第14話 姫様の旅支度①

「ひ、姫様は最初からそのつもりで俺を?」


「さぁ? 何のことでしょう?」


 俺達はとんでもない人と盟約を結んでしまったようだ。だが、だとしたら確かめなければならない事がある。


「……あの勇者を差し向けたのが姫様なら放火も貴女の指示だったのですか?」


 姫は急に真剣な顔になり、深々と頭を下げた。


「……それに関しては私の国の兵士が独断で行った事とはいえ、皆様に多大なご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません。海沿いを走る魔物がいるようなので確かめてほしいとお願いしたのは確かに私です。ですが、まさかあの男が放火という卑劣極まりない行動に出るとは予想もしていなかったのです」


 先程まで傲慢だった姫が神妙な態度で頭を下げている姿に驚きを隠せなかった。今回の一件は姫と王と勇者がそれぞれ別企みを画策してそれぞれに予想外の結果が生まれたのだ。というか勇者が島の周りを一周していたのはそういう理由だったのか。それならば姫には非はない。魔王様はすかさず姫に言葉を返した。


「大丈夫ですよ。誰も怪我なく退避出来ましたし、勇者プログラムの事を知らない人間が魔物の砦を破壊するのはそれほど珍しい事ではないのですから。そもそも我々が盟約通りに退去していればこのような事態にならなかったのですからこちらの落ち度です」


 その言葉を聞いて不敵な笑みを浮かべた姫は手のひらを反すように。


「そうですか。では私には罪がないという事でよろしいですね。良かった。心のつかえがとれましたわ。ところで魔王様。ここから私の父と話をすることは出来ますか?」


 俺と魔王様は開いた口が塞がらなかった。なんて奴だ! 先程の真剣な顔は演技だったのか? 俺と魔王様は何故か心にダメージを負った。


「え、ええ。出来ますよ」


 魔王様はスクリーンにパトランプ城の謁見の間の映像を映し出す。そこでは国王が一人の大臣に頭を撫でられながらべそを掻いていた。


「ちっ……コイツ等、性懲りもなく……。魔王様。父上に取り次いでいただけますか?」


「わかりました」


 魔王様は以前の様にデバイスを取り出して電話を掛けた。


「もしもし、私、株式会社魔界の代表サタンと申します。ジョージ五世陛下にお取次ぎを願います」


 スクリーンの中では電話を持った人間が大慌てで玉座に走ってきた。その男は国王の耳元で何やら伝える。すると、国王はその人間から受話器を奪い取り、それに向かって大声で叫んだ!


「貴様! どういうつもりだ! 我が娘を攫うとは! 約束が違うぞ!」


「五月蠅いですわ。落ち着いてくださいお父様。先ずはお人払いを――」


 いつの間にか魔王様からデバイスを奪い取った姫が国王に向かって話し始めた。


「ひ、姫!? 無事なのか? 魔族にひどい事されておらんか!?」


「無事も何も、私が彼らに頼み込んでここに連れて来てもらったのです。いいからお人払いをなさってください」


 頼み込んだ? どう考えても脅迫だったぞ?


「わ、わかった。おい!」


 スクリーンの中では頭を撫でていた大臣以外の人間が画角から消えた。


「よし。人払いしたぞ! 姫。どういうことだ? 説明しておくれ。城内は姫が魔族に攫われたと大騒ぎだったんだぞ? ワシはもう心配で心配で――」


「私をダシにして宰相といちゃついていたと?」


「なぁー!? 何を言っておるのだ! 別にいちゃついてなどおらんぞ! ワシはただ――」


「先ほどから見ておりましたよ! お二人ともとても仲睦まじく――」


 国王と宰相と呼ばれていた女性は顔を見合わせて真っ青になっている。


「楽しそうで何よりですけれど他の方がいる謁見の間でいい歳をしたおっさんとおばさんの乳繰り合いはいかがなものかと。見せられている方はたまったものではありませんよ」


「なぁー!?」


 今度は汗が噴き出している。居たたまれなくなった宰相はそそくさと画角から逃げていった。


「うふふ。ところで、お父様。魔族との盟約に私の婚約が含まれている様なのですが、どういうおつもりで?」


「あ、それは……。し、しかし。お前の相手は最高の人物でなければならないと思い――」


「最高の人物? あの男が? あの男は裏で勇者の子孫であるからと後輩兵士にパワハラを繰り返し、町中の女性をナンパし、あまつさえこの私に『いつか勇者の子供を孕ませてやる。有難く思えよ』と辱めたのですよ?」


「そ、そんな!? ま、誠か? あの者が?」


「まさか、お父様は実の娘の言葉よりあの男を信じると? あの男はお父様や大臣の前では礼儀正しく振舞っていたようですが、裏では勇者の子孫という肩書を利用して好き放題やっておりましたのよ。ご存じではありませんでしたか? よもやそんな男を新たな勇者に指名して、挙句私を妻に差し出すなんて」


「そ、そんな男だと知っておれば、お前を妻になど……。取り消しだ! 昨日の盟約はキャンセルする!」


 すかさず魔王様は国王の言葉を否定した。


「お言葉ですが、陛下。一度交わした盟約は取り消しは出来ません。彼には盟約通り勇者として魔王を討伐していただき、その暁に姫を妻に娶っていただきます。盟約が果たされた後であれば勇者を亡き者にしようが、姫様と離婚させようが自由です。盟約が果たされないまま中断するのであれば王家の皆様の命をもって償っていただくことになります」


「……という事のようです。つまり私はあの男と結婚するしかない。お父様。この責任をどのように取ってくださいますの?」


「わ、ワシは良かれと思って――」


「どちらにしても私は魔族に攫われたことになっている。勇者が魔王を討伐するまでは帰るわけにはいかなくなりましたので当分の間こちらでお世話になります」


「なっ!?」


「それはそうでしょう? 魔族に攫われたはずの私が城に戻ってしまえば、人間と魔族との繋がりがばれてしまうのですよ?」


「そ、そんな……」


「自分の都合で勝手に魔族と契約したお父様が悪いのです。因果応報です。あ、それと、先ほどの宰相とイチャついていた写真はお母様に送っておきますね。それでは。御機嫌よう」


 そう言うと満面の笑みを浮かべた姫は一方的に通話を切った。スクリーンの中の国王は意気消沈して地面に倒れこんでいる。


「あーーー! 清々したー! これで王族という堅苦しい立場からも、何かと構ってくるお父様の煩わしさからも解放されますわ! 私は自由を手に入れたのです!」


 もうすでにやりたい放題やってくれてるじゃないか! と、言いかけたが面倒臭いことになりそうなので飲み込んだ。目一杯羽を伸ばす姫に魔王様は口添えする。


「姫様。先程の映像は録画しておりませんでしたので写真には――」


「あ、お構いなく。ちょっと脅しただけですので」


 俺と魔王様はこの上なく楽しそうに父親を脅す姫の屈託のない笑顔におののく。


「というわけで魔王様。暫くこちらでご厄介になりますので私に部屋を用意してくださいな」


「そんなご無体な」


「あ゛?」


「直ぐにご用意いたします」


 もはや魔王様は抵抗さえしない。


「宜しくお願い致します。それで? この小さいのが私をエスコートしてくださるという事でしたが……大丈夫なのですか?」


「だ、誰が小さいの、だ! 俺の名はベル・ゼブルだ! 色々な世界に行くだと? アンタみたいな人間に簡単に行けるわけないだろ! 他の世界はアンタの世界と環境が違うんだ! 魔族の身体はそれに対応できるけど人間の身体はそんな風にできてない」


 人間の身体は弱い。魔族は環境に応じて瞬時にそれに適応できるように変化する。しかし人間は環境が変わるだけで不調をきたす。異世界や魔素が多い魔界であれば即死する可能性だってある。


「小さいくせに生意気ですわね。 でも、それならそれも何とかなさい」


「は? 何とかしろだって? ふざけるなよ! 人間には無理なんだよ!」


「でしたらそちら側の盟約違反になりますわね。死を持って償って頂かないと」


「ぐっ! ……だったらわがままばっかり言ってないで自分の世界で見つければいいだろ! 我がまま姫!」


「何ですって!? チビの癖に態度だけデカいですわね!」


 俺とライサのやり取りを何故か微笑ましく見ていた魔王様は話に割って入った。


「確かに彼の言う通り人間である姫様が異世界に向かうためにはそれに耐えうる装備が必要です。本来この魔王城も姫の身体では耐えられない魔素が溢れているのですが、貴女がこちらにお越しになることがわかって慌てて結界を張りました。先ずはそちらの問題を何とかしましょう。それにしても二人が仲良くなってくれてよかった」


「どこがですか!」

「どこがですの!」


 不本意ながらハモった。そのリアクションを見て嬉しそうにニコニコと微笑を浮かべながら魔王様は会議室の扉の前に移動した。魔王様が扉の前に立つと、扉は音もたてずにひとりでに開く。魔王様はエレベーターに向かって長い廊下をゆっくり歩き出した。俺達は魔王様の後に着いて歩く。


「この扉開けるたびにものすごい音が鳴っていたような」


「私の魔力で扉を押せば壊れるかもしれないから扉は私から逃げる様に開くのです。姫様、私からあまり離れない様に」


 ドアが自ら逃げるってどんな魔力だよ。俺達は黙って魔王様の後に続いて歩く。エレベーター付近まで来ると、リリス様が膝を付いて魔王様の出迎えていた。「お疲れ様」と魔王様はリリス様に声を掛けて通り過ぎる。と、同時に少し頭を上げてその後に続く俺と姫にまるで死神がターゲットに鎌を振り下ろす時に見せるような瞳で俺達を凝視していた。俺!? 俺を殺すの!? そのさっきに気圧されて立ち止まった俺を置き去りにして姫はスタスタと魔王様について歩く。そしてリリス様の目線はそんな姫を追って動いていた。どうやらあの殺意は姫に向けられている様だ。あの殺気を浴びても平然としていられるのは姫が鈍感だからなのか、豪胆だからなのかはわからないがまるで気にも留める様子もなくそのまま魔王様とエレベーターに乗り込んだ。


「ベル君。どうしたの? 早く乗りなさい」


「は、はい!」俺は魔王様に急かされてエレベーターに急いだ。その間も後ろから途轍もない殺気が送られてきて正直ちびりそうだった。エレベーターに乗り込んで振り返るとまるで何事もなかったかのようにエレベーターのドアが閉まるまでリリスは膝と着いたままこちらに頭を下げていた。


「あの女なんですの? 私をずっと睨んでいたようですが?」


「彼女の非礼をお許しください。彼女は招かれざるものを排除するのが役割ですので受付を通さずここに入った貴女を警戒していたのでしょう。仕事熱心なのです」


「そうですの? とはいえ客に殺気を送るのは感心しませんね。 部下なのであれば教育しておいた方がよろしいですわよ」


 あの殺気に気づいていて無視したのか……。やはりこの姫様只物ではないようだ。


「今回は多めに見ますが、今後私にあの様な態度をとらさぬよう。不快でたまりませんから」


「わかりました。きつく言いつけておきます」


 魔王様にそんなことを注意されたらリリス様の怒りの矛先はどこに向かうのだろう……まさか俺じゃないよな? 考えただけで怖気がする。


「これから向かうのは装備を開発するフロアです。そこで姫様に魔界や異世界に行っても身を守れる防具をプレゼントいたします。いくつか候補はございますが、どれも魔界における最高品質の一級品で喜んでいただけると思います」


「まぁ。それは楽しみですわ」


「到着しました。ではこちらにどうぞ」


 そう言って魔王様はエレベーターから出て行った。エレベーターの表示パネルには[461]と記されていた。俺と姫様は魔王様の後に続く。


「このフロアでは日夜新しい防具の研究と製品開発が行われております。先ずはこちらの部屋であちらの全身タイツを身に付けてください」


 そこには手首と頭だけが出ている真っ黒な全身タイツを身に纏ったマネキンが飾れれていた。


「は? 何で私が全身タイツなんて身に付けなければなりませんの?」


「こ、このタイツはあらゆる衝撃を吸収し、斬撃にも耐える優れた生地を使用しています。しかも軽くて非常に伸縮性にも優れている上に通気性も抜群。一度身に纏うと手放すことが出来なくなると評判の防具です。一度装備してしまうと他人には簡単に脱がすことは出来ませんが、装備者であれば少しの力でも簡単に伸びますので首を通す穴から身体を入れて着てください。このタイツの上に防具を身に付ければ防具の効果を数倍に高めてくれる効果まである。もちろん魔素から身を守る効果もあります」


「……。わかりました試しに身に付けてみます」


 そう言って姫は部屋の中に入って着替え始めた。暫くすると姫は部屋の中から魔王様を呼びつけた。


「……おい、エロオヤジ。この股んとこのスリットは何?」


「エロ……いや違いますよ! それはトイレの時にいちいち全部脱がなくていいようにスライドファスナー式になっているのです! デリケート部分ですので違和感が無いように非常に細かいファスナーが付いているはずです」


「……先に言え」


 そう吐き捨てた姫は再びフィッティングルームに入って着替えを続けた。魔王様は冷や汗をかいている。魔王様でもこの女は苦手なようだ。

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