第12話 姫様、攫われる!?②

 創造の神に言われた通りルシファーはアダム達を陰ながら導いた。あまりにも好き放題に生きる人間達に少しは知恵を付けさせようと蛇に変身して本来は禁じられている『知恵の実』を与えた。それから人間達は火を扱う事を覚え、道具を使えるようになり、少しずつ数を増やしていった。順調に人間を導いていたある日、再び創造の神が大声を上げた。


「ルー! ルーってば」

 

 いつものように召喚されたルシファーは神の許に急いだ。


「如何なされました?」


 神はオロオロと狼狽えながら黒い池をのぞき込んでいる。


「人間が増えてきたんだけどさ、この星の温度下がってきて皆辛そうなんだよ」


「この星って、アダムが住まう星ですか?」


「そうだよ! どうしよう! このままじゃ皆凍え死んじゃうよ!」


 ルシファーは巨大な真っ黒な穴の中の星々の状態を確認する。するとアダムを作った星の近くでひときわ大きく燃え盛る星が以前より弱々しくなっていることに気が付いた。


「あ、神様。 この燃える星をいじりましたね? ダメじゃないですか。星々は均衡の神と調和の神の力で絶妙なバランスを保ってるんですから。下手にいじるとこの辺の星々が消滅してしまいますよ」


「だ、だってこの子達が暑そうだったから。太陽に黒い点々付けただけなんだよ」


「それが原因ですよ。この太陽の温度が下がった為にこの星の温度が下がって来てるんです。このままじゃ人が耐えられない温度まで下がって凍死してしまいます」


「そうなの!? どうしよう! 何とかしてよ!」


 神はルシファーに縋った。創造の神はすさまじい力で何かを創造することは出来てもそれに何かが起こった時に対処するという事が出来ない。このエデンという世界にしてもそうだ。たった七日で空と大地、海や生命を生み出し人間を創造したと思えばこの有様である。とはいえほとんどの神々は特質する異常な力を持っているものの、それ以外に関してはかなりいい加減でポンコツだ。創造の神は何かを作りたいと思ったらそれを作ることに全力を尽くすが、それを作り終えると途端に興味を失う。想像したものに執着することは非常に珍しい。


「そうは言われても太陽はもうどうしようもないですから、この隣の青い星に移住させるのはどうですか? 太陽の温度が下がったおかげでこちらの星は非常に良い環境になってきています」


「地球か。じゃあこっちに移そう」


 そう言って神は人間を転移させようとした。


「ああ、お待ちください。急に転移させたら彼らが驚いてしまいます。彼ら自身に移住の為の船を作らせそれで海を渡ってもらいましょう」


「海を渡ってどうなるの? この星にはもう住めなくなるんだってば」


「彼らには星という概念はないのです。急に全く別の星に転移させてしまえば混乱してしまうでしょう。嵐の中の船内に籠って航海していると思ってる間に船ごとこの青い星の海に転移させれば彼ら自身は海を渡って別の大陸に移動しただけと感じるでしょう」


「なるほど。さすがだね。じゃあさっそくやって」


「いや、やってと言われましても、神託は神のみに許される行為ですので私には――」


「やれっての!」


 ルシファーは渋々、神に代わって創造の神が最初に作ったアダムの子孫のノアに『もうすぐ大洪水が来てその大地を飲み込む。その前に巨大な船を作り、その中に汝の妻と子供、他の生物をつがいで、家畜は七つがいずつ乗せて海を渡れ。そうすれば子孫の繁栄を約束する』という神託を下した。ついでに、ルシファーは船の材料になる木材から、寸法、設計図まで事細かに毎晩夢に見せて教えた。

 ノアの船造りはかなりの時間を要したが、完成した船にノアが神託通りに全ての生物が乗り込ませるのを待って、大洪水を起こした。ノアと共に船に乗ったもの以外の生物は全て息絶えた。無事に大洪水の難を逃れたノアたちは安堵した。まさか自分たちが知らないところで地球に転移させられているとは夢にも思っていないだろう。

 元いた星以上に環境が整ったこの星はエデンと呼ばれるようになり、移住した生き物たちは恵まれた環境の中でどんどん数を増やしていった。そうして地球における人類の祖となったノアは多くの子孫を残し、文明は発展していった。そして、ノアの一族は神託を授けた神に感謝し、祈りを捧げるようになった。


 しばらく神々は人間達の営みを見て楽しんでいた。人間達の営みを見るという娯楽は神々の中で楽しみの一つになっていった。いくつかの神は自分たちも同じように人間を創造して地球の別の大陸で文明を築かせ、国やそれぞれの神を崇める宗教が生まれていった。そうして暫くの間、神々は人間観察という娯楽を肴に平穏に過ごしていた。だが、神々に似せて作られた人間が増える程に大きな問題も起こる様になっていった。


「ルー! ルーってば!」


 いつものように呼び出されたルシファーは創造の神の許に急いだ。


「如何されましたか?」


「これ見てよ! 人間がいっぱい増えたんだけど一部の人間が力を持って領土や食料を巡って戦争ばっかりしてるんだよ。俺に対する信仰心も薄れちゃったし、疫病とか火山の爆発とか、とにかく理解のできない恐ろしいものは全部俺のせいにするし、困ったら俺に祈りを捧げるかと思ったら各地で別の神を崇めるし、酷いと思わない? 仮にもノアの子孫同士だってのに何なんだろうねこいつ等は」


「神々も親兄弟で殺し合うなんて珍しくもないじゃないですか。そりゃあ、それぞれの神に似せて作られたのですから自分勝手なのは当たり前ですよ」


「なんだって?」


「あ、いえ。失言でした。では、もう一度神を崇める様にノアの子孫に神託を下しましょう。そうですね。この貴方様への信仰心の厚い純潔の娘に子を宿し、神の子として貴方様の神託を受ける役割を授けましょう。先ずはこの娘の許にガブリエルを送り神の子を受胎したと伝えさせます。神の使いとして天使が現れれば神を信じるものも増え信仰心もより強固なものになるでしょう」


「俺の子っていったってどうやって宿すの?」


「そこのゴミ箱のティッシュに残ってるでしょう。今朝方彼らの交尾を見ながらマスターベ――」


「うわー! うわーーー! 何言ってんの? オマエ何言ってんの!?」


「別に恥ずかしがることないじゃないですか。 自分に似せて作った人間の交尾を見て興奮し――」


「うるせー! さっさと行けよ!」


 創造の神の命に従い、ルシファーは寵愛している天使ガブリエルを地球に派遣することにした。


「……」


 ティッシュを渡された時、説明を聞きながら一言も発さなかったガブリエルの汚物でも見るかのような冷たい目をルシファーは生涯忘れる事は無かったという。ルシファーから手渡されたティッシュの端っこを地面に生えていた二本の百合の花の茎で箸のようにつまみながらガブリエルは降臨した。そしてマリアと呼ばれる少女が寝ている間に、ティッシュごと子宮に転移して受胎告知した。詳細を知らない人間達は天から舞い降りた光り輝く天使ガブリエルを人間たちは崇め、天使の言葉に従い行動を始めた。


「ルー! ルーってば!」


「如何されましたか?」


「如何もくそもあるか! 天使があんなに目立ったらダメじゃないか! 見てよ。人間が創造神の俺じゃなくて天使を崇めだしたよ! 絵とか彫像まで溢れ出してるじゃん!」


「そ、そうは言われましても土から作られた人間とは違い、我々天使は光の粒子から創造されており目立ちたくなくても勝手に輝いてしまって――」


「そんなことはどうでもいいから何とかしろっての! 人間が俺を崇めるように導いて!」


「……わかりました」


 とはいえ天使が地上に舞い降りると目立って仕方がない。考えた末にルシファーは深淵の穴の上に横たわり強烈な光を放った。自らが放った光から出来た巨大な影を深淵の中に映し、その陰に潜り込んで悪魔となり、陰から人間を導くことにした。それを見ていたルシファーの右腕であり、常にルシファーに付き従っていたミカエルが声を荒げた。


「お待ちください。ルシファー様。そんな姿になってどうなさるおつもりですか!」


「ミカエル。私はこのまま闇に潜り、天界の地の裏側に魔族が住まう魔界を創造する。そこから闇を通じて目立たぬように人間たちを導く。君は私に変わって天使たちを導いて神々を助けてやってくれ」


 自らを犠牲にして神の命に従おうとするルシファーは全ての天使の頂点であり憧れである。自分の右腕として常に従い続けてくれたミカエルを措いて他の者に自分の代わりを託すことなどできなかったのだ。


「はぁ? ふざけないでください! あんなわがままな神々を我々に委ねてアナタは一人で魔界とやらに逃げるおつもりですか!?」


 ミカエルの予想外の返答にルシファーは珍しく戸惑った。


「え? いや、ちょっと待って。逃げるんじゃなくて人間を導く役割を私が担うから君たちに神々の――」


「ほら! 神々を私たちに丸投げして貴方は人間を口実に魔界とやらに行こうとしてるじゃないですか! 貴方がいなくなったら神々のお世話を私たちだけでやることになるんでしょ!? 絶対に嫌です! 人間なんて放っておいて神々を何とかしてください!」


「ま、待ちなさい。人間をあのまま放っておいたらそれこそ神々の怒りで大変なことになってしまう。数千年後には人間達への興味を失い、別の事に神々の興味が移る。それまで何とか君たちで――」


「無理です! 貴方がいるから神々はそれなりに大人しくしてるんですよ? 貴方が居なくなったら私たちはどれだけ神々のハラスメントの餌食になると思ってるんですか!?」


「だ、大丈夫。ガブリエルやラファエルもいるから」


「彼らは今でも一緒に身を粉にして働いています。それなのにこれ以上働けと!? アナタが抜けた穴を埋められるわけないじゃないですか! どちらにしても神々のハラスメントの餌食になります。お願いです。お願いだから……。お前が何とかしろって言ってんの!」


「あ、あのね……。私は一応上官だから――」


「知らねーよ! 魔界になんて行かせるかー!」


 そうして、魔界へ行きたいルシファー率いる堕天使軍と、魔界なんぞに行かせてたまるかというミカエル率いる天使軍の戦争が勃発した。天使軍の攻撃はすさまじく、その中でも特に可愛がっていたミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルのルシファーへの攻撃は特に執拗で何が何でも行かせてなるものかという執念はすさまじかったという。その戦争ののちに四大天使と呼ばれるようになった。何故かガブリエルだけは本気の殺意と共に「死ね! ボケェ!」「消えろ! ごみクズが!」というガラの悪いセリフが聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。多分あのティッシュのせいではない。

 神々は他人事のように天使たちのけんかを肴に酒に興じた。何とかミカエルたちを説得し、魔界に移住したルシファーはサタンと名を変え魔王として魔界に君臨したのだった。


――


 そうして魔王様は魔界で魔積岳を創造して、時には悪魔として、時にはビジネスマンとして依頼内容によって姿を変えて人間達を陰ながら導いた。最初は個人的に召喚されて盟約を結んで依頼を遂行していたが、人間は恐ろしいスピードで数を増やす人間に対処する為、魔王様もたくさんの大地を創造し、たくさんの魔族を生み出して対応した。そして今の魔界の姿になった。


「元々魔王様は自ら人間界に赴いて人間のわがままを叶えていたのだ。だが、神々が『お前が出しゃばると人間の悩みが簡単に解決して面白くないからこれ以上人間に干渉するな』と命令してきたもんだから今では魔王様は魔王城から出ることもなく指示を出すだけになったのだ。とまあ魔族の間では誰もが知ってる話ではあるが、これが人間やましてや神の耳に入ろうものなら天罰下るだろうがな」


 ふぐりんは笑みをこぼしながら誇らしく話す。 


「……もう俺の中の世界観はゲシュタルト崩壊起こしてますよ」


 俺はこの二日間で得た自分の常識をことごとく覆す真実にげんなりした。魔族の目的は神々の命令で人間を導く事!? んな馬鹿な話があるか? 魔族ってのは理不尽に暴力的に世界を蹂躙する存在だろ? 神ってのは人間を見守り、時には力を貸してくれる存在だろ? 神が暇つぶしに創造した人間を導くのが魔族? 逆じゃん! 意味が解らない。意味が解らないと言えば、なぜそんな話を人間が集まっている人間界の王国の庭でするのだろう。コイツの頭の中が空っぽなのだろうか? 兜の中身は紅茶セットでぎっしりの様だが……。

 辺りはすっかり暗くなり、場内から洩れる光に照らされながら紅茶を啜る現状も相まってパニック寸前だった。そして俺は……考えることを止めた。


「この紅茶美味しいですね」


「そうであろう! 王室御用達の逸品なのだよ」


「それにしてもその兜、なんか色々入ってるんですね。そこに身体を入れないんですか?」


「それがだな。ここに身体を入れてもまだ入りきらないのだよ。中途半端にはみ出してしまいむしろ動きにくくなってしまう」


 そう言って兜をかぶり直し、そこに身体を納めていく。股間からはみ出した体は吸い込まれていき、兜の中はスライムで満たされた。そして、腰の部分の鎖帷子が盛り上がって股間部分がもっこり膨らみ、納まりきらなかった部分が下からはみ出していた。


「ぶっふーーー」


 琥珀色した飛沫が口から飛び出した。

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