会いたくない
さて、なんでか第一王女様がうちの屋敷にやって来たらしい。
今まで一度もお会いしたことがなかったのに、一体なんの御用なのだろうか? いくら公爵家のご子息だったとしても一度も社交界に顔を出していなければ接点は生まれないはずなのに───というのが、ハルカの考え。
一方で、エルザは「どうせどこかで顔を合わせてしまったのでしょう」などと肩を竦めてしまうお考えのようだ。
その証拠に、話を持ってきたエルザは現在進行形でやれやれ状態である。
「そ、そういえば、昨日の赤龍の件で冒険者ギルドに呼び出されてたよね……?」
「はい、私がですけど」
「あっ、今からちょっくら人助けをしに行かないと───」
「ただいま洗濯をしておりまして、替えがございません」
「…………」
「…………」
二人の間に静寂が流れる。
そして───
「どうして僕を逃がしてくれないの!?」
「逆にどうして逃げたがるのですか」
退路を塞ぎにくるメイド。
相手は一国の王女で、公爵家のただの息子がわざわざ来訪してもらっているのに理由もなく会わないなど言語道断。
しかしながら、理由を作ろうとしても美しい女の子が先程から逃げ道を塞いでくる。
これがなんとも、ハルカの涙腺を刺激した。
「いいかい、エルザ……今の状況は、端的に言うと『何も接点がなく友好関係も築いていない権力者がわざわざ足を運んでいる』っていう不気味で恐ろしい構図なんだよ」
接点ならすでに二度作っているのだが、気づかれていないと思っているハルカはそのことを知らない。
そして「きっと助けたりしたんだろうなぁー」と思っているエルザは適当に聞き流しているだけであった。
「怖くない!? 普通に怖くない!? クズ息子っていう噂は色んなところに広がってるのに、わざわざナンパされに男の家に転がり込んでるんだよ!? もうこれってお説教手前のシチュエーションだと思うんだけど!」
「でしたら、ぶん殴って外に捨てればよろしいかと」
「発想が猟奇的!?」
女の子かつ権力者を平気で殴れる精神は、まだ十三歳のボーイには早かったようだ。
「そこまで仰るのであれば、正当な理由をでっちあげた上で言い放ってしまえばいいのです」
「さっきからエルザにその理由を潰されてるんだけど……一応聞こうじゃないか」
「メイドと一緒にベッドの上でハッスルしているから出直してほしい、と」
「おーけー、分かった大人しく会おう!」
流石にこの理由は作り出し難い。
そう思ったハルカは頬を膨らませるエルザを無視してそそくさと椅子から立ち上がった。
「むぅ……つれないですね、坊ちゃんも」
「……逆に君とのハッスルに首を縦に振る方が珍しいよ」
「そうでしょうか?」
部屋を出て行こうとするハルカの横で、エルザはそっと胸元のボタンを外す。
「こう見えても、殿方にとってはかなり魅力的な体だと自負しているのですが」
「は、はしたないっ! 今から廊下に出ようとしているのに、なんでわざわざ自分から肌を露出させるの!?」
ハルカは赤くなった顔を逸らして両手で覆う。
しかし、指の隙間からチラチラとエルザの谷間を見ている限り、だいぶ年頃の男の子である。
「そこまで言うのであれば、坊ちゃんがボタンを閉めてください」
「何故に僕!?」
「でないと、使用人達どころか王女様の前でも私の胸が見られてしまうことになります」
「なんて脅しをするんだこの子は……ッ!」
エルザは本当に美しい女性だ。
きっと、男共が今の姿を見れば下卑た視線を向けるに違いない。屋敷には執事や他の使用人もおり、アリスの下には護衛の騎士達もいることだろう。
自らからかうために外しているとはいえ、このままではエルザがそんな男達の視線を受ける羽目になる。
エルザのことをよく想っているハルカ的には、流石に彼女が傷つくような行為は性格的に許せない。
ハルカの優しさに漬け込んだ、的確な脅迫である。
「わ、分かったよ……」
ハルカは恐る恐る手を伸ばし、胸元のボタンを触る。
そーっと、極力胸は触らないよう───
「あっ♡」
「…………」
思春期ボーイメーターが一気に上がった。
「坊ちゃん……擽ったい、です……んっ♡」
「なんでそんな声を出すかなぁ……ッ!」
このまま続けば、眼前にある刺激的な女性の柔肌と色っぽい声でメーターがマックスに……思春期ボーイのナニが元気になってしまう。だから早く閉めないとッッッ!!!
「こ、これでいい?」
震える手と色っぽい声に格闘すること数秒。
ようやくボタンを閉め終えたハルカは、すぐに離れてエルザの顔を見る。
「そう、ですね……」
「露骨にガッカリするなッ!」
明らかに残念そうなエルザは通常運転。
アリスに会いに行く前から、何故かハルカは疲労感がいっぱいであった。
「はぁ……さっさと会いに行ってさっさと終わらせようよ。家庭訪問って保護者側も生徒側も嫌な行事であることは間違いないし」
「ですが、訪問された内容は分からないのですよね? 身に覚えがない家庭訪問だと、頬を引き攣らせたままソファーに座り続けるだけになってしまうと思いますが」
「うん、だから適当にいつもの感じで悪役ムーブに徹するよ。クズ息子として話していたら、肩を落としてすぐに帰ってくれるもんね」
今までがそうだったし、と。扉を開けて廊下に出るハルカ。
その後ろで、エルザは少しだけ首を傾げた。
(本当にそれで終わればよろしいのですが……)
自分のためにも、と。
エルザはそのままハルカの横に並んで歩いていった。
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