第3話 奇怪しい人
急に怖くなって、私はマンションの玄関のドアの鍵をかけ、さらに自分の部屋に逃げるように入って鍵をかけました。
誰もいないのに、ベッドの上で頭から布団をかぶって丸くなり、震えていました。
もしかしたら、私はとても危険なことをしていたのではないかと、思ったのです。
夜七時以降に校舎にいてはいけないのはなぜか。
あの保健室から出てはいけないのはなぜか。
流星様は「校則は守らないと」と言っていたけれど、よく考えたら、生徒会長なのに授業に出ていいません。
おかしいじゃないですか。
校則は守るべきだと言っているその張本人が、授業をサボっているんですから。
「本当に、白くて、美しい人だったの」
百合花の最後の言葉。
百合花も最初は忘れ物をして、夜の七時以降に校舎へ行ってしまったのが、そもそもの始まりでした。
あの日から、百合花は本当に、何かに取り憑かれたかのように、毎日、毎日、白くて美しい人の話しを私にしていました。
百合花のいうその美しい人は、どう考えても流星様のことだと思います。
だって、あんなにも美しい人はそうはいません。
髪も肌も透き通るように白くて、本当に美しい人でした。
容姿も、声も、一つ一つの動作も、頭だっていい。
あんなに非の打ち所のない人が、他にいるはずがありません。
百合花は一度好きになると、とことん好きになるタイプなので、少し誇張して言っているのだと思っていましたが、本当に、白くて美しい人です。
私と同じように……もしかしたら、私以上に流星様に心を奪われていたに違いありません。
流星様に会いたくて、流星様の顔が見たくて、ダメだと言われても何度も、何度も夜の校舎に行くようになったんだと思います。
でも、一体、そこで何があったのか……
百合花がどこに行ってしまたのか……
私も、もう一度、夜に校舎に入ったら、百合花と同じように誰かに消されてしまうのでしょうか?
流星様の美しさに気を取られて、私は周りをよく見ていませんでした。
他にどんな生徒がいて、どんな先生がいたか……全く記憶にないのです。
流星様以外、誰一人顔を思い出せません。
流星様の前にステージに上がっていた学園長らしき人の顔も、記憶の中ではまるで黒いマジックで乱雑に塗りつぶされたように、思い出せないのです。
体育館で隣にいた生徒の顔も、校門の前に立っていた教師の顔も、みんな、黒いマジックで塗りつぶされています。
記憶力はいい方だと自負していたのですが、まったく何も思い出せないのです。
それがとても怖かったのです。
けれど、それと同時に、私は記憶に残っている流星様の顔を何度も繰り返し思い出していました。
白い肌と髪によく映えた、あの赤い瞳。
低く響きのあるあの不思議な声で、私の名前を呼んでくれた、あの美しい顔が、忘れられませんでした。
「流星様……」
きっと、私はおかしくなってしまったのです。
他に誰もいない部屋で一人、あの人の名前を口にする度に、気恥ずかしいような、嬉しいような、そんな不思議な気分になるのです。
そうして、気がつけば朝になっていました。
スマートフォンのアラームの音に気がついて、目を覚ますとレースのカーテンの隙間から、太陽の光が差し込んでいました。
「あ……学校……」
このままでは遅刻してしまうと、私は慌てて身支度をして、制服を着て登校しました。
昨夜とは違う、朝の校舎。
同じ制服を着て、登校する生徒たちのまだ少し眠そうな顔。
校門の前に立っている教師の顔。
同じ場所とは思えないほど、太陽の光を浴びて、校舎は白く輝いていました。
夜とは全く違う姿に、私は、昨夜の出来事が夢であったのかもしれないと思ってしまいました。
全て私の妄想で、皇流星なんて人は、この世に存在していないのではないかと……
けれど、机の中に、昨夜、流星様と一緒に解いた宿題のプリントが入っていました。
昨夜のことは、夢ではないのだと、嬉しくなって思わず笑ってしまいました。
「美波ちゃん、なんで笑ってるの? 何かいいことでもあった?」
同じクラスの
知世ちゃんとは同じ中学出身で、百合花のこともよく知っています。
「な、なんでもない。それより、知世ちゃん、百合花の事何かわかった?」
「うーん、それが私も他のクラスの子にも何か知らないか聞いて見たのね。でも、やっぱりどこに行ったのかはわからないの。百合花、ほら、推しが急に死んじゃって、ずっと落ち込んでいたじゃない? 一緒に美術部に入ろうって話してたのに、もうどうでもいいってなんでも投げやりになってさ……でも、いなくなる一ヶ月くらい前かな? 急に生徒会に入りたいって言い出して」
「————生徒会?」
「うん、もう書記も会計の席も埋まってたから、会計補佐として入ったらしいんだけど、全然仕事してなくて困ってたらしいよ」
「仕事しないのに、どうして生徒会に……?」
「それがほら、生徒会室も月光学園と共同でしょう? その月光学園の人の私物だと思うんだけど、白いコートがかけてあってね……」
知世ちゃんは、他の人に聞かれていないか急にあたりを気にして、小声で私にだけ聞こえるように言いました。
「その白いコートを勝手に羽織って、ずっと笑ってたんですって。生徒会の人たちは、百合花のこと『
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