調査

「アリス様、危ないですよ!」


 公爵領の外れにある森の中で、一人の騎士が少女の肩を掴む。

 しかし、少女は銀の髪を揺らしながら騎士に向かって可愛らしく頬を膨らませた。


「むぅ……お父様の命令でわざわざ足を運んだ私に対して扱い酷くない? 労いの精神を持たないと、生涯独身コースだよ?」

「ですが、崖の上で顔を覗かせるなど危ないです! 落ちてしまえば我々ではどうすることも……御身は一国の王女なのですから、もう少し身の危険に機敏になっていただかないと───」

「だって、仕方ないじゃん。高い場所の方が


 それに、と。少女は何か嫌なことを思い出したかのように顔を顰める。


「……身の危険は、もう充分機敏にさせられたよ」

「…………」


 少女の言葉に、横にいた騎士も後ろに控えている騎士も何も言えない。

 ジーレイン王国第一王女───アリス・ジーレイン。この少女がつい先日味わった体験を、騎士皆は知っている。

 遠征でパーティーに参加していた帰りに、雇われた盗賊によって襲われた。

 幸いにしてによって助けられたものの、護衛をしていた騎士は全員が死亡。危うく、アリスさえも死亡者リストに名を連ねるところであった。

 もちろん、雇っていた依頼主諸々に解決はしたのだが、あれは騎士にとっても悲劇に他ならない。

 だからこそ、アリスが危ない目に二度と遭わないよう配慮しているのだが───


「お父様も人使い荒いよねー……私の魔術が適任だからってさ」


 魔術とは、才能を元にして作られるものだ。

 己の体にある魔力を術式に落とし込み、世の事象に干渉する。

 ただ、なんでもかんでも術式に魔力を落とせば使用できるわけではない。

 得意不得意がどうしてもあるように、魔力を落とし込める術式は限られてしまい……必然的に、己が使用する魔術を己で編み出していくしかないのだ。

 そこで、才能というワードが改めて出てくる。

 得意不得意がどうしてもあるのなら、得意なもので魔術を作っていくしかない。

 故に、己が得意とされる───才能あるジャンルに、魔術師は魔術を寄せていく。

 そのため、昨今では『魔術=才能』と呼ばれるようになった。


「まぁ、私の魔術が『監視』だから、調査っていう意味では適材適所っていうのは分かってるよ。だからこそ、一回赤龍を見つけないといけない……でも、このあと戦闘しようなんて考えてないから安心して! 戦闘向きじゃないし、そっち方面は他に任せる!」

「……今現在、各冒険者ギルドへ依頼を出しているそうです」

「騎士団と魔術師団は引っ張ってこないの?」

「赤龍に対抗できる人材が別件で出張ってしまっているらしく……」

「ふーん……それまで監視して、対処できる時にすぐ動けるようにしようって話か」


 それでも女の子が森の中ってどうなの、と。アリスは崖の上から周囲を見渡す。

 その時、ふと頭上から大きな影が射し込んだ。


「ん?」


 アリスだけでなく、その場にいた騎士達も一緒になって足元に浮かび上がった影の方へ視線を向ける。

 すると、そこには───


「赤龍!?」


 この場一帯を覆ってしまうような巨大な体。大きすぎるが故の威圧感。辺りでも燃やしてしまうのかと思うほどの赤黒い鱗。

 Aランク以上の冒険者や実力のある騎士、魔術師が束にならないと勝てない相手。

 それが唐突に現れてしまったことで、アリス達は思わず驚愕してしまった。


(マ、マーキングしなきゃ……ッ!)


 目的は達成した。

 アリスの魔術は一度視界に入れて脳内で印をした物の動向を全て追えるというもの。

 故に、こうして視界に入って反射的に印をつけた時点でアリス達は回れ右して戻れる。

 しかし、圧倒的な脅威が遠目ではなく眼前に広がっている。ただひっそりと、姿だけ見て帰るつもりだったのにもかかわらず。


「アリス様! この場から離れましょう!」

「う、うんっ!」


 騎士に促され、アリスは急いで立ち上がって身を翻した。

 その時───



『いきなり逃げんじゃねぇよ、クソ木偶の坊がァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!』


 ズンッッッ!!! と。

 


「はぁ!?」


 アリスは巨大な体躯が落下したことに思わず驚いてしまう。

 あれだけ大きく威圧を放っていた魔獣が、まるで上から叩きつけられたかのように落ちてくるなんて。

 崖の下の森一帯がひしゃげているなど、激しい衝撃が崖の上まで届いているなど、もはや気にできなかった。

 ただ、目の前の脅威がいきなりいなくなった事実と、姿があまりにも信じられなくて───


『や、やっべ……これでエルザがスマートに倒してたら、僕が玩具の扱いを間違えた子供認定されちゃう』


 その少年はこちらに気づいている様子もない。

 先に落ちた赤龍に視線を向け、緊張を感じさせない雰囲気を見せながら落下していった。

 あまりに驚きの連続が続いたことにより、騎士達は皆あんぐりを開けたまま固まってしまっている。

 しかし、アリスは───


「『幼き英雄』くん……」


 また会っちゃったね、と。

 ほんのりと頬を染めながら小さく呟くのであった。


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