第11話 姫様、攫われる!?①

 俺はこの蠅の姿が結構気に入っている。最初にこのグロテスクな姿を鏡で見た時『蠅? 嘘だろ!?』と思ったりもしたが、この姿は実に便利だ。

 俺は魔力を封じられ人間の社会で人間として育った。育ててくれたばあちゃんが死んだ時、突然現れた魔族の親父に連れられて魔界に移住した。自分ではどうやっても外せなかった魔力を封印していたペンダントを親父に外してもらって魔力を取り戻した俺は、その時ようやく自分が人間じゃない事を知り父親が蠅の悪魔であることを知った。そして魔力を取り戻した俺の姿は親父に似て蠅の悪魔の姿だった。容姿は人間の頃より幼くなったが比較的人間に近い姿である。人間で言うと十代前半といったところだろうか? 違うところといえば二枚の透き通った輝く羽があること。俺はこの羽を凄く気に入っている。しかも自分で言うのもあれだが魔族になった俺の容姿はかなりのイケメンであると思う。羽を隠せば人間と見分けは付かないだろう。

 人の姿のままではこの小さな羽ではそれほど早く飛べないが、蠅の姿に変わることもできる。蠅の姿は魔族としての人型に近いサイズから人間界にもいる普通の蠅と同じくらいのサイズまで自由に変化することが出来て、人の姿の時より遥かに早く飛べる。もっと魔力のコントロールがうまくなれば巨大化することもできるらしい。自分が魔族であり、空を自由に飛べた時は本当に嬉しかった。ひ弱で何もできなかった人間の姿よりこの蠅の羽を持つ魔族の姿の方が圧倒的にカッコいいじゃないか。

 ばあちゃんの娘である俺の母親も半分は魔族だが見た目はほぼ人間らしい。半分は人間の血を引いているのだから仕方がないのかもしれないが爺さんはどんな魔族だったのだろう? 俺は実際に母親を見たことはたった一度、ばあちゃんの葬式の時だけだ。ばあちゃんの死に涙を流すどころか顔色一つ変えることなく、俺に話しかけることもなく、ただ一目俺を確認したらそのまま姿を消した。父から株式会社魔界のビルで働いていると聞いているが、正直あまり会いたいとは思わない。とにかく俺は親父と同じ蠅系の悪魔であることを誇りに思っている。


 町に戻った俺はダークネス様に教えてもらった魔力探知の魔法を使った。すると、城の方から人間に比べるとはるかに強い魔力を感知した。


「あれ? 何で城の方から魔力を感じるんだ?」


 俺は不審に思いながらも人に見つからない様に城の方に移動した。城門を潜るとその魔力は城内ではなく城の外にあることに気が付いた。ちょうど城壁と城の間の庭の辺りだ。


「さすがに城の中にはいないよな」


 そのまま魔力の感じるほうに移動すると、場内から洩れる灯りに照らし出されてキラキラと光を反射させてた半透明なバランスボールの上に跨った小さな鎧の騎士の後ろ姿を捉えた。何やら窓から城内を覗いている。明らかに通報レベルの不審者だ。人間? いや、この気配は間違いなく魔物だ。魔族の俺でも躊躇するその不審者に、恐る恐る声を掛ける。


「あのー。魔王様に言われてここに来たんですが、魔族の方ですよね?」


 その声に気付いて振り返ったその騎士はキョロキョロと見回している。どうやら俺の姿が見えていないようだ。俺は人型に戻り地面に足を付いた。


「あ、はじめまして。ベル・ゼブルと申します」


「おお、姿が変えられるのですか? 素晴らしい。お初にお目にかかります。私、魔王様の命でこちらに参上仕りました。魔法騎士、名をふぐりんと申します。以後お見知りおきを」


 そう言ってマントを翻し、丁寧な口調であいさつをしてくれたふぐりんと名乗る騎士はとても紳士的な印象を受けた。が、どうにも股間の下にあるものが気になって仕方がない。


「これは、どうもご丁寧に。えっと、ふぐりん……さん?」


「ええ。我が名はふぐりん。この名は父が『男の中の男のになれ』と願いを込めて名付けてくださった。我が誇りです」


 そう胸を張って再び名乗る。


「はぁ……。ところでなぜボールに跨っておられるのですか?」


「な! いきなりなんと失礼な! 私はこちらです!」


 よく聞くと声は下から聞こえる。目線を下に映すとボールだと思っていた物体に顔があり口が動いていた。ボールじゃない、スライムだ! しかもどうやらちょっと怒っているようだ。


「まったく。私がふぐりん。上の鎧は私の身体が入っているのです。ただ、最近成長期で体が鎧に収まりきらずに股間から少しはみ出してしまって……。もう少し大きな鎧を探してそちらに移ろうと家探しをしている最中に魔王様からの勅命を受けたのでこの姿のまま参上したまでの事。このサイズで気に言った鎧はなかなか見つからないのですよ。仕方なく小さな鎧を纏っているのですが、鎧というのは股間の部分は大きく空いているのでどうしてもここから身体がはみ出してしまうのです」


 言い訳がましい口調で恥ずかしそうにそう話すふぐりん。つまり、彼はスライムに跨った騎士ではなく、騎士の鎧の中に納まりきらなかった部分が股間からはみ出した姿という事か? というかそれ、家なんだ……。鎧の中を想像してみる。思わず「ぷっ」と吹き出した。


「なっ! 無礼な! 人の姿を見て笑うとは!」


「す、すみません。悪気はないんです。鎧を着た方がボールに跨っていると思っていたので予想外過ぎて――」


「全く謝ってないですね! くっ。もう少し時間があれば身体に合った鎧を着てからこちらに向かえたのにこんな急な指令が来るもんだから……まったく。アナタは魔界の事をあまり知らないと伺っておりますし、まぁいいでしょう。今回は我が騎士道に免じて不問といたします。これから勇者の監視を共にする仲間です。仲良くしましょう」


 そう言って俺に鎧の手を伸ばしてきた。なるほど確かに鎧は自由に動く様だ。俺はその手を握り返した。


「宜しくお願いします」


「こちらこそ。折角なのでお近づきのしるしにご一緒にティータイムなどはいかがでしょう? 現在の勇者の状況など詳しくお聞きしたいのですが」


「それは構いませんが、えっ? ティータイム?」


「ええ。騎士の嗜みです。準備しますので少々お待ちください」


 そう言ってふぐりんは兜のバイザーを上げてそこからティーポットと紅茶の入った筒。そしてカップと敷物を取り出した。その敷物をパトランプ上の中庭に敷いてその上に腰を下ろした。と言っても鎧はスライムの上に載っているのだから、一見するとバランスボールの上に跨った騎士がそのまま敷物の上に移動しただけだ。俺は状況が理解できないまま敷物の上に正座した。ふぐりんは慣れた手つきで丁寧に茶葉を計り、ティーポットに入れる。さらに兜から水筒を取り出して蓋を開けてティーポットに中身を注ぐ。どうやら熱湯の様だ。あたりに紅茶のいい香りが漂う。ふぐりんは黙ったまま時間を計り茶葉を蒸らす。


「そろそろ良い頃合いですね。……ではどうぞ。ゴールデンドロップは貴公に」


 太陽もすっかり城壁の陰に隠れ、辺りはすっかり暗くなってしまっている。城の窓から洩れる灯りを頼りにアフタヌーンティーならぬイブニングティーに興じている今の状況は俺を混乱に陥れる。


「うん。素晴らしい」


「……そうですね」


 理解が追い付かないままゆったりとした時間が過ぎていく。


「では、勇者の現状を伺っても?」


 混乱している頭を急に現実に引きずり戻されて、何からすればよいのやらあたふたする。一先ず現在の勇者の状況を確認するためにデバイスを取り出した。


「こ、これで勇者の現状を確認できます。今は南の洞窟に閉じ込められていて三か月間は洞窟の中で生活するそうです」


 そう言ってデバイスを映し出す。そこには大声で喚きながら魔物を何度も突き刺す勇者の姿が映っていた。


「くそ! くそ! くそがぁぁぁ! 何で魔物がいるんだ! 宝石は!? 俺の宝石はどこ行った! アレを掴んだ瞬間宝石が砕けて魔物が噴き出したぞ! ……俺か? 俺があの宝石を取ったから魔物が現れたってのか!? その後床まで崩れてここに落とされて……ふざけんな! なんで脱出アイテムも使えねぇんだ!? 上に上がる階段もねぇ。どうなってやがる!」


 執拗に魔物を痛めつける勇者の姿に心がざわつく。これが勇者? 今まで見てきたこの男の印象は質の悪い盗賊にしか見えない。


「随分荒れてる様だ。これまでの彼の話を伺っても?」


 俺は彼を始めて塔の島で見かけた時からこの洞窟に閉じ込められるまでの経緯を細かく説明した。


「なるほど。二百年後と知りながら魔王の復活をでっち上げたという事か。魔物がいない世界を旅してかつての魔族の砦や洞窟を破壊して回る腹積もりだったということか。なんとふてぶてしい人間だ! しかし、それを魔王様は逆手にとってあの勇者本人が魔族を復活させてしまったという演出を仕掛けたというわけだな。お見事! 流石は魔王様。胸のすく思いだ」


「そうですね。まぁそんなわけで勇者は、洞窟に閉じ込められて荒れているんです」


「因果応報だな。まぁ人間なのだから是非もなし、か」


 相変わらず魔族の人間に対する評価は痛烈だった。そんな画面の中の勇者は先ほどまでの苛立ちに歪んだ顔がいつしか笑みに変わっていた。どうやら好き放題暴れられる環境にストレスを発散させ、少しずつ快感に変わってしまったようだ。


「なんかあの勇者笑ってますね」


「勇者プログラムを受けた人間の多くはああやって魔物を切り付ける行為にだんだんと溺れていく。合法的に生き物を殺せるのだからな。しかもその行為は魔物や魔王討伐した英雄として讃えられる。しかし、我々魔族にとっては極悪非道の悪人でしかない。人間に依頼されて彼らの成長を促すためにこちらは手加減しているとはつゆ知らず、本気で殺すつもりで切り付けてくるのだから堪ったもんじゃない」


「何でそこまでして人間の頼みごとを聞くんですか?」


 それを聞いたふぐりんはまるで奇妙な生き物を発見したかのように目を見開いた。


「き、貴公は魔族なのにそんなことも知らぬのか!? 魔王様はな。神の命令に従っているのだ。あの方は元々神々の使いの天使だったのだからな。それも数多いる天使たちの長。 大天使長ルシファー。明けの明星の名を冠するお方。それが我らが魔王様の本来の姿だ」


「え? 魔王様が大天使長ルシファー?」


「そうだ。天使というのは神々の言葉に従い、神々を助けるのが役割……なのだが、この神々ってのが兎に角わがまま。無限にも近い時間を生きているものだから暇を持て余している。娯楽と言えば喧嘩と酒と淫楽。強大な力を持つ神々が酒を飲み始めれば誰も止められない。他人の妻だろうが夫だろうが見境なしに肉体関係を結び、子を成す。それが原因で喧嘩を始めれば千年単位での戦争に発展し、世界は形を変える。そんなこと至る所で繰り広げられる。そうならない様に神々のわがままを聞き、神々が荒ぶらぬ神々の機嫌を取るのが天使の役割だ」


「え、ちょ、待って。俺の中の神々のイメージが……」 

 

 紅茶の辺りから引きずっている俺の混乱をさらに加速させたふぐりんは俺の言葉を無視して話続ける。


「そんな神々の中の一人がある日暇つぶしに作ったのが人間だ」


「ひ、暇つぶし!?」


「ああ。だが、作ったはいいものの成長させるのが億劫になったので、人間を導く役目を天使に丸投げしたんだ」


―― 

 天界。そこは様々な呼ばれ方をする。理想郷、楽園、極楽浄土、無何有郷。そこは人間が想像できないほどの美しい光の世界。そこに住まう者は常にありとあらゆる幸福に満ち溢れている。……なんてことはない。幸福というのは様々な苦難を知る者に訪れる泡沫の夢。常に幸せの中にいればそれは日常になり、日常は退屈を招く。そして退屈を人は不幸と呼ぶのだ。

 本来、誰もが羨むはずのこの都市の名はユートピア。ここは神々の住まう世界。恒常的に幸福に満たされたこの世界に住む神々はあまりの平和で退屈な環境の中にあって刺激に飢えていた。そんな世界で一人の神が人間を創造した。


「ルー。ちょっといいかい?」


 ルーと呼ばれた男は自分を呼んだ人物の方に歩みを進める。その男の名はルシファー。六対十二枚の羽を背中から生やした、あまりにも美しい姿の天使だった。


「いかがなさいましたか?」


「これ見て。土をいじって作ってみたんだ。名前はアダム」


 言われた方向に目を向ける。そこには大地に広がる真っ黒で巨大な穴があった。その穴の対岸は肉眼で確認できないほどに大きい。光の世界にあってその穴は全ての光をのみこむほどの漆黒の闇が広がる。その穴の名は『深淵』と呼ばれ、その中に広がる闇の空間は『宇宙』と呼ばれている。その闇の中に無数の『星』と呼ばれる大小さまざまな光の玉がちりばめられている。この深淵と呼ばれる穴は光と闇の境界となっている。この無限ともいえる広大な光の楽園と同じだけの闇の世界がこの中には広がっている。巨大な穴とはいえ、この世界の広さからすれば深淵の穴の大きさはミジンコにも等しいほど小さい。

 ルシファーを呼んだ神は深淵の淵に立ち、両手を広げ、スマホでグーグルアースをいじるような手つきでその中の一つの星を拡大した。宇宙の片隅にある小さな小さなその星の中をさらに拡大していくと海と大地があり、その大地の上に何かがいた。神によく似た姿の小さな生き物だった。


「はぁ。何ですかこれは? なんだか貴方様によく似ておりますね」


「そうでしょ? 俺に似せて作ってみたんだよ。でもさ、どうにも上手く成長しないんだよね。なんていうかバカっていうか、怠惰なんだよ。何にもしないでゴロゴロしてるの。それでさ、寝てばっかりだからアダムの肋骨を使ってつがいを作って与えてみたんだけどさ、今度は交尾ばっかりするんだよ。食べるか、飲むか、寝るか、交尾するか。……どんだけ怠惰なんだよ。な?」


「……。凄く良くできてるじゃないですか。本当にそっくりです」


「どういう意味?」


 ムッとした表情を浮かべながらルシファーをじっと睨みつける。


「あ、いえ」


「まぁいいや。でさ、コイツ等を何とか成長させて導いてよ。いっぱい増えて文明とか生まれたら色々見てて面白そうじゃない?」


「え? これを増やす気ですか? 流石に増やすのはやめておいた方がいいのでは?」


「いいじゃん。せっかく作ったのにこのままじゃ面白くないでしょ」


「いや、しかし――」


「やれって言ってんの!」


「……わかりました」


 そう言われたルシファーは渋々人間の世話を始めた。

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