第2話 優しい人
「ところで、君の名前は?」
「え……?」
「え、じゃないよ。ご両親が心配しているだろう? 連絡しておかないと、君はまだ万全じゃないようだし、僕が連絡しておくよ。ああ、先に名乗った方がいいかな? 僕は皇流星。この月光学園の生徒会長だ。君は、陽光学園の生徒だよね?」
流星様は、ベッドのを囲っていたカーテンを開けて、保健室の電話がある机の方へ歩いていきました。
「は、はい。
「美波……綺麗な名前だね。君にピッタリだ」
振り返り、微笑みながら私の目を見て、そう褒めてくれました。
この声で名前を呼ばれると、私の心はときめいて、どうしようもありません。
「そ、そんな……普通ですよ」
流星様の言葉を否定するなんて、なんて恐れ多いことをしてしまったんだろうと、口に出して後悔しました。
せっかく、こんな私を褒めてくれたのに……
「学年とクラスは?」
「一年C組です。今日、転入してきました」
「ああそう、一年生で、しかも転入生か。どうりで知らないわけだ……電話番号は?」
「あ、あの……それが、私、一人暮らしでして……両親はまだアメリカの方に」
「アメリカ? へぇ、帰国子女なんだね。それなら、連絡しなくても大丈夫か」
両親に無理を言って、転入してきたので一人暮らしであることに間違いはありません。
マンションの部屋の名義は父のもので、アメリカでの仕事が終わり次第両親と一緒に暮らすことになっていました。
私はつい、ペラペラと自分の身の上話をしてしまいました。
きっと、流星様は私の話になんて関心がないでしょうけれど、時折相槌をうって、私が話し終わるのを待ってくださいました。
もちろん、百合花の話は一切していませんが……
「あ、あの……流星様————と、お呼びしてもいいでしょうか?」
「様……? 別に構わないけど……普通先輩とかじゃないの?」
「だ、だって、その……同じ校舎に通ってはいますけど、学校は違いますし……」
「ああ、そうだね。じゃぁ、僕は君をなんて呼ぼうか?」
「み、美波でいいです。呼び捨てで、お願いします」
流星様に名前を呼ばれると、本当にどういうわけか、嬉しくてたまらなくなるのです。
きっと、低く響きのあるこの声に、なんともいえない魅力を感じているのだと思います。
「わかった。美波————」
「は、はい」
嬉しくてつい声が裏返ってしまった私に、流星様はおかしそうに笑いました。
ああ、笑顔もお美しい。
なんて、神々しいんでしょう。
「それじゃぁ、一つ質問していいかな?」
「はい、なんでもどうぞ」
「君は、どうして、夜の校舎に来たの? 陽光学園の生徒は夜七時以降に校舎にいてはいけない決まりだって、知らなかった?」
「し、知っています。でも、その……忘れ物をしたので、それを取りに……————」
そうでした。
誰かに見つかった時のために用意していた言い訳が、口から自然と出ました。
百合花を探しに来た————なんて、正直に話してもいいものかわかりません。
百合花は、おそらくこの美しい上に、優しい流星様のことを言っていたのだと思います。
もし、百合花がいなくなった原因が、流星様にあるのなら、迂闊なことはできません。
「なるほど、忘れ物か。教室?」
「は、はい。机の中に……」
「それなら、今すぐには難しいな。もう一限目の授業が始まっているし、一年C組の教室には入れないよ」
確かに、授業中に忘れ物を取りに行くのは、授業を中断させてしまうことになってしまいます。
そこまで考えていませんでした。
「忘れたものは何? 今すぐに必要なもの? 盗まれたら困るもの?」
「……え、えーと、数学の宿題のプリントです。明日、提出しなくてはならなくて……」
「ああ、それなら授業が終わったら僕が取りに行くよ。席はどの辺り?」
「一番後ろの席です。窓側の……」
「わかった。じゃぁ、君はもうしばらくここで休んでいて。決して、ここから出てはいけないよ? いいね?」
流星様は、私にそういうとカーテンを戻して、保健室から出て行きました。
どうしてここから出てはいけないのか、理由はわかりませんでしたが、一限目の授業が終わった後、本当にプリントを持って来てくれました。
しかも、宿題を一緒にやってくれたんです。
教え方も丁寧で、とてもわかりやすくて……
「せっかく解いたのに、明日忘れたら大変だからね……」
そう言って、二時限目が終わった頃には、また私の机の中にプリントを戻しに行ってくれました。
そして、保健室で待っていた私の手を取って、三時限目が始まると誰にも見られないよう私と一緒に校外に出て、家まで送り届けてくれたのです。
「あ、ありがとうございます。送っていただいて……」
「いいんだよ。こんな時間に女の子を一人で返すわけにもいかないからね」
ああ、なんて紳士的で、優しい人なんだろうと思いました。
けれど……
去り際に、流星様は私に言いました。
「もう、来ちゃダメだよ?」
「え……?」
一瞬、ほんの一瞬ですが、空気がピリッとしたのです。
「陽光学園の生徒は夜の七時以降は、校舎にいてはいけない。そういう、決まりだからね。校則は守らないと」
「え、ええ。そうですよね。わかりました……」
流星様は笑っていましたが、それが少し、ほんの少しだけ怖いと感じたのです。
もし、次にまた夜の七時以降に校舎に行ってしまったら、命の保証はない————思い過ごしかもしれませんが、そんな予感がしたのです。
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