第10話 勇者の旅立ち③

 翌朝、勇者がいつ城に向かっても良い様に早めに町に戻って城門前に待機した。にもかかわらず勇者は一向に姿を見せずようやく現れたのは太陽が真上に上がった頃だった。


「アイツ。昨日の夜、飲み過ぎなんだよ」


 炎天下の中待ち続けたのだから愚痴だって出る。兵士の装いで欠伸をしながら呑気に城門を潜る勇者の姿は勇者としても兵士としてもどうかと思う。こんなに時間があるなら町の観光でもして来ればよかった。昨日からまだちゃんとこの町を巡っていない。城内に入って謁見の間に入ったのを確認した後、デバイスで謁見の間を映し出す。


「おお、勇者よ旅の支度は整ったか? ん? おぬし……本当に一人で向かうのか?」


「はい。とりあえず自分の力を試してみたいのです。それに、まだ魔物も確認されていません。今後自分の力だけではどうすることも出来なくなった時は旅の仲間を探します」


「そうか。だが、無理はするな。ではまずおぬしには南の洞窟に向かってもらいたい」


「南の洞窟? 以前あそこは調査しましたが問題はありませんでしたが?」


「それが、魔物の目撃情報が入ったのだ」


「魔物の? 本当ですか?」


「ああ。それから魔物の発生と同時に北の国境は封鎖しておる。魔物が発生すると国境が閉じるように魔法が掛けられておったようだ。その国境の魔法を解くカギが南の洞窟にあるのだ」


「なぜそのような場所に国境の鍵が?」


「それは……ワシにもよくわからんのだが、前回の魔王が倒された後に、再び魔物が現れた時に世界を護る為にあの洞窟に封印したと伝えられておる。とにかくまずは南の洞窟に向かいカギを手に入れるのじゃ」


「はっ」


 そうして勇者は町を出て南の洞窟に向かって歩き出したので俺達も勇者を追いかけて街を出た。空から見た時は気にもならなかったが、何となくゴルフ場のように綺麗に整えられた草原をイメージしていた外の世界は、実際には街道沿いや人の手が加わった田畑を除けば鬱蒼と生い茂った草木の海だ。種類によっては俺の身長よりもずっと高い。たくさん人が行き来する場所なら手入れもされているが、今向かっている南の洞窟にわざわざ足を向ける人間はほとんどいない。人がいかない土地は自然に飲み込まれてしまう。さらに遠くには森も見えるがその森に向かう道に至っては見当たりもしない。これだけ草が多いと尾行はしやすい反面見失う可能性もある。だからと言って近づきすぎるのは危険なので決して見つからない様にかなり距離を取っての尾行である。


「これだけ距離が遠いと会話は聞こえないですね。といっても一人だから会話も無いだろうけど」


「そうだね。仲間がいれば会話もできるだろうに。 まぁ洞窟や塔に入ってくれれば音声も拾えるんだけどね」


「こういう旅をする時ってどんな話をするんでしょうね。もしかしたら重大な話をしてるかもしれないですよ?」


「いや、そうでもないよ。フィールド上での会話は食事の話や武器の話、女だけならガールズトーク、男だけなら女やギャンブルの話、まぁ大した内容では無いよう」


「……。魔王様が言ってたお仕置きってなんですかね? 勇者に魔物を復活させるって言っておられましたよね? 魔王様に連絡を取ってみましょうよ」とりあえず無視した。


 とりあえず、ダークネスのしょうもないダジャレは無視した。


「……そうですね」


 何故か丁寧語になったダークネスは魔王様にコンタクトを取った。


「もしもし、ダークネスです。現在、町を出発した勇者を追跡しておりますが昨日のお仕置きの件で伺いたかったのですが、私共は何をすればよろしいのでしょうか?」


「お疲れ様。その件に関しては何もしなくて大丈夫だよ。さっき国王に頼んで南の洞窟に誘導してもらったから、中に入ってしまえば自ずと魔物の封印を解いてくれるだろう。封印が解かれると同時にあの洞窟に閉じ込められる仕掛けも施した。その後はこちらから確認が可能だからその洞窟にいる間は監視はしなくて大丈夫だよ。ダークネスは本来の魔王業務に、ベル君は別の相棒を手配してるから勇者が封印を解いたのを確認したら連絡をするからまた町まで戻ってくれるかい?」


「了解しました。それでは洞窟まで勇者の尾行を続行します」


「宜しくね」


 そのまましばらく雑談を続けながら勇者を追いかけた。街から離れる程に草は生い茂って街道にまで浸食している。


「もう空飛ばないと勇者見えないですよ」


「ホントだね。魔物を召喚したら草刈りしないと」


「え?」


「え?」


「草刈り?」


「うん。草刈り」


「それ、魔族がするんですか?」


「そうだよ。だってこのままじゃ危ないもの。このままにしておいて勇者が猛毒の蛇や蜂に攻撃されたら大変でしょ? しかも彼今一人だし。場合によったら死んじゃうし、そうすると人間に化けて教会まで連れてって復活させてあげないといけないし」


「……」どこまで過保護なのだ。いい加減顎が外れてしまいそうだ。


「あ、安心して。魔物の中にはその手のスペシャリストもいるから君にその仕事はさせないから」


「いや、そんな心配はしてません。というかそれも勇者プログラムの一環ですか?」


「そうだよ。出来るだけ彼らの旅を助けるのが魔族の仕事だよ。草木が生い茂った道の奥にある塔や洞窟だとそこに向かうだけでも何日も掛かっちゃうでしょ?」


「あ、そうですね。そう思います」


 何だろう? この心の痛みは……俺が悪いのか? 俺が幻想を懐いていたのが悪いのか? しばらく心の葛藤に打ちひしがれながら黙って街道を進んだ。


「見えて来たね。勇者が洞窟に入るよ。ここからはデバイスで監視できるからこの辺で休憩しようか」


「はい」


 俺とダークネスはデバイスの映像を確認した。すると松明に火をともして真っ暗な洞窟を進む勇者の姿が映し出された。


『ちっ。本当に真っ暗だな。しかも臭い。何だこれ? 王の野郎。わざわざこんなところに来させやがって。魔物の目撃情報だぁ? 馬鹿か! いるわけねーだろ! だが、この中に封印を解くカギがあるとか言ってやがったな。ふざけやがって。そんな重要なもんなら城で保管してろってんだ』


 勇者と呼ぶにはあまりにもガラの悪いチンピラの様なその言動にドン引きする俺とは裏腹に、隣で同じ映像を見ているダークネスは一切動揺した様子はない。まるでいつも通りの日常を見ているかのように平然としている。いや、むしろ楽しんでいるように見える。


「ダークネス様はなんだか楽しそうですね」


「え? いや、魔王様が一体どんな仕掛けをしたのかと思ってね」


「あの勇者のガラの悪さを見ても何も感じないんですか?」


「? 人間なんだからこんなもんじゃない?」


 魔族が人間をどう見ているのか何となくわかってきた。そうか。魔族からすれば人間はあんな感じに見えてるんだ。自分に流れる四分の一の人間の血がざわつく。


「それにしても暗いですね。 あんなに暗いと自然の洞窟の中じゃ危ないのでは? それこそ毒蛇とかいそうじゃないですか」


「自然の洞窟? そんなわけないじゃない。あれは勇者を強くするために魔族が作ったダンジョンだよ。道は整備されて平坦だし、もし迷っても壁伝いに歩けば脱出できるように作ってあるんだからよっぽどのことがない限り安心だよ。もし死んじゃってもこうやって見守ってるし町まで運んで行って復活させるから」


「あ、そうですか」


「あれ? ずいぶんとあっさりした返事だね」


「なんか、ちょっと慣れてきました」


 確かにちょっと慣れてきた。とはいえ魔族と人間の関係性をほぼ百八十度修正しなければいけないのだからそんなに簡単ではない。


『ああ、クソッ。ジメジメして暑い。だんだん腹立ってきた……。カギ見つけたらこの洞窟も燃やしてやる!』


 この勇者の態度を見てると人間が正義とは思えず否が応でも見方が変わる。そんな勇者の言動にイライラし始めていると突然画面が揺れ始めた。デバイスを持っているダークネスもいよいよイライラし始めたのかと思って横を見てみると全く動じていない。再び画面を見るとやはり揺れていた。どうやら画面の中が揺れている様だ。


『う、うわっ。地震か!? ふざけるなよ。こんな暗い洞窟の中にいる時に、なんでこんなにでかい地震……くっ。立ってられん』


 俺とダークネスは顔を見合わす。洞窟の外にいる俺達には地震を感じられない。どうやら洞窟の中でだけ地震が起こっているらしい。


「これかな? 魔王様が言っていたトラップってのは」


 画面の中の勇者は這いつくばって懸命に耐えている。どうやら中は相当強い地震が起こっている様だ。暫くすると揺れは収まった。すると先ほどまで真っ暗だった画面の中に光が差し込んでいる。


『く、はぁはぁ。クソッ。驚かせやがって……ん? なんだ? さっきまで真っ暗だった洞窟の奥から光が見えるぞ?』


 画面の中の勇者はその光に導かれるように歩みを進める。すると、一部の壁が崩れその中から強い光が漏れていた。


『今の地震で壁が崩れたのか? まさかこんなところの壁の奥に隠し部屋があったなんて。地震がなければ絶対に気付かないところだった。どうやら俺は天にも愛されている様だ。ククク……ハーッハッハッハー』


「……彼は滑稽ですね」


「……君は辛辣だね」


 勇者は高笑いしながら、瓦礫を乗り越えて崩れた壁の奥に進む。すると、そこには場違いな台座の上で宝石が光を放ちながら輝いていた。


『うはぁ。すっげぇー……。何だよこれ……めっちゃ高価な宝石なんじゃねーの? ダイヤか? こんなにデケェダイヤならわざわざ苦労して勇者なんかしなくても遊んで暮らせるんじゃねーの?』


 勇者はそのあからさまに怪しい台座の上で光り輝くダイヤを迷うことなくつかみ取る。その瞬間、光り輝く宝石は砕け散り、台座が大きな音を立てて崩れる。すると床が崩れ、その中から悍ましい数の魔物が飛び出してきた。そして、勇者は崩れた床に飲み込まれて落ちて行ってしまった。


『う、うわぁーーー……』


 勇者が穴に落ちていったあと、洞窟からは大量の魔物が飛び出してきた。そして、魔物たちはすぐさま草刈りに取り掛かる。手がカマキリの様なイタチが真空の刃を放って次々と草を薙ぎ払い、掃除機の様な象の魔物が刈り取った草を次々と吸い込んでいく。とても慣れた手つきで作業を進める。それにしても出て来た直後に作業に取り掛かるなんて……魔物たちの仕事に対する熱意には頭が下がる思いだ。なんて感心していると、ダークネスのデバイスから魔王のテーマ曲の着信音が鳴り響く。


『もしもし。ダークネスだね? 作戦通り勇者は魔物を復活させ不可思議ダンジョンの中に落ちた。これで彼は出てこれない。その洞窟は外から持ち込んだアイテムは無効化されるから外に出る為には最下層で封印のカギを手に入れて、その奥にある転移門から地上に出るしかない。三か月間あの中で修業を兼ねて過ごしてもらうよ。その間にこの世界のダンジョンを整備して、魔王復活の準備をしよう。三ヶ月経てばその国の外も平和保障期間が切れるからね」


「わかりました。三ヶ月あれば準備は万全に整えられます。ですが、三ヶ月間魔物はこの国だけに発生する状況になりますが?」


「その国の国境にも魔物を封じる結界が施されているという設定にしたから大丈夫だよ。その封印をその洞窟で手に入れたカギを使って勇者に開封させる。そうすればその国だけに閉じ込めていた魔物が勇者の手によって世界中に蔓延らせる事が出来る。その時改めて魔王復活を宣言しよう』


「素晴らしい。流石は魔王様。わかりました。しかし、私は以前二百年後に復活を宣言しておりますが、百年で復活しても大丈夫でしょうか?」


『ああ。その為に勇者自身に魔物の復活してもらったんだよ。勇者自らが魔物の封印を解いて魔王の復活を早めたことにすれば魔王復活時期が早まっても大義名分が立つ。勇者も自ら魔物を解き放ったことを流布することは無いだろうからね。彼が改ざんしたおばあさまの手記が現実のものとなったという事さ』


「なるほど。了解しました。しかし、あの勇者……三か月間も持ちますか? 少々心に闇を抱えているように見受けられますが」


『大丈夫だよ。洞窟の中には食料もあるし、回復の泉も用意した。五層まで下りたら人間に化けた魔物も用意したからサポートさせるし、話し相手にも困らないだろう。監視も続けるから何かあればすぐに助けられる』


 すっげー手厚い……。これが勇者プログラムなのかと一周回って感心し始めていると、魔王様に声を掛けられた。


『ベル君。パトランプの町に君の相棒を用意した。彼はこの世界の事に詳しいから色々聞いて学ぶと良いよ』


「あ、はい。わかりました」


『勇者が洞窟から出た時はまた連絡する。私も出来るだけ様子を見るようにするけど君もデバイスで彼の様子を見てあげてね。何かあったら連絡してくれ。じゃあよろしくね。ダークネスは魔王の準備を急ぐように』


「は。お任せください」


「じゃあ、宜しく」


 そうして通信は切れた。


「魔王様って本当にいい人ですね」


「いい人っていうかいい魔族だけどね。じゃあワシはここから直接魔王城に向かうから君は町に戻って相棒を探しなさい。昨日教えた魔法探知で簡単に見つかると思うから。じゃあね」


「あ、はい。ありがとうございます。お元気で」


「ベル君もね」


 そう言って手を振りながら転移魔法で消えていった。俺は言われた通り町に向かう為天高く飛翔した。勇者の足に合わせて地上を進むと何時間も掛かる道のりも上空高く飛べば洞窟と町は目と鼻の先に見える。随分と遠くまで来た気がしていた。俺は上空を真っ直ぐに町に向かって飛んだ。町の上まで移動した後、人に見つからない様に小さな蠅の姿になった。辺りはすでに薄暗くなっていた。

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