第5話 悪い人


「今日も、授業には出ないのですか? 生徒会長なのに……流星様こそ、悪い人なんですか?」

「うーん、そうだね。確かに僕は悪い人かもしれない。でも、君は僕に会いに来たんだろう? だったら、仕方がないよ。こんなに可愛い子が忍び込んでいるとわかったら、他の奴らに何をされるかわからないよ? 僕よりもっと、酷いことをするかもしれない」

「酷いこと……?」


 一目会えただけでも嬉しくて、泣いてしまった私の涙を優しく指で拭いながら、流星様は笑っていました。

 口角の上がった唇の間から覗く八重歯が、少年らしさを残していて、それが可愛らしく思えるのと同時に、流星様からする甘い香りに私は酔ってしまいそうでした。

 立っているのがやっとで、気を抜いたら腰から砕け落ちてしまいそうなほどです。


「僕は女の子にはとことん優しくしてあげる主義なんだ。生徒会室の中に入ろうか、誰か来ても面倒だし」


 流星様は生徒会室のドアを開けると、私に中に入るよう促しました。

 そして、椅子を引いて私をそこに座らせると、内側から鍵をかけ、私の左隣に座りました。


「で、電気はつけないんですか?」

「明るいほうがいい? 美波がそうしたいなら、つけてもいいけれど、サボっていることがバレちゃうかもしれないよ?」

「それは……たしかに……」


 夜の生徒会室の中は真っ暗で、遠くの街灯の明かりが窓を通して少しある程度でした。

 月明かりが照らしていた廊下より暗くて、流星様がどんな表情で私を見ているのかよく見えません。

 それだけが少し残念でしたが、それでも、隣にいる流星様の甘い香りや声を感じるだけで、幸せを感じていました。


「今日は、忘れ物じゃないよね?」

「はい……」


 あなたに会いたくて来ましたなんて、とても恥ずかしくて言えません。

 流星様がいる左側だけ、体が熱を持っているような気がしました。

 肩が触れそうなほど、近くにいるのにずっと心臓の音がうるさくて、流星様の方を向くことができませんでした。


「どうして、夜の七時以降に校舎にいてはいけないか、理由を教えてあげようか?」

「え……?」

「月光学園はね、ただの夜間高校じゃないんだ。特別な理由があって、一般の……陽光学園の生徒には害になってしまうから、決して会うことのないようにしているんだよ。でも、君の方からその規則を壊したんだ。だから、責任は君にある。わかるね?」

「は、はい。あの……ところで、先ほどから、君ってなんのことですか? 私以外にも、誰かいるんですか?」


 私が質問をすると、流星様は私の耳元に顔を近づけて、囁くように言いました。


「いるよ。君みたいに規則を守れなかった、悪い子が————……」


 流星様の息が耳にかかって、私の身体中の血液が、一気に沸騰したように熱くなりました。

 私の左耳に、流星様が噛み付いたのです。

 痛みはありません。

 ほんの少し、ほんの少しだけチクリとしたのは、おそらくあのいたずらな少年のような、八重歯が食い込んでいたのだと思います。


「何度注意しても、毎晩ここへ来るようになってしまってね……そのうち僕以外の奴に見つかってしまったようで————とうとう現れなくなった。どこに消えたんだろうね。無事に家族の元に帰れていればいいのだけど……」


 流星様は私の耳から頬にかけて、ゆっくりと舌を這わせると、今度は首筋に噛みつきました。

 八重歯が深く食い込んで、痛いと思う前に甘い香りで私の鼻腔は満たされ、首筋から垂れた血潮を熱い舌で絡め取られてしまいました。

 それはとても怖いことのはずなのに、驚くほど気持ちがいいのです。

 恐ろしい行為のはずなのに、幸せを感じているのです。


 朦朧としはじめた意識の中で、ああ、なんて悪い人がいたものだと思いました。


「僕は死なない程度にしか吸わないけれど、他の奴は死ぬまで吸い尽くしてしまうからね————危ないから、もう二度と来てはいけないよ」


 こんな快楽を教えて、もう二度と来てはいけないだなんで……

 もう二度と、この幸せを味わうなと言うのなら、最後まで吸い尽くしてくれればいいのに————








 百合花の遺体が、生徒会室の窓の下にある花壇の中から見つかったのは、この翌朝のことでした。

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