、なんでカメラ持ってるの撮ったの?)」


 せっかくの涙目も、メイドの意味不明な行動への疑問によって引っ込んでしまう。


「坊ちゃんの可愛いお姿を記念に、と」

「言っとくけど、君もあっちとほぼ同じ反応だからね!?」


 よく分からない反応をする人間がもう一人増えてしまった。

 そのため、せっかく悪役ムーブをしていたハルカは「うーん」と腕を組んで可愛らしく頭を悩ませてしまう。


「(ふむ、おかしい……後ろの残念美人はともかく、王女様が何故あんな反応なのか皆目見当もつかない。もしかしたら、王女様はヒモを製造したい特殊な性癖をお持ちなのかな?)」


 王女相手になんてことを……と、もし小言が誰かに聞こえていたら怒られていたことだろう。

 しかし、この場にハルカの小言を聞いている者はおらず、アリスが胸に手を当てて話を切り替えた。


「ごほんっ! 、ジーレイン王国第一王女───アリス・ジーレインです」

「(ガッツリ二回目以上ではありませんか)」

「エルザ、何か言った?」

「いいえ、なんでもございません」


 何か言ったような気がしたが、本人が否定したので気にしないようにするハルカ。

 それよりも、二回目とはいえ名乗られてしまったのでこちらも名乗らねば。

 ただし、通じているかどうかも分からない悪役ムーブは忘れずに。


「僕の名前はハルカ・アスラーンだ!」

「ふふっ、よろしくね」


 どこか「背伸びをする子を見守る姉」のような構図に見えなくもないが、エルザはツッコまない。

 こういう時は、ボールを投げられない限り壁の花に徹するのがメイドの役割だからだ。


「しっかし、本当にあの『剣姫』がメイドしてるんだねぇ〜」


 アリスはハルカの傍に控えるエルザを見て口にする。

『剣姫』というのは、エルザの冒険者時代につけられた異名だ。

 剣を振るう姿と、凛とした態度、絶世の容姿からそう呼ばれているらしい。


「二年前より坊ちゃんに仕えております」

「あのSSランク冒険者がメイド、かぁ……お国としてはもったいない気がするんだけど、そこんところハルカくんはどう思われますか、あんさー?」

「え? 別にほしいならあげてもいいですけど───」


 スパァァァァンッッッ!!!


「あ、あのさ……大丈夫?」

「……ごめんなさい、エルザは僕だけのメイドなんです」

「いや、それは冗談だったんだけど……首の角度、えぐいことになってるよ?」


 何故だろう、後頭部と首関節がかなり痛い。

 そして、後ろでスリッパを片手にフルスイングが終わったあとのようなモーションをしているエルザの目がかなり怖い。


「だ、大丈夫なんでお話続けてもいいですか……?」

「お、おう……ハルカくんが言うなら私は構わないよ」


 これが二人のスキンシップなのかと、初見のアリスは固唾を呑んだ。

 しかし、それはそれで羨ましい……そんなことを思ってしまったからか、アリスは急にからかうような笑みをハルカへと向けた。


「口調」

「はい?」

調


 しまったと、ハルカは慌てて口を押さえる。

 それが面白かったのか、アリスは楽しそうに笑った。

 その年相応で可愛らしい顔に、思わずハルカはドキッとしてしまう。


「別に無理しなくてもいいよー! 敬語なんていらないし気にしないし! むしろ、気軽に話してくれた方が嬉しいかなー? 私も、もう崩しちゃってるしねー」


 いや、気を使っているわけではなく単にクズ息子だと思われたいのだが、それを正直に言えるわけもない。

 一瞬どうしようか悩んだ結果、ハルカは小さくため息を吐いた。

 どうせこのまま続けても、悪い印象は中々与えられそうにもない。早く帰ってもらうためにも、相手の要求を呑んだ方がよさそうである。


「はぁ……これでいい?」

「きゃー! ため息ついてるハルカくん可愛いー!」


 何故か涙が出てきそうになったハルカであった。


「それで、アリス様……一つお伺いしたいことがあるのですが」


 その時、傍で控えていたエルザが初めて自分から手を挙げる。


「なにかな?」

「先程からアリス様の護衛の騎士が見受けられないのですが……もしかして職務放棄でしょうか?」


 会議中であろうとも、団欒の最中であろうとも、家督の高い貴族は必ず護衛を傍に控えさせる。

 ハルカは己自身が護衛など必要ならないぐらいに強く、騎士よりも腕っ節に長けているエルザがいるために不要なのだが、アリスに至っては誰も控えていない。

 同じ護衛という立場にいる人間だからか、壁の花に徹するはずのエルザは思わず疑問を口にしてしまった。


「あー、今うちの人達は!」

「……はい?」

「えーっとね、つまり───」


 そして、アリスはそんな疑問を解消させるために、少しだけイタズラめいた笑みを見せるのであった。



「少しの間だけ、ここに住まわせてくれないかな?」

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