倒したその後

「さて、エルザの方は無事に終わったかな?」


 森……と表現するには無惨に荒れ果ててしまった場所で、ハルカは額に浮かんだ汗を拭う。

 薙ぎ倒された木々はところどころが燃えており、隕石でも落ちてきたかのようなクレーターがあちらこちらに見える。

 そして、その中心には目から光を失っている赤龍の姿が。

 あれだけ威圧を放っていたというのに、今ではすっかりただのオブジェだ。


「一発殴っただけで洞窟からすぐ逃げ出したおかげで、ここがどこかが分かんないんだけど……待ってれば都合のいい送迎馬車とかやって来ないかな?」


 公爵領の外れということもあって、この一帯の森はかなり広い。

 当初ははぐれても「戦闘音を聞けば合流できるか!」などと考えていたのだが、耳を澄ませど小鳥の囀りと草木が燃える音しか聞こえてこなかった。このままでは合流できずに完全に迷子である。


「んー、『我儘』を使って合流したいのは山々なんだけど……戦闘中だった場合、迷惑になる可能性もあるし……」


 いきなり現れたことでエルザの気が逸れ、赤龍の攻撃でも食らってしまえば迷惑にしかならないだろう。

 ハルカの魔術は便利なのは便利なのだが、邪魔にならない場所に移動する―――といった細かな調整は難しい。

 故に、歩け歩けでエルザと合流しなければならない。とはいえ、いかんせんメイドの場所どころか己が今どこにいるのかも分かっていないため、一生懸命捜している頃にはお空が茜色に染まってしまうだろう。

 このまま迷子にでもなろうものなら「ふふっ、坊ちゃん迷子なんて……お可愛いことですね」などと子供扱いされるのは必須。

『幼き英雄』、絶賛ちょっとしたピンチである。


「……とりあえず、戦利品だけ拝借してこの場から離れるか」


 しっかりと倒したと報告するためには、ギルドへ魔獣の部位の一部を提出しなければならない。

 本来であれば魔獣の死体ごとお持ち帰りをして素材を換金するのだが、今回は素材が巨大すぎる。いくらなんでも、魔術なしの十三歳には持ち運びが不可能あった。

 なので、今回は鱗を数枚ほどだけいただくことにする。ナイフを取り出したハルカはそのまま赤龍へと―――


「ね、ねぇ!」


 と、その時。

 ふとハルカの背後からいきなり声が聞こえてくる。

 大きいマントを翻し、そのまま背後を振り向くと……そこには何人もの騎士と、艶やかな銀髪を靡かせる美しい少女が草木を掻き分けてやって来る姿があった。

 人気ひとけがなかったはずなのにどうしてここに人がいるのか? 想定外に、ハルカの心臓が一瞬だけ跳ね上がる。


(だ、大丈夫……赤龍の死体があるとはいえ、今の僕はちゃんと『幼き英雄』になってる。中身がクズな美少年だってバレる心配はない!)


 マントがまったく大丈夫ではないのだが、もちろんハルカが気づくことはない。

 そのため、可愛い十三歳の少年は身バレの心配などせずに堂々と少女へと向き直った。


「どうかしたの?」

「それ……もしかして死んでる?」


 それ、というのは赤龍のことだろう。

 どこからどう見ても死んでいるようにしか見えないはずなのだが、少女はわざわざ確認したいらしい。

 どうしてわざわざ尋ねるのか不思議に思ったものの、ハルカは素直に答えることにした。


「死んでるけど、触って確かめてみる?」

「う、ううんっ! 別に大丈夫! 念のためってだけだったから!」

「そう?」


 少女は慌てて首を横に振るのだが、心なしかどこか顔が赤い気がする。

 それがなおさらにも、ハルカの首を傾げるのであった。


「あの、アリス様」


 その時、少女の一番近くにいた騎士がこっそりと耳打ちを始める。

 そして———


「もしかして、彼は噂の公爵家のg」

「ふんッッッ!!!」

「ぐほっ!?」


 ―――容赦のない肘打ちが鳩尾に入った。


「(好奇心から生まれた質問を投げるんだったら他所でやれよ他所で。『幼き英雄』様のタブーぐらい聞いたことがあるはずだよね……ねぇ?)」


 悶絶する騎士の様態などお構いなし。

 アリスと呼ばれる少女は目からもの凄いオーラを醸し出しながら、倒れる騎士を見下ろした。

 もちろん、離れた場所の小言などハルカが聞き取れるわけもなく。更にもう一度首を傾げるだけであった。というより、拳がめり込んで凹んいる甲冑の方が気になって耳が傾けられない。


「あのー……もしかして、この赤龍の素材がほしいの?」


 色々とよく分からないが、わざわざ声をかけてきたということは素材がほしいのかもしれない。

 赤龍は討伐難易度と頑丈で希少なため、かなりの高値で取引がされることが多い。

 そのため、冒険者であれば誰しもが落ちていたら嬉々として宝箱感覚で拾っていく代物だ。

 見た目が冒険者ではないのだろうと分かってはいるが、誰しもお金はほしいはず。きっと、彼女達もそういった人間なのだろう。

 ハルカはお金に困っていないのでぶっちゃけ討伐の証である鱗をいくつかもらえればいい。差し上げる分には、なんの問題もなかった。


「いや、私達は命で最近騒がせている赤龍の調査にやって来ただけだから!」

「だったらもう一体ももう少ししたら倒されると思うから―――」

「それよりっ!」

「それより」


 調査をしに来たはずなのに、少女的には赤龍はどうでもいい話らしい。


「私、アリス・ジーレインと申しますっ!」


 ズカズカと少女———アリスがハルカへと近づいて来る。

 どうしていきなり近寄ってきたのかよく分からないが、それよりもハルカは目の前の少女の名前に驚いた。

 知らない人間はこの国にいない───アリス・ジーレインという、この国の王女の名前を。


(お、おっと……なんというクジ運)


 ハルカは今まで社交界には顔を出したことがない。

 というのも、「クズ息子であれば社交界なんて面倒くさい場所は行かないよね!」などと思っており、律儀にそれを守り続けてきたからだ。

 故に、ハルカは第一王女の顔どころかほとんどの貴族の顔を知ってはいなかった。

 まさか、第一王女様がこんなに可愛い子なんて……というのが、今の心境である。


「以後お見知りおきを♪ お会いできてちょー嬉しいよっ!」

「あ、はい……ありがと……いや、よろしくお願い、します?」


 詰め寄ってきた端麗な顔立ちに戸惑いながらも、ハルカはとりあえず頷いておく。

 ハルカの言葉がよっぽど嬉しかったのか、アリスは花の咲くような笑みを浮かべると、そそくさと背中を向けて走り出した。


「今日はこの辺で! それじゃ、!」


 アリスが走っていくと、騎士も釣られるようにしてその姿を追いかけていく。

 一瞬にして騒がしくなったこの空間がまたしても静けさを取り戻し、取り残されたハルカは一人ポツンとその場へ立っていた。


「な、なんだったんだろ……?」


 何か起こるのかと思えば自己紹介だけで終わって。

 なんだかよく分からなかった現状に、ハルカは未だに整理ができなかった。


「……まぁ、いっか。いくら僕が公爵家の人間だからってクズな男には美少女なんて寄り付かないって相場が決まってるし」


 さっさと素材を回収してエルザと合流しよう。

 そう思い、ハルカは取り出していたナイフを持って赤龍へと近づくのであった。



 ♦♦♦



 なんだかんだ、五時間ほど捜し回って無事エルザと合流。

 しっかりとエルザと共に倒した赤龍の素材をギルドに渡し、感謝と謝礼をいただき、ちゃんと迷子扱い子供扱いされたその翌日———


「坊ちゃん、どうやら現在、第一王女様が屋敷へお見えになっているそうです」

「何故!?」


 ───クズな男には美少女は寄り付かない。

 そんな相場が崩れてしまった。

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