第13話 姫様、攫われる!?③
それをすかさず避けたふぐりんは声を荒げた。
「汚っ! 貴様! 何のつもりだ!」
「す、すいません。ちょっとむせて……」
平静を装い再び紅茶を口に含む。ヤバい。この姿はヤバい……。あれじゃあまるでキャンタ……。はっ! その時、俺はある真実に辿りついた。ふぐりん……ふぐり。
ふぐり【陰=嚢】
読み方:ふぐり
1 金玉(きんたま)。睾丸(こうがん)。いんのう。
2 松ぼっくり。松かさ。
「橋立の松の—も入り海の波もてぬらす文殊しりかな」〈咄・醒睡笑・五〉
同時に、先ほどの彼の得意げな顔が脳裏をよぎった。”「ええ。我が名はふぐりん。この名は父が『男の中の男のになれ』と願いを込めて名付けてくださった。我が誇りです」”
「ぶっふーーー」
俺はさっきより勢いよく噴いた。
「き、貴様一度ならず二度までも……」
「す、すいません! 貴方の名前の偉大さと、親父さんのネーミングセンスに感銘を受けて思わずむせてしまいました」
俺は必至で笑いをこらえるが、体はこらえきれずにプルプルと震える。
「そ、そうか。私の名が……。なるほど。この誇り高き名を慮れば仕方がないな」
何やら嬉しそうに股間を弛ませ、下からはみ出した部分がさらに伸びた。これはもはやわいせつ物陳列罪だ。卑猥過ぎてとてもじゃないがちびっこには見せられない。
ちなみに余談だが、後にふぐりんは自分の名の真実を知り、自分の身体がすっぽりと納まる禍々しい鎧を身に纏い、お気に入りの紅茶セットを入れた兜を小脇に抱えて行方をくらました父親を八つ裂きにするために怒り彷徨う暗黒騎士デュラハンへと名を変えるのだが、それはまた別のお話し。
今の俺はそれどころじゃない。股間から垂れ下がったふぐりんのふぐりがツボにはまって堪えていたものが全部噴き出てしまった。
「ギャーッハッハッハッ! 無理、もう無理! ふぐりん最高! し、死ぬ。 親父のセンス半端ねぇ――」
俺が大声で笑っているのを見たふぐりんは怒りで切り掛かって来るかと思ったが、予想に反して微動だにしなかった。それどころか先ほどまで垂れ下がっていたふぐりんのふぐりは縮みあがって鎖帷子からちょっことはみ出ているだけだ。だが、今の俺にはそれさえもツボで、腹がよじれる程笑っていると、ガラガラっという音が聞こえた刹那、急に首に激痛が走った。笑い声は消え去り、体中から冷たい汗が噴き出す。何かに途轍もない力で掴まれているような感覚。それにしてもこの力は……人間じゃない!? ゴリラ? く、首がちぎれる!
「ねぇ……貴方、人んちの庭で何やってますの?」
背後から予想に反して可愛らしい女の声がした。が、今はそれどころじゃない。後ろから首を掴まれているのに首全体が締まって息が出来ない。声も出せない。どういうわけか手足も動かない。
「貴方魔族ですよね? サタンってご存じかしら?」
俺は痛みで意識が飛びそうになりながら微かに首を縦に振る。
「だったら私をそのサタンって魔族の所に案内なさい」
俺は再び小さく首を縦に振る。すると首を掴んでいた力が少し緩んだ。俺は必至で息を吸い込む。目の前には小さな騎士の鎧が真っ直ぐ立ったまま微動だにしない。コイツ……俺を助けるどころか、俺の後ろの女に気が付いて、鎧のフリをしてやり過ごしてやがるんだ!
「さっさと連れて行きなさい」
俺は首を縦に振る。すると俺の額にいたギョロロがスルスルっと俺の身体を伝って足に移動し、そのまま地面に落ちた。そして、すかさずふぐりんの鎧の中に消えていった。
こいつ等、俺を生贄にしやがったな? 何が相棒だ! 何が騎士道だ! 覚えてろよ次に会ったらボコボコにしてやる! 俺は首の痛みに耐えきれずに転移魔法で魔王様の所に移動した。
「姫様!? おい! 今姫様が突然消えた。何やら魔物らしき姿も見えたぞ! 魔物仕業か!? 誰か―。陛下に報告しろ!」
俺が転移した後、そんな声が場内から中庭に響く。ふぐりんはその混乱に乗じてティーセットを敷物にくるんで暗闇の中に消えていった。
次の瞬間、見覚えのある円卓が眼窩に飛び込んで来た。どうやら無事に魔王城の会議室に転移が成功したようだ。俺の首を掴んでいた何かの力が緩んで俺は地面に落とされる。
「ってぇ! はぁはぁはぁ……」
俺は後ろを振り返る。俺の首を鷲掴みにしていたのはどんな化け物だ? しかし、そこに居たのはきらびやかな真っ赤なドレスに身を包んだ麗しく華奢な少女だった。この娘が俺の首を掴んでいた!? 嘘だろ!? どんな握力だよ! その少女は胸元で両手を組んで魔王様を睨んでいた。
「貴方がサタン様ですの? お初にお目にかかります。私、パトランプ王国の王女ライサと申します。以後お見知りおきを。今回こちらにお伺いしたのは、この度わが父と交わされた盟約についてお聞きしたいことがあったからです。その為この方にお願いしてここまで参りました」
お願い? 脅迫の間違いだろ! と言いたかったが喉が詰まってまだうまく声が出ない。
「これはこれは。遠いところをわざわざご足労頂きありがとうございます。それで、盟約について聞きたい事とは?」
「全てですわ」
魔王様は前日にパトランプ国王と取り交わした盟約書をライサ姫に見せながら今回の盟約内容と、それに至る経緯までを丁寧に説明した。
「なるほど。それであの者を勇者にしたというのは理解致しました。それで? なぜ私はあのゲスと婚約したことになっているのです?」
ゲス? 聞き間違いだろうか? 姫の口から不適当な単語か聞こえた気がした。
「それについては御父君からの依頼でお受けした次第です。今回は我々の盟約違反によって招いたことですのでこちらとしては拒否することは出来ません。お父上には貴方様の許可は得ていると――」
「許可を得ている?」
姫は食い気味で質問を返す。
「……ええ。何ならその時の映像をお見せしましょう」
魔王様はあの時の映像を流した。姫はじっとその映像を見つめる。涼しい顔をしていた姫の美しい表情は徐々に歪み険しくなっていく。
「……あのくそじじぃ……」
まただ。姫の声でその用紙には似つかわしくない単語が耳に飛び込んで来た。
「なるほど。では、私とこの男との婚約の部分を破棄なさい」
姫から発せられる言葉に徐々に威圧感が増す。
「申し訳ござません。我々魔族は一度交わした盟約の破棄は出来ないのです」
「ちっ。私はあのゲスと結婚する気は微塵もありません。もし無理にでも結婚させるというのであれば私はこの場で命を絶ちます。私が死ねばあなた方の盟約は果たせないのでは?」
「……そうですね。確かに困ります」
「では、何とかなさい」
「あ、いや。ですから我々は貴女様の御父君のご依頼でこの盟約を取り交わしております。貴方様のご婚約も我々ではなく御父君が独断で勇者と取り交わしたものであり我々はそれに従い盟約を取り交わしただけ。それについては御父君と話してもらわなければ――」
「アレと話をしたところで盟約を交わした時点で時間の無駄でしょう? 大体、あなた方は何があっても盟約を破らないとおっしゃってますが、盟約違反を行ったことで今回の盟約が取り交わされたのでしょう? 盟約違反をしたアンタらの尻をなぜ私が拭わなければならないの?」
魔王様の言葉を遮り姫様が声を荒げる。さっきからちょいちょいと姫の狂気が垣間見える。
「貴女の言い分はわかります。ですが、盟約違反と申しましても、今回の発端である盟約はそれ自体は完了しておりました。その盟約の対価としてお借りしていた土地を盟約期間が過ぎてもお返しできなかったことに対する補償、つまりサービスとして今回の盟約を無償で取り交わした次第です。そして、この度交わされた盟約の内容は全てお父上が独断で取り決められたことなのです」
「で?」
「で? ……ですから、我々といたしましてはこの盟約を進めていただきたいと考えております。妥協案としましては一旦形だけ結婚していただき、その後直ぐに離婚していただくというのは?」
「……お前ふざけとんのか?」
「は? いまなんと?」
「一瞬でもあのゲスの妻という辱めを受けろと? 生涯アレの元妻という汚名を着続けろと? 考えただけでも虫唾が走るわ!! しかもあのゲスがいつ終わるかわからん旅をしている間、ワシャ彼ぴも作れへんのやろ!? 行き遅れるわ!! そんな齢になって、しかもバツのついた女に彼ぴが出来るとおもっとんのか!? なめとったらいてまうど! あ゛あ゛!?」
怖い! 怖い!! 顔の骨格まで変わってる!? 何この人!? めっちゃ怖い!! しかもなぜ関西弁!? これ自動翻訳機で翻訳されてるんだよな? ないこれ? 彼ぴって何!?
「で、で、で、ですが、我々魔族が盟約に従わなければ貴女の命に係るのです。勇者と貴方様の婚約は盟約書に記載された正式な約束事。形だけでも結婚していただければ後は何とか出来るのですが結婚を中止というのは――」
「ほなワシがあのゲスを殺せばいいんか?」
「あ、いえ。彼は勇者プログラムの対象者ですので、盟約が完了されるまでは我々魔族が彼の命を守ることになります。たとえ殺しても我々は勇者を復活させることになります」
「つまり、ワシがあのゲスと結婚するまで殺すことも出来んと?」
「そ、そうなります」
「お前ら! ホンマに面倒なことに巻き込んでくれたのぉ! どう落とし前つける気やボケェ!」
この人はあれだ……反社の人だ。関わっちゃダメな人だ……。魔王様に目を遣ると様子がおかしい。いつもの冷静で涼やかな表情は陰り、体が強張り冷や汗をかいている。
「で、ではこうしましょう。この勇者が旅を終えるまでに、貴方様の理想の再婚相手を探しましょう。我々が全力でサポートします。そして、理想の相手が見つかれば、勇者との結婚は魔族に無理やり盟約を交わされただけだという事情を説明してご納得していただき、改めて結婚していただければと――」
「……盟約書にサインしろや」
「え? め、盟約書ですか?」
「当たり前やろ? 魔族は盟約に従うんやんな? ほな盟約書にサインしろや」
そう言って姫は盟約条件を提示した。
一つ。世界中駆けずり回ってでもワシの理想の相手を探し出して伴侶とさせること。
一つ。その相手が見つかるまでは魔族はワシの命令に従うこと。
一つ。結婚した後も生涯ワシと彼ぴとその子孫を永久に守り続けること。
一つ。この盟約は魔族側の謝罪である。したがって一切の対価を要求しないこと。
一つ。もしワシの理想の相手が見つからない場合、お前がワシの伴侶となること!
姫はそう言って魔王様を指さした。
「お前は魔族の王なんやろ? お前やったらワシの相手に申し分ないわ。顔もええし、魔界の王の妻ってのも悪ぅないわな」
「あ、いや。私は結婚するわけには――」
「あ゛? なんや不満か? それが嫌なら本気でワシが気に入る相手を死ぬ気で探せや。はよ盟約書を書けや」
その何とも言えない威圧感に気圧される様に魔王様とバルベリト様は凄い勢いで盟約書を書き記した。それを奪い取り姫は盟約書をくまなく確認する。
「……ええやろ。ほなサインせえ」
姫様は魔王様に盟約書を差し出した。魔王様は何かに操られるかのように盟約書にサインした。
「結構。……それでは魔王様。宜しくお願い致しますわ」
自動翻訳機から姫の関西弁が消えた。魔王様は立ち眩みをしたのかその場でよろけた。
「か、関西弁……デジャヴか? 初めての勇者プログラムが頭をよぎった……。 私はいったい何を……」
どうやら魔王様は関西弁にトラウマがあるようだ。盟約書に改めて目を通す魔王様は額に手を当てた。そして何かを受け入れたように魔王様はいつになく真剣な眼差しで俺の方をじっと見つめてきた。
「……ベル君。君に最重要任務を与える。姫様を護衛しながら共に世界中を旅して彼女が気に入る伴侶を何が何でも見つけてきなさい」
「は? はぁ? 何で俺が! 俺には勇者の旅を追いかけるっていう任務が――」
「それはもういい。ふぐりんに任せておきなさい。彼の相棒は別の者を派遣する。君は彼女に同行しなさい。いいかい。これは特務だよ。必ず遂行するんだ」
いつも優しい魔王様が俺の意見を遮る様に言葉を重ねてきた。俺は威圧される。だけど、それ以上にこんな高慢ちきな姫と行動を共にするのは嫌だ。
「い、嫌です! 何で俺がこんな奴と――」
「こんな奴? こんな奴とは誰の事を言っているんですの?」
さっきの関西弁の後だとその丁寧な口調が余計に怖い。
「あ、いえ。別に……」
俺は姫から目を逸らした。
「ベル君。私は神々の命で人間界に行くことが出来ないんだ。君が姫と共に彼女の世界に行って彼女の理想の相手を探してほしい」
その言葉を聞いた姫は口を開いた。
「あら。私のいた世界では恐らく見つかりませんわよ。すでに、ほとんどの国の王侯貴族の情報を確認いたしましたが碌な殿方はおりませんでした」
「なっ!」
「父は私を溺愛しております。どこかの国に嫁がせるのは嫌なようで私に結婚の話を持ち掛けてきませんでした。そこで私自身に仕えている密偵に世界中の目ぼしい殿方の情報を集めさせたのですが……。ふぅ。世の中碌な輩は居りませんね」
「お、お父上からはそのような情報は……」
「そりゃあだって、言っておりませんもの。父ご存じではないでしょう。ですから正直、魔族が現れてくれて助かりました。あのゲスとの結婚は御免被りますが、かといって理想の殿方も見つからずに途方に暮れておりましたから。生涯を共にする相手に妥協するなんて我慢なりませんもの。そんな折、書庫であの盟約書を見つけたんですの。確認してみると盟約期間が切れているではありませんか。でも、あの島では得体のしれない生物が毎朝走っている。もしや、まだあの島には魔物が生息しているのではないかと思い、あのゲスを差し向けたのですわ」
……謀られた。この姫はあの国王や勇者よりも狡猾で強かだ。勇者プログラムという盟約の本質と、盟約を重んじる魔族の性分を見抜き、巧みに利用したんだ。彼女は自分の世界に居ない理想の相手を見つける為に魔族を結婚相談所代わりに利用するつもりなんだ。なんて女だ! というかのむさん……思いっきりジョギング姿見られとるやないかい!
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