第4話 煩い人
放課後、私は生徒会室を訪ねました。
百合花が勝手に羽織っていたという、その白いコートを見せてもらいに行ったんです。
「あなたも、あのコートに興味があるの? あまり他人の私物をどうこうするのは、良くないと思うんだけど……」
「すみません。その、百合花を見つける何か手がかりにならないかと思いまして……」
陽光学園の生徒会長・
生徒会室の壁に、高価そうな木製のハンガーにかけられたそのロングコートは、表面は真っ白でしたが、内側は赤色でした。
流星様の目の色に似ているような気もします。
触るのは気が引けましたが、私はそのコートをまじまじと見つめました。
表面はビロード、内側の赤い生地はサテンだと思います。
昨夜保健室で嗅いだ甘い香りと同じものが、このコートからしました。
「すごくいい匂いがするでしょう? 君和さんはこの生徒会室に来ると、毎日仕事もせずに勝手にそのコートを羽織って、笑っていたわ。あまりに気味が悪かったから、みんな触らないようにしていたのだけど、君和さんがいなくなった後、一度地震が来てね……その振動でコートが床に落ちてしまって……拾い上げた時に、なんというか、甘い匂いがするなと思ったの」
朝比奈先輩は、きっと、百合花はこの香りを嗅いでいたんだろうと思ったらしいです。
生徒会室の出入りは、生徒会メンバーであれば自由にできたそうで、百合花は授業が終わると真っ先にこの生徒会室に入って、このコートを手に取っていたようでした。
「生徒会に入りたいなんて、ただの口実だったのよ。きっと、その月光学園の人のストーカーでもしているんじゃないかって、みんな思ってた。なんて
そう、百合花が奇怪しくなってしまったのは、明らかに夜の七時過ぎに校舎で流星様を見た後からでした。
ずっと推していたアイドルの自殺のニュースが出た後、ひどく落ち込んでいて……忘れ物をして校舎に入ったのも、そのアイドルの握手会で撮ったチェキをお守りのようにいつも持ち歩いていたのに、その日はついうっかり教室に忘れたと言っていたんです。
「運命の赤い糸で結ばれているとかなんとかって、ボソボソつぶやいてることもあったわね……ため息ばっかりついて、話しかけてもいつも上の空で……なんというか、
「恋煩い……?」
確かに、あんなに美しい人を目の前にしたら、煩わずにはいられないと……私は思ってしまったのです。
けれど、本当に百合花が恋をした相手が、あの流星様であるなら、私は、親友と同じ人を好きになってしまったと、いうことなのでしょうか?
好き……?
私……今になってやっと気が付きました。
私は、流星様に恋をしていたのですね。
たった一晩、それも数時間共に過ごしただけだというのに。
親友の好きな人を、好きになってしまったんですね。
でも、仕方がないです。
流星様のあの形容しようのない美しさに、惹かれない方がおかしいのですから。
それほど、あの人は、とても美しい人なのです。
それと同時に、こう思ってしまいました。
「いったいどんなイケメンなのか、私も一度、会って見たいわね」
「ダメです!!」
流星様のあの美しいお姿を、他の女に見られたくない。
あの人を、自分のものだけにしたいと————
そんな欲が、私の中で生まれていました。
「え……?」
思わず大きな声を上げてしまった私を、朝比奈先輩はひどく驚いた表情で見ました。
私も、自分の体からこんなにも大きな声が出たことに、戸惑いました。
私は、百合花を探しに来たはずなのに、見つからなければいいと思ってしまっている。
百合花の目に、もう二度と、流星様が映らなければいいと————
そんな風に、考えてしまっている自分がいました。
これを恋と呼ばずして、なんと呼べば良いのか、私にはわかりません。
どうしたらいいのか、わからないのです。
流星様の顔を思い出す度、私の名を呼んでくださった、あの低く響のある声を思い出す度、私の心は震えるのです。
そして、それがいけないことだとわかっていたのに、私はまた、夜の校舎に忍び込みました。
流星様にお会いしたい。
もう一度、あの人の顔が見たい。
もう一度、あの声で名前を呼んで欲しい。
そんな欲に負けて、この生徒会室の前で、流星様が来るのをじっと待っていました。
「————ダメだって言ったのに……君たちは本当に、悪い子だね」
流星様は、また、昨日と同じように、笑ってくださいました。
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