第15話 姫様の旅支度②
着替え終わった姫は恥ずかしそうに胸や股間の辺りに手を当てたままドアから出てきた。
「こ、これでよろしくて?」
「問題ありません。では今度はその上に着る防具を見に行きましょう。衝撃や斬撃から身を護るなら鎧の方がいいのですが、重くて動きにくい。その代わりにそのタイツを身に付けて頂いているので、魔法から身を守る効果の高いローブにしましょう」
魔王様は姫の全身タイツ姿に目も繰れず別の部屋に移動する。ぴったりと張り付くようなその全身タイツは身体のラインがハッキリとわかる。皺すらない。裸に黒いペンキを塗ったんじゃないだろうかと錯覚するほど生々しい。俺はそのほぼ裸の様な姿にドキドキして釘付けになりそうになったが、姫と目線が合いそうになり慌てて振り返り魔王様の後ろをついて歩いた。姫は身をかがめたまま最後尾を少し離れて付いてくる。
「私が特にお勧めするのは自己防衛において最強のローブです。その名も――」
魔王様は沢山の鎧や、ローブなどが見渡す限りに並べられている部屋のドアを開いて自信ありげに叫んだ。
「くちびるオバケのローブ」
「「……は?」」
再びハモった。
「くちびるオバケ? なんですのその気色の悪い響きは……私に妖怪か何かの着ぐるみでも被れとおっしゃってますの?」
先ほどまで恥かしそうにしていた姫は魔王様の襟をつかんで自分の顔の近くに引き寄せた。もはや羞恥心は消え失せたようだ。
「ち、違いますよ。着ぐるみじゃなくてローブです。このローブはあらゆる魔法から身を守るだけでなく、事前に危険を察知するセンサーやオバケのように姿を消す機能までついている非常に優れた逸品です」
そう言って魔王様が指さす場所に目線をずらすとそこにはガラスのショーケースに入った真っ白なローブが展示されていた。他の物とは明らかに扱いが違うそのローブは輝くような純白の全身を覆うローブでピンク色のファーが印象的だった。
「あら! まぁ素敵。真っ白なローブですわ。着てみてよろしくて?」
「どうぞ」
魔王様はガラスのショーケースを外して姫にローブを手渡した。そのさわり心地はこの世のものとは思えないほど滑らかで軽く、その割にしっかりとした生地だった。姫はそのあまりの美しさにウットリして直ぐにそのローブの裾から頭を通してふわふわのファーのついた襟ぐりから顔を通した。
ぶりゅりゅん
「ひぃーーーーーー!!」姫は奇声を発してすぐさまローブを脱ぎ捨てた。
「何ですの!? この予想外の感触! ふわふわのファーかと思っておりましたのにまるで首を巨大なナメクジに巻き付かれたような悍ましい感触ですわ!」
「何を言っているのです? 言ったではありませんか。くちびるオバケのローブだとその唇に見たてた部分は夏はひんやりと冬には生暖かい熱を発する機能が備わっており一年中快適に過ごせます」
姫が脱ぎ捨てたローブのピンク色の部分が自重でねっとりと動いてまるでニヤッと笑っているかのように見えた。
姫は自分が脱ぎ捨てたローブを調べ始めた。俺はそれを後ろから観察する。するとピンク色のファーだと思っていた部分は分厚い唇の様な生々しい物体だった。しかもその唇の様な物体の上のフードの部分に穴が二つ。そしてその上に三本の……あ。これあかんやつや。
「ねぇ魔王様。どうしてこのローブには二つの穴が開いていますの?」
姫は冷たい微笑を浮かべながら魔王に質問した。
「それはですね。フードを被ってその唇を閉じてしまうと外が見えなくなるので覗き穴になっているのです」
「そうですか。では魔王様。どうしてこのローブの袖は塞がっていますの? これでは手がうまく使えませんわ」
「それはですね。そのローブに備わっている透明化の能力を最大限に発揮する為です。手が出てしまえば手だけ消えずに残ってしまいます。過去に手だけを消し忘れた姿を人間に見つかり大事になったことがあったので、いっその事縫い付けてしまえという事になりました」
「そうですか。では魔王様。ではこの三本の黒い糸の様なものは何でしょう?」
「それはですね。それぞれ魔族・人間・犬が近づくと反応するアンテナになっております。事前に近づく者を察知して危険を回避することが出来る優れた機能です」
「犬? なぜ犬ですの?」
「それを制作した者の息子が犬にかまれて犬嫌いになってしまったそうです。それで製作者は犬が来たらすぐに逃げられるように、あらゆる危険から息子を守るために防御に優れた服を作ろうという思いから生まれたのがその子供用のローブです」
「子供用……。では魔王様。この付属の肉球のついた靴は何です?」
「それはですね。唯一布で覆えない足を隠すために同じ素材で作られた付属の靴です。肉球は足音を消す効果があり、何よりその愛らしいデザインは子供たちに大好評で、ローブは高いのでその靴だけを購入される方もたくさんおられます。それを履いて人間界で写真を撮られた人は足のない姿に映るそうで一時期そういう遊びが幽霊族の中で流行しましたね」
幽霊の正体見たり枯れ尾花。もといオバ『ピー』の靴を履いた幽霊。心霊写真に写った足のない幽霊の正体はこの靴を履いて人間界に遊びに来ていた幽霊族だったというしょーもないオチってか? ……俺はこの件に関わると色んな意味でヤバいと感じていたので黙っていた。
ブチブチブチ! 姫は無言でローブから三本のアンテナを引きちぎった。
「ああ! 何という事を」
先ほどまでの凍るような笑みから一変、燃えるようなおっかない顔に変身した姫はどすの利いた声で再び魔王様の襟をつかんで自分の顔に引き寄せた。
「……お前ワシをおちょくっとんのか? 舐めとったらいてまうど!」
翻訳機は再び姫の言葉を関西弁に翻訳した。襟をつかまれた魔王様は再び冷や汗をかいている。
「け、決してふざけてはおりません。わ、わかりました。他のローブにしましょう! そうですね、例えば魔法おばばのローブ――」
「あ゛?」
「ま、魔法美少女のローブが貴方にはふさわしいと思います」
「あら。美少女なんてお上手ですわ。 案内してくださるかしら」
「……あ、あちらです」
そうして魔王様が指さした先にあったのはさっきのローブと同様にガラスのショーケースに飾られた黒いローブだった。裏地は落ち着いた赤で女性らしい印象を受ける。
「このローブの正式名称は魔人のローブ。信じられないほど丈夫にできています。しかも、あらゆる攻撃魔法を防ぎ、バフの効果を数倍に強化し、デバフの効果を無効化するというチート級の防具です。先程の全身タイツと合わせればまさに鉄壁」
「あら、今度は真っ黒なローブですか。素敵ですね。ですが、この全身タイツにあのローブだけを羽織るのですか? 変質者っぽくていやですわ」
「もちろん中の衣装も考えております。 えーっと……。あ、あれがいい!」
明らかに今思いついたっぽいが、魔王様は慌てて奥に走って行った。そこからホコリの被った箱を小脇に抱えて戻ってきた。
「これは魔人の学制服という魔族学園の中でも人型魔族専用の制服なのですが、通気性に優れ蒸れず汗をかいてもすぐに乾き、伸縮性にも優れて動きやすい素材でできています。さらに、抗菌防臭帯電効果もあり静電気も防いでくれる。先程のローブの下に来ても快適に過ごせます。しかもかわいい! これを着ていれば魔界のどこに居ても怪しまれずに過ごせます。姫様に相応しい衣装です」
その服はいわゆる中高生が着るような学生服そのものだった。もはや姫のご機嫌が取れれば戦闘での機能はどうでもいいらしい。静電気? 雷撃を防げる機能にしろよ……。
「あら。学生服なんて初めてです。私、城でそれぞれ専門の講師に個人レッスンを受けていたので学校に通ったことがないのです。通ってみたいですわ」
「学校に!? いや流石にそれは……」
「一つ。その相手が見つかるまでは魔族はワシの命令に従うこと」
「わ、わかりました。手配します」
既に交わされた盟約がある以上、俺達魔族は彼女に従うしかなかった。言ってしまえば魔族は既に姫に牛耳られているのだ。現状俺達は彼女の機嫌を損ねないようにするしかないという事だ。
その意味ではありがたいことに姫は制服が思いのほか気に入ったようで早速フィッティングルームに入って着替え始めた。何とか姫の機嫌を取り戻して魔王様は安堵の表情を見せていた。俺の中の魔王様の印象は最初の頃のあの爽やかなイメージとはずいぶん変わってしまっている。一言で言うなら情けない。
フィッティングルームから出てきた姫は身に纏った衣装をクルリと回って俺達に披露した。その制服は黒に近い濃紺色でワインレッドのラインで装飾され、首元に同色のリボンが可愛らしい。胸元から腰までの金色のボタンが映える。腰回りはまるで姫に合わせて作ったかのように細身に加工されていて姫のスタイルの良さが良くわかる。スカートはブレザーと同色で、一見するとワンピースのようにも見える。膝上辺りまであり、ブレザーと同色の赤いラインのアクセントがあしらわれ綺麗なプリーツが施されている。回った勢いでふわっと広がったその姿に少しドキッとした。ローブと合わせればどこかの魔法学校の学生にしか見えない。不覚にも可愛いと思ってしまった自分を殴ってやりたい。
「とてもいいですわ。ただ、この全身タイツの袖と首元が制服からはみ出してしまいますのでタイツを加工して着替えを数着用意してくださらないかしら」
「……手配します」
この姫はいわゆる絶世の美少女といっていいくらいに容姿が整っている。せめてこのわがままさえ無ければ、少しは仲良くしたいと思えるのだろうが、俺にとって彼女に対する印象は最悪でしかない。人は第一印象が全てとか見た目が九割というが、俺の場合は見る前に首を折れそうな力で掴まれている。その後も傲慢な態度を見せつけられている。もはや魔物が人の姿に化けている方がよっぽど好感が持てる。
改めて可愛いと思ったとしても最初の印象が余りにも悪い。俺はコイツとこれから行動を共にしなければいけないのか? 姫はくるくると回りながらスカートをひらつかせ、自分の姿を何度も確認している。元々あれだけ豪華なドレスを纏っていた一国の姫が制服ごときでこれほど嬉しいものなのだろうか? 今の姫の姿だけ見れば新入学を控えた女子高生にしか見えない。最初にこの姿を見せられていたらまんまと騙されて好きになっていたかもしれないと思うと血の気が引いた。
「お気に召していただいたようで何よりです。 それでは衣装が決まったので次は姫様の部屋なのですが……」
「そうですね。それで、私の部屋はどこですの?」
「そのことなのですが、実際にこの城の一室を姫の部屋にすることは簡単なのですが、これから姫は色んな世界を回って結婚相手を探さなければなりません。その都度魔法で転移して城に戻ってくるのは非効率です。そこでベル君にお二人が共に過ごす亜空間の部屋を作ってもらおうと思います」
寝耳に水だ。魔王様は俺の事を結構こき使ってくる。
「は? ちょ、ちょっと待ってください。無理ですよ! 俺まだ亜空間の作り方も知らないんですよ」
「大丈夫。私が力を貸します。君の魔力であれば十分な広さの部屋を作れるでしょう」
姫は俺達の会話に横槍を入れる。
「お待ちなさい。その亜空間とやらが何かわかりませんが、私にこのチビと同じい部屋で過ごせとおっしゃっておられるのですか? 冗談じゃありません。こんな横目で私のタイツ姿をじろじろ見てくるむっつりスケベと同室でずっと過ごすくらいなら非効率でもこの城に毎日帰るほうがずっとマシですわ」
な、な、な、なんてことだ……うまく視線を逸らしたつもりだったのに気が付いていたのか!? それにしてもこの女……それはこっちのセリフだ! 何で俺がお前みたいな傲慢我がまま女と一緒の家で暮らさないといけないんだ! お前みたいな奴の為に部屋なんて作ってやるものか!
「それが、そうもいかないのです。異世界を移動する転移はかなりの魔力を消耗する魔法。彼に何かが起これば最悪の場合、貴女には野宿をしてもらう可能性がある。一方、亜空間への移動はゲートを開くだけなので最小の魔力があれば可能で貴女だけを亜空間に逃がすことも可能です。最初に亜空間を作る時は膨大な魔力が必要になりますが一旦作ってしまえばいつでもどこでも簡単に帰ることが出来る。それに、彼の魔力であれば二部屋でも三部屋でも十分に作れるでしょう」
簡単に言ってくれる……。やったこともない事がそんな簡単にできるものか? 魔王様は俺の事を買いかぶり過ぎだ。いや、うまいこと言ってこき使ってるだけなんじゃないか?
「……私の部屋には鍵を付けなさい。ベッドは天蓋付きの物を。私の部屋と同程度のモノでなければ何度でもやり直してもらいますから」
ほらでた。また姫のわがままだ。つい最近まで人間だった俺がそんな簡単に姫の寝室と同程度の亜空間を作れるわけないだろ!
「わかりました。姫が想像する以上の部屋をご用意いたします。亜空間が用意できるまで別の部屋を用意いたしますのでそちらでお休みください」
魔王様は簡単に請け負った。冗談じゃない! 亜空間はゲートを開く本人にしか作れないと聞いた。ということは実際に作るのは俺なんだろ? いい上司だと思っていたけどなんてことはない。部下に仕事を次々と押し付けるブラック上司じゃないか!
「では、私とベルは亜空間を作る準備に取り掛かりますので姫はゲストルームまで別の者に案内させます。私だ。姫の案内を頼む」
魔王様がそう言うと間もなくエレベーターのドアが音を鳴らして開いた。そこから出てきたのはとても穏やかに笑いながら途轍もない殺気をまき散らすリリスの姿があった。あの笑顔が逆に怖い! こんな殺気は学校で銃を乱射する愉快犯か幕末の夜道に現れる人切りくらいにしか出せないんじゃないだろうか……。俺なら横に立つだけで卒倒しそうなそのリリスに近づいて姫は自殺願望でもあるんじゃないかという一言を吐いた。
「どうしたの? 主に挨拶なさい」
ブチっとリリス様の頭から何かが切れる音がした。そして俺は意識を失った。
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