冒険者ギルド

 冒険者ギルドは、その名の通り冒険者が集まるギルドだ。

 誰かが困り事を依頼し、冒険者が依頼を受けてこなす。こなしていけば依頼主報酬がもらえ、その貢献度によって冒険者の格付けがされる。

 現在、冒険者ギルドに登録されているランクはE~SS。上にいけばいくほど報酬は優遇され、受けられる依頼の幅も広がってくる。

 今では、腕っぷしに自信のある人間が真っ先に選ぶ場所とされ、近年かなり有名になってきた職業だ。


 そんな冒険者ギルドは、各街に一つは必ず構えており―――


「たっのも~!」


 公爵領にある冒険者ギルドの一つに、そんな声が響き渡る。

 近所迷惑など考えない楽し気な声はゆっくりとギルドの中へ入っていき、中にいるイカつい人間の視線が注がれる。

 それは腕っぷしに自信がある人間が多い故か、鋭くも怒気を孕んだ視線。

 ハルカはその視線を受けて何故か少しだけテンションが上がってしまう。


「(これだよこれ! こう「クズ息子がこんなところになんの用だ?」的な視線がほしかったんだよ! うん、これぞクズ息子らしい評価!)」

「そうですか」


 テンションが上がるハルカを他所に、エルザは視線を冒険者達に向ける。


『クソ……俺らの美姫を独り占めしやがって』

『この人数で突貫すれば、わんちゃん『幼き英雄』を倒せるかも……』

『チィッ! 幸福者アピールかよ……マウント野郎は死ねばいいのに』


 どこかからか、そんな声が聞こえてきた。

 妙に満足しているハルカは耳に届いていない様子だが、一方のエルザは涼し気な顔。


(坊ちゃんが思っているような視線ではありませんが……)


 エルザが片手を持ち上げると、

 それを地面に突き刺し、エルザは周囲の冒険者達に視線を向けた。


(どちらにせよ、坊ちゃんに対していい瞳ではございませんね)


 実際に向けられているものが思っているものとは限らない。

 それを体現しているかのような視線にエルザは威嚇をし、周囲の冒険者達は一斉に怯えて視線を逸らす。

 どうしていきなり剣を取り出したんだろ? と、そもそもの意図に気づいていないハルカは奥にある受付へと歩いていった。

 受付には、受付嬢と呼ばれる女性が三人ほど座っており、ハルカ達はその内の一人に声をかける。


「すみませーん、依頼を見せてくれませんかー」

「はいっ、お待ちしておりました!」


 公爵家のクズ息子がやって来たというのに、気持ちのいい笑みを向ける受付嬢。

 普段なら「こんな僕にもちゃんと接待して……真面目だなぁ」と思っていただろうが、冒険者ギルド内では違う。

 何せ―――


SS!」


 最も上位である冒険者のランク。

 SSまで届いた人間は過去に数えられるほどの人数しかおらず、現在は大陸の中でたった四人程度。

 そのため、SSランクまで届いた冒険者は冒険者だけでなく貴族や王族にも注目される存在であり、各所でかなりの待遇を与えられるのだ。

 そして、エルザは元冒険者である。

 大陸最高峰の頂に若くして到達した人間であり、実のところハルカ以上に名前は広がっていた。

 しかし、それでも。二年前に突如として冒険者を辞め、公爵家のクズ息子に仕えることとなる。

 そのまま冒険者として働いた方が今よりいい人生が送れたのに、どうして辞めたのか? 当然思う疑問だ。

 もしもそんな質問を投げかけられれば、エルザはきっとこう答えるだろう―――ですので、当然ではないでしょうか、と。


「今思うけど、よくSSランクの冒険者がメイドしてるよね」

「ふふっ、お相手が坊ちゃんだからこそですよ」

「ちょっとイミフ」


 お淑やかな笑みを浮かべるエルザに、真顔でツッコミを入れるハルカであった。


「それで、お願いしたい依頼というのは?」

「こちらになります!」


 エルザに向かって、一枚の紙を見せる。

 そこに書かれてあったのが―――


「赤龍の討伐、ですか」

「はいっ! 何故か公爵領の外れに現れてしまいまして……それによって、赤龍から逃げた魔物が各地で被害を出しているんです。だから元凶を討伐したいのですが……赤龍は最低でもAランク以上の冒険者のパーティーでないと難しく……」


 本当に困っているのであろうと分かるぐらいに肩を落とす受付嬢。

 それを見て、ハルカはこっそりエルザの脇腹を突いた。


「(受けてあげようよ、困ってるみたいだし)」

「(お人好しここに極まれりですね。一応、Sランクの冒険者でも単独討伐は難しい赤龍なのですが)」

「(だから?)」


 耳打ちをしているハルカが、至極真面目な顔を見せる。

 本当に、だから。難しいからと言って、断る理由がどこにあるというのか? だって、こうしている間にも困っている人は出てきているというのに。

 心優しく、クズと呼ばれる少年は顔を離して真っ直ぐにエルザを見つめる。

 それを受け、エルザは思わず口元を綻ばせてしまった。


「失礼いたしました。坊ちゃんがそう仰るのであれば」


 エルザは頭を下げると、そのまま受付嬢に紙を戻す。


「でしたら、こちらの依頼をお受けいたします。元冒険者……ではありますが、手続き上は問題ございませんよね?」

「も、もちろんですっ!」


 ハルカがエルザを連れて冒険者ギルドへやって来たのは、元SSランク冒険者であれば依頼が受けられるからだ。

 冒険者ギルドへ登録もしておらず、ましてや無能と呼ばれるクズ息子であれば門前払いされて終わり。普段であればそのまま悪役らしく癇癪を起して評判を下げて回れ右しようと考えるのだが、冒険者ギルドだけは別。

 ここは、困っている人の情報と目的が唯一ハッキリと分かる場所。

 困っているから依頼をし、どんな風に困っているのか冒険者が確認する。

 これほど人助けに最適な場所はない―――故に、ハルカはエルザを連れているのだ。


「本当にありがとうございます、!」


 ぺこぺこと、受付嬢は頭を下げる。

 その姿に小さく手を振ると、ハルカ達は背中を向け始めた。


「信頼されてるね、エルザ。流石は元SSランクの冒険者だ」

「坊ちゃんがそう思うのであればそうなんでしょう……坊ちゃんの中では」

「待って、なんでそんな意味深な発言が返ってくるの?」


 徐々に遠ざかっていく二人の背中。

 それを見ていた受付嬢は───


(エルザさんもですけど……あの『幼き英雄』様が受けてくれるなら、たとえ赤龍でも大丈夫ですね!)


 と、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

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