第16話 姫様の旅支度③
その後のことを俺は覚えていない。目が覚めると姫とリリスの姿は無く、魔王様が疲れた表情で体育座りをしていた。
「ま、魔王様……」「やぁベル君。目が覚めたかい? リリスの殺気に当てられて気を失ったんだよ。姫にもリリスにも困ったものだ。女性同士もう少し仲良くなってくれると助かるんだけど」
さっきの様子を見てどうしてそんな風に思ったんだろう?
「魔王様はなぜあの姫を好き放題させるんですか? 魔王様であればいくらでもあのわがまま姫を制御できるでしょう」
「単純な力だけならね。でも私は神から人間に対して二つの制限を掛けられているんだよ。一つは私自身は人類に干渉してはいけない。もう一つは、人類に関わってしまった場合その人間を拒絶してはいけない。つまり私自身は人間の命令に逆らえないんだ。だから人間界には行かないようにしていたんだけどまさか彼女自身がここに来るなんてね」
俺は、自分の罪を理解した。俺が、この世界に彼女を引き入れ魔王様に合わせてしまったんだ。
「す、すいません。知らなかったとはいえ俺が彼女をここに招き入れてしまったんですね」
「いや、君は悪くないよ。君が、というより彼女のアビリティが原因だ。彼女はね、運の良さがカンストされてるんだよ。おそらく彼女の運が私たちの盟約違反を起こさせて、たまたま派遣された転移魔法を持つ君を、たまたま最初に見つけた。今までの人生で彼女は思い通りにならなかったことはなかっただろう。だが、結婚相手となると話は別だ。自分自身の理想の相手は彼女自身の運だけではどうにもならなかった。だから、彼女は異世界に自分の理想の相手と出会いの場を開く手段を運で引き寄せたんだ」
「そ、そんな無茶苦茶な! 俺達全員、ただの人間である彼女の運に踊らされているってことですか!?」
「そういうことになる。長く生きているが私もこんなことは初めての経験だ。だが、逆に言えば運のいい彼女はすぐに理想の相手を見つけ出せるはずだ。というか……」
魔王様は俺をじっと見つめ、何かを言いかけて止めた。
「とにかく理想の相手が見つかりさえすれば、あとは学園生活を楽しんでもらいながら勇者が魔王を討伐するのを待てばいい。今閉じ込めているダンジョンで、出来る限り経験値を詰んでもらってレベルを上げておいてもらえれば、早ければ一年以内で全てが片付くだろう」
「な、なるほど。そうか。姫の運が勝手に姫を満足させてくれるってことですね。それにしてもなんてはた迷惑な能力だ! あんな奴とはサッサと縁を切りたいですね」
「あー……うん。そうだね。兎に角盟約を果たして魔界から出て行ってもらわないと。とりあえず今は彼女の機嫌を損ねないことが肝心だ。先ずは君に亜空間の部屋を作ってもらわないと」
「簡単に言いますけど魔王様、俺やり方わからないですよ。それにダークネスの部屋に入らせてもらいましたけど彼の体系からすればそんなに広い部屋じゃなかった。姫の寝室なんてどうせ無駄にでかいんでしょ? 俺なんかにそんなでかい部屋を創る力はないですよ」
「大丈夫だよ。君はまだよくわかってないようだけど、君の魔力はダークネスとは比べ物にならないほど大きいんだから。それに亜空間創りは私がサポートする。君は自分の理想の家を頭の中で想像するだけでいい」
そう言うと魔王様は俺の背後に回って俺の頭に手を当てた。そして俺の目の前に有空間のゲートが開いた。
「いいよ。目を瞑って自分が理想とする家を想像して。私はその想像を具現化していく。あ、姫の部屋は忘れないようにね」
「はい」俺は魔王様に言われた通りに自分の理想の家を想像した。頭の中ではどこかで聞いたことのあるBGMが流れ出す。
先ずは玄関。なんということでしょう。他の世界と家を繋ぐドアを開くとそこは吹き抜けになっていて天井から太陽の光が降り注ぐ広々とした明るい空間です。ウォークインシューズクローゼットは天井まであって奥行きもあり、何足でも入りそう。通気性も良く傘や小物も綺麗に収まり扉を閉めるとスッキリと壁に馴染んでまるで何もない様にスッキリとした空間になる。まさに匠の技です。
玄関を一段上がると、右手にはトイレ。正面には短い廊下があり、その廊下の右手には二階に上る階段、左手にはリビングへの扉。真っ直ぐ行くと広々とした収納たっぷりの脱衣所兼洗面所。その正面のすりガラスのドアを開けると、なんという事でしょう。全身をゆっくり延ばして入れる源泉かけ流しの檜風呂があります。いつでもゆっくりと疲れた体を癒すことが出来ます。
洗面所に戻ると、リビングダイニングキッチンに直接入れるドアがあり、その中にはリビングダイニングキッチンがあります。そこには二人以上でも余裕で料理が出来る広々としたアイランドキッチン。大きな冷凍庫や野菜室のある冷蔵庫には大家族でも十分な大きさです。一緒に料理をして休日を過ごすのもよさそう。右側の壁は一面に収納スペースがあり、食器や調味料もキレイに収納出来ます。さらに奥に進むと右手に扉があります。勝手口でしょうか? 開けてみると、なんという事でしょう。ウォークインの収納庫があるではありませんか。これなら半年分以上の備品を大量に買い込んでも余裕で全て収まります。
キッチンから真正面に広々としたリビングがあります。ダイニングキッチンを除いても二十畳以上あるでしょうか? アイランドキッチンには裕に四人以上が座れるダイニングテーブルが繋がっていて、その奥には家族全員で座れるソファー。そして、真正面の壁には六十インチの大型テレビ。部屋の四隅にはスピーカーが設置されていて臨場感たっぷりの映画を家族全員が並んで楽しむことが出来ます。家族全員が共に過ごせるくつろぎの空間です。
再び廊下に戻ると今度は二階へ続く階段を上っていきます。上がった先の廊下を右手に向かうと左右にドアが二つ。子供部屋です。右の扉を開けると男の子の部屋。左の扉を開けると女の子の部屋になっており、女の子の部屋の中にはもう一枚ドアがあります。このドアを開けると、なんという事でしょう。六畳はある大きなウォークインクローゼットがあります。沢山の服やバッグ、帽子などが収納できます。そして、このウォークインクローゼットにはもう一つ扉が。その先は俺と可愛い奥さんの寝室です。二人で並んで寝れるキングサイズのベッドを置いても十分な広さ。娘の部屋と俺達の寝室の間のウォークインクローゼットは妻と娘が共同で使用している。娘が大きくなったら服もシェアしあえるでしょう。仲良し母娘です。
再び俺達の寝室から廊下に出ると右手には先ほどの玄関が見下ろせます。この玄関の吹き抜けを囲うように伸びる廊下を進んでいくと、そこには小さな小部屋が。な、な、なんという事でしょう! 俺の秘密基地、もとい小さな書斎があります。ドアを入って真正面にデスクがあり。そこにはマルチモニターを備えたハイスペックPC。フルフラットまでリクライニング可能なゲーミングチェア。そのゲーミングチェアを倒すと連動するようにディスプレイが天井に動き寝ながらでもプレイが可能です。
右手には冷蔵庫とお菓子を大量にストックできる棚が。左手には眠くなったらいつでも眠れるソファーベッド。ティッシュの配置も完璧です! 壁にはありとあらゆるゲーム機がまるで美術品を扱うように綺麗に展示され全てがモニターに接続されているので、それぞれのゲーム機の下の棚からコントローラーを出せばいつでも好きなゲームを直ぐにプレイ可能です。すべてが手に届く範囲に設置された洗練された配置。まさに秘密基地。狭い。いいえ。それがいいのです。もちろん内側からのカギの取り付けは忘れません。トイレに行きたくなったら玄関の吹き抜けと階段の間にあるのでドアを出て僅か五歩。まさに完璧。これこそまさに匠の家です。
「……ベル君。妄想中に申し訳ないけど、姫の寝室を忘れないでね」
急に現実に引き戻される。しまった。完璧に失念していた。どうしよう……これ同居人を住まわすスペースがないぞ。って、俺結婚してねーし! 子どもとかいねーし! 俺と奥さんの寝室とか今はどうでもいいんだよ。仕方がない。この主寝室を姫の寝室にしてしまおう。
姫は天蓋付きのベッドとか言ってたな。とりあえず蓋付きのベッドと家具をロココ調に統一して大きな窓を設置しよう。後から色々言われたら面倒だから鏡台やタンスもデザインを統一して設置しておこう。照明もシャンデリアの方がいいかな。カーテンは閉じたままタッセルで留めて開けば貴族の部屋っぽくなるだろう。おっと忘れるところだった。カギを付けておかないと。……どうにも俺の趣味じゃないがお姫様ならこんなもんだろ。なんか一室だけ異様な空間に仕上がってしまったが、これ元に戻せるんだろうな?
「うん。いいね。これなら姫も満足してくれるだろう。いい感じの亜空間に仕上がったじゃないか。まるで新婚夫婦の家だね」
「だ、誰が新婚夫婦ですか! 魔王様が理想の家を想像しろっていうから、間違って理想の家庭を想像しちゃったんですよ! 俺の結婚相手は別の人です! あくまで姫の理想の相手が見つかるまで間借りさせるだけですよ!」
俺は何故か焦ってまくし立てる様に早口で反論する。
「まぁまぁ。それにしても立派な亜空間だ。理想の家でも家庭でもどっちでもいいじゃないか。いつでも我が家に帰れるっていうのはいいよ」(……まさかこれだけの家を亜空間に作り上げるとは。しかも後から運び入れるはずの家具まで具現化するなんて……予想以上の魔力だ。流石ワンサード。やはりあの方の血のなせる業ということか?)
そうして俺は理想の家を手に入れた。そう言えば自分の寝室がなくなってしまったな。男の子の部屋として作った部屋を俺の寝室にしておこう。こうしてあっという間に亜空間の準備を整えた。
「これで準備は整ったね。じゃあ、姫様の許に行こうか」
「その前に魔王様。俺にも何か優れた装備くださいよ」
「え? じゃあ……」
そう言って魔王様は部屋の奥から箱を持ってきた。
「はい。これ」
「あ、ありがとうございます」
渡された箱を開けるとそこに入っていたのは姫とお揃いの学生服だった。
「え? ちょ、これ」
「姫が学校に通うなら君にも通ってもらわないとね。宜しく」
……機能性に優れた学制服を手に入れた。
「そうだ。ついでにこれを……。よし、それじゃあ。今度こそ姫様の許に行こう」
魔王様は片手に棒を握って歩き出した。俺は黙って魔王様の後を付いていった。エレベーターに乗って姫のいる貴賓室に向かった。
「貴賓室は沢山あるけど姫は比較的小さな部屋に案内して貰っている。あまりにも豪華な部屋を見せた後だと君の亜空間の部屋に不満を持ってしまうといけないからね。君の創造した亜空間の部屋は思いのほか良い出来に仕上がったから今居てもらっている部屋よりも気に入ってもらえると思うよ」
エレベーターが止まり、ドアが開く。真っ直ぐに伸びる廊下を歩いていく。左右に均一に並んだいくつかある扉を通り過ぎて遠くにある一番奥の突き当りの部屋のドアが目的地の様だ。一番豪華な造りになっているのが分かる。だが俺は足を止める。ダメだ。これ以上は進めない……。何故ならそのドアの横には般若がいるからだ。俺は小さな蠅に姿を変えて魔王様のマントの中に身を隠す。魔王様は何事もないかのようにスタスタと歩みを進め、徐々にその般若に近づいていく。
近づいて見えたのは恐ろしい殺気を放つリリス様だった。顔が歪に変形しすぎて誰かわからないが着ている服から察するに恐らくリリスだ。どんな力で顔を歪めればあそこまで顔が変わる? インドのカーリー女神でさえ可愛く見えるほどだ。綺麗なお姉さんとドキドキしていた俺の純情が音を立てて砕け散った。
「ま゛お゛う゛さ゛ま゛。や゛つ゛を゛こ゛ろ゛し゛て゛い゛い゛で゛す゛か゛?゛」
リリスは怒りの余り、声がまともに出ないようだ。
「ダメだよ。リリス。君はもういいから一旦帰って休みなさい。もう君は姫に関わらなくていいから」
「……は゛い゛」
リリスは一歩歩くごとに地響きを起こしながら重々しい足取りで通り過ぎていった。もはや巨大怪獣だ。俺は魔王様の陰に隠れてリリスの視界に入らないようにしていた。一瞬でも彼女と目が合えば死ぬと本能が叫んでいた。あの美しいリリス様があれほどの顔になるなんて姫はいったい何をしたんだ? 俺は折角魔族になったんだから魔族らしい人と恋愛をしたいと思っていたが、やはりより人間に近い可愛らしい娘がいいと改めて思った。そう思った時制服を着てスカートをなびかせて笑顔を見せたライサ姫の顔が浮かんだ。
「お前はないわ!」思わず叫んだ。
「わっ。ど、どうしたの? 急に大声出して」
蠅の姿に成って魔王様の肩に止まっていた俺が急に大声を出したから流石の魔王様もビクッとなって驚いたようだ。
「す、すいません! 何でもないです。それよりもリリス様は大丈夫でしょうか?」
「まぁあとで大暴れして部下に被害が及ぶだろうけど大丈夫だよ。じゃあ入ろうか」
ピンポーン。インターホンを鳴らし、姫を呼ぶ。十秒待ち、三十秒待ち、一分待って再度インターホンを鳴らす。さらに一分待ち、三分待ち、三度インターホンを鳴らす。さらに一分待ち、五分待つ。絶対に寝てるだろアイツ……。魔王様は仕方なくマスターキーを差し込み、カギを開けた。ほぼ寝起きドッキリの様なシチュエーションに興奮する。あの傲慢な女の焦った顔が拝めるかもしれない。それを想像するとワクワクが抑えられない。
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