公爵領の街
『ハルカ様! これできたての串焼きですぜ! 食べていってくだせぇ!』
『ハルカ様、こちら先日調合した薬なので、よろしければ皆さんで使ってください!』
『ハルカお兄ちゃん、こんにちわー!』
屋敷を出て冒険者ギルドまでの道のりを歩いていると、色々なところから声をかけられる。
公爵家の屋敷から一番近い街はこの国でも王都の次に賑わっており、市場は活気に満ち溢れていた。
そのため、ハルカ達が歩いていると色んな人とすれ違い、耳には心地のいい平和な喧騒が届いてくる。
「この街の人ってさ、結構優しいよね。こんなクズ息子にまで声をかけてくれるんだからさ」
モグモグと、可愛らしくいただいた串焼きを頬張りながらハルカは口にする。
その横では───
「…………」
「なに、その生温かい目は? 今の一言に微笑ましい要素なんてなかったよね!?」
メイド服を靡かせるエルザが、微笑ましそうにハルカを見つめていた。
この人気と慕われっぷりが単純に「街の人がいい人だから」で片付くわけがないだろうに……でも、気づいていないハルカ可愛い。きっと、今のエルザの心境はこのようなものだろう。
「しかし、最近は益々平和になりましたね、この街も。私が冒険者をしていた頃は、もう少し荒れていたのですが」
「フッ……それも僕のおかげだね」
「なるほど、そうでしたか……であれば、街の人間として是非とも坊ちゃんにはお礼を───」
「待って待って待って。なんで君は胸元を開けて僕を抱き締めようと両手を広げる!? 軽い冗談で言った発言へのお仕置きなの!?」
「いえ、坊ちゃんが喜ぶかと」
「そりゃ喜ぶよ、男だもん……でも、この往来で不埒な真似は流石にないんじゃないかな!?」
胸元を開けて谷間を露出&両手を広げて迫るエルザを、ハルカは片手で食い止める。
このままでは、公共の場でピンクな雰囲気を醸し出してしまうことに……ッ!
「いいえ、坊ちゃん……往来でこそやるべきなのです」
「何故!?」
「こんな場所でメイドに卑猥なことをさせるというイメージを見せつければ、坊ちゃんのクズ息子としての印象も更に上がります」
「……ハッ!」
言われてみれば、ハルカの今現在の悩みは『幼き英雄』の正体を隠すために必要なクズ息子というレッテル。
これらを隠すためには、ハルカがクズ息子だということを頑固たるものにしなければならない。
であれば、ここで美人なエルザに抱き締められ、「往来でも女の子を容赦なく剥く男」とイメージ付ければ、更にクズ息子として名は上がるだろう。
「流石だよ、エルザ……君という協力者がなんとも心強い!」
「いえいえ、これもメイドの勤めですので」
では早速、と。エルザはハルカに向かって両手を広げた。
ハルカはそのまま胸元に飛び込み、エルザの腰に手を回す。
ふくよかな感触が顔全体に襲いかかり、女性特有の甘い匂いが備考を擽る。加えて、さり気なく頭を撫でられていることによって妙な心地良さも覚え、かなりの多幸感が濁流のように胸に込み上げてきた。
(こ、これは……)
エルザは自他ともに認める美人さんだ。
絵画に描かれているような美姫を連想させ、どこかあどけなさの残る美しい顔立ちは目を引きつける。更に、同性でも羨望の眼差しを向けそうな抜群のプロポーションは非の打ち所がない。
そんな相手に抱き締められている現状……いつもからかわれたりしているが、ドキドキしないわけがなかった。
故に───
「坊ちゃん、凄くドキドキしていますね」
「ッ!?」
耳元で聞こえた声に、ハルカは反射で体を離してしまう。
指摘されたからか、顔は真っ赤に染っており……なんとも気恥しい空気が辺りを漂った。
「べ、別の方向でアピールしませんか……?」
「ふふっ、意気地無しですね」
「気恥ずかしさがヤバいんだよ……」
と言いつつも、実際にはエルザという女性にドキドキが止まらず離れてしまったわけなのだが、とりあえず当たり障りのない発言で誤魔化す。
ここで素直になってしまえば「え、坊ちゃんは一介のメイドにドキドキするんですか?」などと嘲笑されてしまうかもしれない……きっと、誤魔化したのはそんな男特有のそんな懸念からなのだろう。
とはいえ、別にエルザ的にはそんなこと思わないのだが。むしろバッチコイである。
「さっさと行こうか。今のでだいぶ注目集めちゃったし」
チラチラと、恥ずかしそうに周囲を確認するハルカ。
往来で男女が抱き合っていれば注目を集めるのは必然的だ。それが公爵家のクズ息子(※可愛い男の子)とメイド(※超絶美人)であればなおさらである。
「分かりました、近場の宿屋にご案内します」
「え、なんで一泊?」
「ご休憩ですよ?」
「おっと、流石の僕でも分かったよこの流れでのご休憩の意味ぐらいッ! そして敢えて言おう……なんでこの流れでその発言が出てくるのさ!?」
「先程の抱擁で、坊ちゃんのナニが元気になったと思い……」
「美人の口から聞きたくないワードが……ッ!」
とことん、このメイドはバッチコイのようであった。
「はぁ……君はそろそろ僕が狼さんだと認識してもらっていいかな? その上で獲物だっていう自覚も持って。エルザはただでさえ綺麗なんだからさ、そんなんだといつ他の男が襲ってくるか分からないよ?」
まぁ、エルザだったら男なんて倒しちゃうんだろうけどね、と。
ハルカはため息をつきながら、上品に笑うエルザを連れて街中を歩いていくのであった。
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