第6話 動かない人
生徒会室の窓の下には、花壇がありました。
夏に大きな百合の花が咲くように、球根を植えに来た業者の方が人の手のようなものを見つけ、すぐに掘り返したところ、土の中から百合花の遺体が現れました。
土にまみれ、体の一部が白骨化していた百合花の遺体の首筋と太ももの内側に小さな穴が二つずつ並んで開いていたそうです。
警察は注射器か何かでそこから血を抜いたのではないか————と、思っているようですが、私は知っています。
首筋のそれは、私の首筋にあるものと全く同じなのですから……
流星様は、「別の奴に見つかってしまった」と、言っていました。
流星様の他に、この校舎には吸血鬼がいるのだと、私は気づきました。
きっと、その別の吸血鬼が、流星様の姿をこの窓の外側から見ていた百合花に気づき、こんな姿にしてしまったのだと思います。
だって、生徒会室の窓の外側には、百合花の指紋がいくつも付いていたのですから。
きっと、埋められていた花壇の上に立って、生徒会室の中をこっそりとのぞいていたに違いありません。
思い返してみれば、百合花は流星様の横顔が今日も綺麗だったとか、後ろ姿まで美しかったとか……まるで、ステージ上のアイドルを見た観客のような感想ばかりを述べていたのです。
流星様は、何度も注意していたと言っていました。
おそらく、百合花は朝比奈先輩が言っていたように、流星様のストーカーのようなことをしていたのだと思います。
お葬式の時、百合花のご両親に話を聞いたのですが、百合花は徐々に朝帰りが増え、朝起きるのが億劫になり、朝から登校することが少なくなったそうです。
毎晩、一体どこで何をしているのか問いかけても、決して何も言わず、百合花は夜の校舎に来ていることは話していませんでした。
何度注意しても、百合花が夜遊びをやめないため、ご両親は困っていました。
それでも、朝には必ず家に帰って来ていたので、そこだけは救いだったそうです。
けれど、突然、家に帰ってこなくなって————
学校も警察も、ただの家でだろうと全く動いてはくれなかったそうですが、今回、校舎の花壇の中から百合花の遺体が見つかって、そこで初めて、捜査が始まりました。
もっと早く、真剣に探してくれていれば、動いてくれていれば、百合花がこんな場所に長い間埋められることもなかったはずなのに……と、ご両親は泣いていました。
私も、もっと早く、百合花の異変に気づいて、誰かにこのことを伝えていれば、こんなにも悲しいことは防げたのではないかと、後悔しています。
そして、同時に思うのです。
百合花が殺されたおかげで、私は流星様に出会うことができた————百合花のせいで、知ってはならない快楽を知ってしまった。
百合花のせいで、私は悪い子になってしまったのだと、百合花を恨みました。
百合花のせいで、私は身も心も、流星様に奪われてしまったのだと。
もう二度と、会いに行ってはいけない。
わかっています。
頭ではわかっているけれど、夜七時になると、無意識に校舎に向かっている自分がいるのです。
何度も、何度も、途中で思いとどまって、引き返しました。
百合花のお葬式の後も、私は、何度も流星様に会いたくて、夜の校舎へ向かいました。
校門の前まで行って、逃げるように引き返し、自分の部屋に閉じこもりました。
「流星様……流星様……」
何度も、何度も、あの日、味わった快感を思い出して、あの甘い香りを求めて熱る体を冷ますのに苦労しました。
夜に学校に行ってはいけない。
けれど、それなら、せめて……と、私は放課後、生徒会室に行くようになりました。
百合花の代わりに、会計補佐として生徒会に入ったのです。
そして、誰よりも早く生徒会室に入って一人、あの甘い香りのする白いコートを羽織りました。
流星様の香りがする。
鼻腔いっぱいに広がる、甘い香り……まるで流星様に抱きしめられているような、そんな気持ちになるのです。
たった一度きりのことだったのに、二度目はないことなのに、どうしても、求めてしまうのです。
私はコートを羽織ったまま、動けなくなりました。
後から入って来た生徒会の誰かに、声をかけられたような気はしていますが、誰だったのかわかりません。
気づいたら、そのまま、眠っていたようで……————
「ねぇ、起きてよ。君、どこのクラスの子?」
聞き覚えのない、男性の声に気がついて、顔を上げると目の前に流星様とはまた違った、白い肌の男性の顔がありました。
白い肌、瞳の色も赤色。
けれど、髪の色は白ではなく金色に近い茶髪。
流星様の絶対的な美しさとは違って、彼は少し童顔というか、流星様と比べると幼くて可愛らしい顔をしていました。
「……誰、ですか?」
「それは、こっちが先に聞いたんだけど……って、あ、君、その制服、陽光学園の子? ダメじゃないか、こんな時間まで学校にいちゃ」
「え……」
「ただの人間の子がいるなんて知られたら、食べられちゃうよ? 男はみんな、狼だからさぁ」
彼は私の肩からコートを奪い取ると、コートを元の場所に戻しました。
「それに、これは皇会長のものだよ? 勝手に他人のものを使うなんて、よくないよね? 悪い子には、お仕置きしないと」
そう言って、彼はニヤリと笑いました。
椅子に座っていた私のスカートの上に手を置いて、膝から脚の付け根に向かってゆっくりと動かしました。
「俺は、ここから吸うのが一番好きなんだよね」
その一言で、私は動けなくなりました。
百合花を殺したのは、この人だと……————恐怖が、私の体を支配したのです。
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