恋愛の経験値3
「いいよ、全部やるよ」
兄はそれを箱ごと渡してきた。「使う事も、もうないしな」
「え」
弟は言葉に詰まる。
それは、もしかして、まさか、そんなことは。
「別れた」
詰まった言葉を、兄はあっさりと口にした。
□
夜半過ぎ。
兄に借りていた漫画と辞書を返す体で、弟は兄の部屋を訪れていた。
真面目に机に座り勉強をする兄の背後で、弟は兄の買ってきた雑誌を読む。
が、目的は別にあるので、少し落ち着かない。兄の勉強が終わるまで待とうかと、思っていたのだ。
だが、その待つ間のそわそわした弟の雰囲気に、兄は一つため息を落とすと勉強の手を止め「何かあるなら言えよ」と言いながら振り返り、弟を見る。「そんなにそわそわされたら、集中できねぇんだけど」
「あっ、ごめん」
バサバサと雑誌を落としながら、弟は素直に謝った。顔は真っ赤だ。
それをみて、兄は弟の考えを簡単に見抜く。それは兄だけの弟限定の特殊能力だ。
「なんだ、明日はデート?ゴムが足りねぇの?」
「そう!よくわかったね」
真っ赤な顔で笑う弟を見て、兄は大きく息を吐いて、また机の方を向いた。「お前が解り易いだけだよ」
引き出しを開けて、いつもの白い箱を取り出した。
「ごめん、ありがと、兄ちゃん」
「いいよ、全部やるよ」
兄はそれを箱ごと渡してきた。「使う事も、もうないしな」
「え」
弟は言葉に詰まる。
それは、もしかして、まさか、そんなことは。
「別れた」
詰まった言葉を、兄はあっさりと口にした。
あまりにあっさりと口にする兄を、弟はマジマジと見る。
その視線に、兄はやはりため息を落とす。そもそも、この事を弟に言うつもりはなかったのだ。大切にしてきたつもりの彼女であったが、学校が違えば価値観も色々と違ってくる。互いに無理をしているのを感じて、別れる事を選んだのだ。ノリの付き合いであったが、それなりに好意を持っていたけど、別れてみると、あまり引き摺ることでもないという、自分の心情にも、兄は驚いていた。薄情なのだろうか、と己の思考に悩んだりもするあたりが、思春期特有の面倒なところであるが、兄は当然気づいてはいない。
そして。
「兄ちゃん、そうだ、俺、A選のリーダーから借りたのあるんだけど、一緒にみよう!」
ズズッと鼻をすすると、待っててと弟は慌ただしく部屋を出て行った。
どうやら、泣いていたらしい。
なんで俺の別れ話でお前が泣くんだよ、と兄は弟の涙を思い、苦笑する。
そうなのだ。弟は人の心の機微に聡く、そして優しい。
悪い事をしたな、と兄は少し後悔する。
「お待たせ」
弟は、手に見慣れないDVDプレーヤーを持って戻ってきた。
「なんだよ、それ」
「おススメ」
一つのイヤフォンを片耳ずつ入れて、プレーヤーを起動させると、有名18禁雑誌のタイトルとモザイクの入った女の子の肌色が画面に広がった。
「お前、これアダルトDVDじゃん」
「いらねーって言ったんだけどさ、感想聞かれるし、一緒に見ようよ」
弟の表情を見て、これが気遣い細やかな気晴らしなのは分かる。
正直、そういうものを見る気分ではなかったが、弟がわざわざ持ってきたそれを無下にすることも、できなかった。
なんだかんだ言って、兄は弟に弱いのだ。
「じゃあ、スタート」
つとめて明るい声で、弟はDVDを再生させた。
□
『あああッ……あうん…アッアッ』
「………。」
「………。」
無言で、兄弟は画面を見ている。
何せ、健全な中学生と高校生だ。
画面に映し出される淫らな映像の意図の通り、性的興奮は高まっていく。
ただ、兄は年齢が幾分上であるのと、そういった思考を抑制する性格であった為、口元を手で隠しながら、やや斜め気味に映像を眺めている。ふと、弟を見ると、弟は口をあんぐりと開けて、物欲しそうな表情で画面を食い入るように見詰めていた。
その表情があまりに面白く、兄は画像と弟の顔を交互に見る。
この時点で兄の脳内はDVDのアダルト映像よりも弟の表情で占められていることに、本人は気づいていない。
「……あー…これ、いいよなぁ…」
ボソッと弟が呟いた。
それは、女優が男優のイチモツを口で咥えてしゃぶりつくところであった。
「なに、お前、あの子にこれさせてんの」
「させてないよ!」
弟は真っ赤な顔で兄を見ると、ぶんぶんと顔を横に振りそして、
「…………前に………ぃちゃんがしてくれたの………気持ちよかったから………」
もじもじと、俯いて絞り出すような小さな声で弟は告白する。
それは弟の小さな秘密であり、誰にも、自分の彼女にも言えないような事であった。兄の口に咥えられた事実に付随する、兄をリスペクトしている事、兄と一緒にいることが一番楽である事、何より親友の如く理解しあえる存在であること、幼い頃より兄が大好きである事、その全てを包括して、あの出来事は彼女を抱くこととはまた次元の違う快楽であったのだ…………というのは、さすがに誰にも言える話ではない。
「ああ、あれな」
そういや、そんな事もあったなと、もう一人の当事者である兄は軽く考える。
元来、兄は自身の快楽よりも、他人へ奉仕する方が性格的に好きであるのだ。
だから。
「また、するか?」
軽く触れてきた兄に、弟は飛び上がらんばかりに体を震わせた。
真っ赤な顔をして潤む目で自分を見る弟に、兄はくしゃりと頭を撫でる。
可愛いな、と素直に兄は感想を思う。
「ほら、脱いで座れば、やってやるよ」
冷静を装い兄は弟へ囁いた。熱い囁きになり、少し息が荒いのは、兄も興奮しているからだ。
先ほどの弟の間抜けな顔、物欲しそうな顔と、咥えられて恥ずかしそうに身を捩るのが可愛いと思うのだ。何より、自分が与える快楽に身を捩る弟の姿を可愛いと思うのは、一般的な思考ではなかったが、先ほどのアダルトビデオに当てられて興奮しているのだと、事実に蓋をして兄は思い込んでいる。
その言葉に操られる様に、弟はジャージとボクサーパンツを脱ぐと、兄の勉強机の前にある椅子に座る。
「あ…にぃちゃ…は…」
「いい…俺は、自分で、する」
あの時のように、兄は弟の性器を口で咥えると、片手で扱き出す。
そしてもう片方の手で、自分の性器を擦り出した。
室内に押し殺した二つの声と、卑猥な水音が響く。
二人は、DVDの映像を見ることなく、互いの肌色をただ見つめていた。
□
「あー…すっきりしたぁ……」
床に敷かれた兄の布団で、ニヤニヤとわらいながら、幸福そうに弟は呟いた。「もう、ここで寝る」
「俺は何処で寝るんだよ」
「いいよ、となりで寝ても」
「狭くて寝れねぇよ」
それでもなんとか布団に潜り込んで、弟の体を隅においやった。
「あのさぁ、兄ちゃんわあ……」
「なんだよ」
電気を消し、暗闇になった室内で、弟は寝ぼけたような声で言う。「優しいからさぁ……大丈夫だよ。俺も兄ちゃん大好きだから、
兄ちゃんなら可愛い彼女がまたできるって」
気にしていたわけではない。が、弟に言われ、やっぱり彼女と別れたことが、少し心の傷になっていた事に、兄は気づく。
「…ありがとな、燈…」
くしゃくしゃと、兄は弟の頭を撫でた。
そして掛け布団を引っ張り上げた。
弟の体温が心地よく、気づかないうちに傷になっていた心を、癒してくれるようだった。
2021.2.21
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