第9話 勇者の旅立ち②

 ダークネスは魔法を使って人間に変身し、その後パトランプ王国の町の近くに飛んで移動した。すでに太陽は沈み空は紫色に染まっている。俺はダークネスの肩に止まったまま町の中に入った。実際に人の目線の高さで町に入ったのはこれが初めてだった。


「すっげぇー。これが人間の町なんだ! 俺のいた村とは大違いだ」


「そう言えばベル君は人間界に居たんだよね? 何でそんなに人間界に憧れていたの?」 


「そりゃあ、俺は住んでいたど田舎から出たことなかったんで。周りは田んぼと畑と茶畑ばっかりですれ違うのは年寄りばっかり。近くにあるお店は農協だけ。コンビニどころか自販機すらなかったんですよ」


「……ここよりはるかに文明が発達してる世界なのにここよりはるかに田舎ってなんだかおもしろいね」


 そんな雑談をしながら薄明りの中、地球の中世ヨーロッパの様な街並みを抜けて城に向かって歩く。こうして見るとなかなか大きな町だ。人も多い。たくさんの人とすれ違ったが俺達に対して特に不審がる様子もない。ちゃんと人間に溶け込めている様だ。街を抜け城門に差し掛かると門番が立っていた。しかし、特に止めることも声を掛けることもない。町の住人でもない俺達をすんなり中に通した。


(どんだけ平和なんだよ……仮にも百年前に魔王がいた世界なのに何で素通り!? 門番って何!?)


 そのまま真っ直ぐ城の中に入る。真っ白な壁と大理石が敷き詰められたエントランスの広い空間を八本の太い円柱が支えている。その真ん中に真っ赤なカーペットが敷かれ、それが二階に上がる階段まで続いている。その真ん中を通り、二階に上がると、大きな観音開きのドアがあり、その両端にやはり門番らしき兵士が立っているが、ドアを開ける事すらせずただ立っているだけだ。仕事しろよ……。


 そのドアを開けると見慣れた空間が眼窩に飛び込んで来た。あのスクリーンに映し出されていた謁見の間だ。ドアから真っ直ぐにレッドカーペットが敷かれ、その先に玉座があり、そこにあの国王が座していた。そのまま玉座に向かって歩き約十歩ほどの所まで来るとダークネスは膝を付いて王に挨拶をした。


「お初にお目にかかります。私、株式会社魔界から魔王の命により馳せ参じました。ダークネスと申します。先ずは人払いをお願いいたします」


「おお。お待ちしておりましたぞ」


 国王が合図を送ると、兵士たちは謁見の間から離れ、国王と数人の大臣だけになった。それを確認したダークネスは盟約書を懐から取り出す。するとその盟約書が光り出し、そこから盟約書を書いたバルベリトが現れた。


「ではさっそく盟約を取り交わします。盟約に関しては私バルベリトが仕切らせていただきます。こちらの様子は魔界から魔王様が確認されているので双方が盟約書を理解して納得いただければ正式に盟約を取り交わしてまいります」


「ベル君。こっちはもういいから勇者の動向を探りに行って来て。ワシも後から合流するよ」


 ダークネスは小声で俺に耳打ちをしてくれた。俺はダークネスの肩から離れてそのまま謁見の間から出て町まで戻った。城の探索をしたい気持ちもあったが、それ以上にあの勇者の動向の方が気になっていた。


「アイツどこに居るんだ?」


 小さな蠅の姿だと早く飛べるといっても限界がある。しかも、人間に見つかるわけにもいかない。俺は出来る限り人に近づかない様に注意を払いながら町中の道具屋や武器屋、食堂や酒場を探したが見つからなかった。


「はぁはぁ。いったいどこに居るんだ? 旅の準備をしてるはずだよな? もしかしたら宿に戻ったのか? GPSとか取り付けられないのかよ」


 ガシャン! 途方に暮れていると突然、建物の裏手から何かが割れる音が聞こえてきた。俺は恐る恐るその音が聞こえた方に飛んでいく。すると俺の目に信じられない

光景が飛び込んで来た。


「おーい。ベルくーん」


 呆気に取られて固まっていると、城門の方から現れた人間姿のダークネスが遠くから俺に声を掛けてきた。


「あ、ダークネス様。盟約は済んだのですか?」


 ガシャン。


「うん。バルベリト様は人間と悪魔の盟約の認証者だからね。あの方が仕切られた盟約はまず問題ないよ」


 ガシャン。


「アナタの時はバルベリト様の力は借りなかったんですか?」


 ガシャン。


「……あの方の力を借りると魔王様のお耳に入るからね。お忙しい方だから出来るだけ手を煩わせない様にと思ったんだけど、結果的に余計に大変なことに巻き込んじゃったんだ。魔王様にも本当に申し訳ない事をしてしまった。でもこれであの兵士は正式に勇者となったよ。ところで、その肝心の勇者は?」


「それが……」


 俺はさっきから響き渡る何か我がれる音の方向に目線を送る。するとそこには町の至る所においてある壺をたたき割る勇者の姿があった。


「あの人、さっきからずっとああやって町の壺割って歩いてるんですけど……」


「ああ。そりゃ勇者だからね」


「は? え? は? 勇者だから? 勇者だから壺を割るんですか?」


 そうしてひとしきり壺を割り終わると今度は民家の中に入っていってタンスや引き出しを勝手に開けて中の物を取り出し始めた。


「あ、あれは?」


「ああ。そりゃ勇者だから」


「勇者だから? 勇者って!?」


「さっき話した我がまま姫の話あったでしょ?」


「え? あ、はい」


「あの時その国の国王はさ、魔族に大金払ったことでお金が無くなって勇者の旅立ちにお金を二束三文しか与えなかったんだよ。その代わり国王は国民に、『魔王の討伐の為に勇者が必要とする物は黙って与えろ』というおふれを出したんだ。だから勇者は町の至る所にあるアイテムを物色して持って行ったんだ。まぁ王国の民は知ってるからそれでよかったんだけど、勇者はその行為が他の町でも許されると思ってしまったんだよね。でもそのことを知らない他の町の住人は同じように町中を物色する勇者行為に目を丸くしていたんだ」


「そ、そりゃそうですよ! 勇者を名乗ってる人間が家探しして、町の物を勝手に壊して歩けば」


「そう。ワシら魔族も焦ったよ。だから急いで勇者が壊したものを復元して、町の人の私物を弁償して回ったんだ。そうしていつしか勇者であればそれが許されると広まっちゃったんだ。それ以降、勇者プログラムではあの行為が誰の目にも不自然にならない様に盟約と同時に魔法を掛けるんだ。今では多くの世界の勇者が町中を物色するのが当たり前になってるよ。いわゆる勇者名物ってやつだね。ただ……」


「ただ?」


「アレいつからやってるの? 盟約が完了したのついさっきだからそれ以前からあれやってるとしたら、町の人の目にはただ王宮の兵士に町の物を破壊されて、家探しされている行為に映ってるはずだよ? めっちゃ怖いよねー」


「……」


「あ、ちなみに盟約完了後に壊れたものは後でこの町担当の復元魔導士がすべて元に戻すから心配しなくても大丈夫だよ」


「いや、そんな心配はしてないんですけど。って復元魔導士!? あれ元に戻すのも魔族の役割なんですか?」


「そ。あれを元に戻すのも勇者プログラムの一環。一般の方々に迷惑かけられないからね。数が多いと大変なんだよ。早く鑑定魔法覚えてくれるといいんだけど」


「鑑定魔法?」


「うん。鑑定魔法があればアイテムが入ってると青く、モンスターやトラップだったら赤く光る。それを覚えてくれたら青や赤に光るもの以外壊されなくなるから」


「え? 赤い方も壊すんですか?」


「うん。トラップでもモンスターでもそれを何とかしたらアイテム手に入るから赤くても結局壊すんだよ。まぁ即死魔法で死んじゃうことも多いけどね」


「……勇者って……阿保なんですか?」


 開いた口が塞がらないとはよく言うがこれほど実感する日が来るとは思わなかった。その後、勇者は辺りが真っ暗になるまで町中を物色し、その後宿屋に入っていった。


「それにしても勇者を見失うと次に見つけるのが大変ですね。さっきも壺を割ってる音が聞こえなかったら見つけられないところでした」


「ああ。君はまだ知らないんだね。相手の魔力を量る魔法があるから君に送るよ。腐っても勇者だからね一般人に比べれば高い魔力を持ってるからすぐに見つけられるようになるよ」


「へぇ。そんな魔法もあるんですね。よ! 流石魔王」


「いやいや。それほどでもないよ」


 そう言ってダークネスは照れながら俺の頭で魔法を使った。


「さぁ、これで大丈夫。ワシらも宿屋に向かおう」


 町の中央にある宿屋の一階の食堂にその男は居た。マーシャは食堂の隅の席に座って大量の酒を煽ってご機嫌な様子だ。


「アイツ明日旅に出るっていうのになんであんなに酒飲みまくってるんですかね?」


「そうだね。普通こういう時はナーバスになるもんだけど、彼はまるで緊張感がないね」


 俺達はそのままマーシャのすぐ後ろの席に座って聞き耳を立てた。酒を飲んでご機嫌の勇者はブツブツと独り言を言っていた。


「くくくっ。それにしてもうまくいきすぎだろ! ここまで簡単に事が運ぶとは逆にびっくりだぜ。 魔王が復活? 馬鹿か。そんなもんあと百年先だっつーの。俺がババアの手記を細工しただけだってのに気づかずにまんまと引っ掛かりやがった。それにしてもあの国王のあの顔。間抜けすぎて……くくく」


 俺達は互いに目線を送り合った。


「いもしない魔物を討伐するフリをして世界中を回るだけで俺は勇者として世界に崇めらる上に姫を娶ってこの国の国王になれるんだから楽なもんだぜ。昔は恨んだものだが先代勇者様様だな」


 ダークネスは席を立ち店を後にする。そのまま町から離れ魔王様とのコンタクトを取った。


「魔王様。ダークネスです。先程の勇者の話をお聞きでしょうか?」


『お疲れ様。聞いていたよ。魔王の復活をあと百年先と言っていたことが気になってさっきの君と先代勇者との会話をもう一度確認してみたんだ。するととんでもないことが分かったんだよ。そっちにデータ送ったから見てごらん』


 そう言われてデバイスに送られてきた動画ファイルを確認する。そこには先ほど見たダークネスと勇者が対峙している映像が映し出されていた。


『ま、まさか……。この私がお主らの様な小さき人間共にやられようとは……。はぁはぁ、貴様こそ正しく真の勇者だったという事か……。ぐふっ、わ、私の身体が崩れていく……。はぁはぁ。し、しかし、このままでは終わらん。うぐっ。わ、私は必ず復活するぞ。はぁはぁ、に゛っ百年後に復活し、がふっ。こ……の世界をふ、再び闇に覆いつくしてくれる……。わかったか?』


 さっき魔王様はここで映像を一時停止した。しかし、この映像には続きがあった。


『いいえ。……えっと、ちょっと聞き取りづらかったんでもう一度お願いします』


 勇者のまさかの答えに戸惑いながら、再び顔を起こしたダークネスは再びさっきと同じ死の間際を演じながら話始めた。


『ま、まさか……。この私がお主らの様な小さき人間共にやられようとは……。はぁはぁ、貴様こそ正しく真の勇者だったという事か……。ぐふっ、わ、私の身体が崩れていく……。はぁはぁ。し、しかし、このままでは終わらん。うぐっ。わ、私は必ず復活するぞ。はぁはぁ、二百年後、に・ひゃ・く・ね・ん・ごに復活し、がふっ。こ……の世界をふ、再び闇に覆いつくしてくれる……。わかったか?』


『はい。大丈夫です。今度はちゃんと聞き取れました二百年後ですね。わかりました』


『はぁはぁ……ぐおおおぉぉぉーーー』


 そう言って映像の中のダークネスは安堵の笑みを浮かべながら姿を消した。


「……かっこわる!」


 思わず本音を叫んだ。隣で俺の言葉にショックを受けたダークネスは顔を真っ赤にして蹲っている。アドリブが効かない彼は覚えたセリフをほぼ同じテンションで演じていた。相当練習していなければあれほど同じ演技は出来ないだろう。可哀そうなのでそっとしておこう。


『――というわけでこの世界には間違いなく魔王の復活時期が二百年後と伝わっているはずなんだ。特に勇者の一行はしっかりと聞き直してるから間違えるはずがない。さっきの話も踏まえると彼はわざとこの時期に魔王の復活を喧伝していることになる』


「なんて奴だ! 許せない」


『そうだね。まぁ勇者も国王も自分の利益の為に互いを利用しているだけだから痛み分けだね。ただ、こちらとしてはもう盟約が済んでしまった以上彼には最後まで勇者をやり遂げてもらわなければならない。だから、ちょっとお仕置きをさせてもらおうと思う』


「お仕置きですか?」


『ああ。魔族の復活のタイミングに悩んでいたんだけどね。盟約と同時ってのも露骨だったし。だから魔族の復活は彼にやってもらおうと思う。今から準備するよ。引き続き勇者の監視を宜しくね』


 そう告げて魔王様は通信を切った。となりのダークネスは真っ赤になったまま横たわっている。……確かにあれは悲惨だ。あのこっぱずかしいセリフを二度も言わされた挙句それを映像データで見せられる羽目になろうとは。中二病が黒歴史の映像を見せられているようなもの。俺なら自殺ものだ。今はそっとしておこう。


 再び宿に戻ると、勇者は既に先ほどの席にはおらず、魔力探知をしたところ自室に戻っている様だったので俺達も朝まで待機することになった。魔族が人間の近くで滞在する場合、人間に化けて人間の町で過ごす方法と、魔力で作った亜空間に潜ってそこで過ごす方法がある。ただ、亜空間は自分の魔力で空間を生成し、そこに自分の気に入った家具や道具を持ち込むことになるので魔力が高い者でなければ一人用のテントの様な狭い空間で過ごすことになる。魔力が高い者ならいつでもどこでもプライベートルームでのんびり過ごすことが出来る。この日はダークネスのプライベートルームに招待してもらった。


「うわー! すっげーいいですね。 大型トリプルディスプレイのパソコンにリクライニングベッド。おお、Wi-Fiもばっちりだ! それにベッドに座りながら届く位置に冷蔵庫。あ、ウォシュレットまである! 下手なホテルよりずっと快適じゃないですか! 何年でも引き籠れそうですね」


「でしょー。とりあえず今夜はここで休もう。明日も早いからはやく寝るんだよ」


「パソコンで遊んでいいですか?」


「ダメだよ。早く寝なさい」


 そうして俺は部屋の隅にあったソファーで眠った。俺の身体のサイズであればこれでも十分広い。俺もいつか自分の亜空間を作ってここよりいい部屋作ってやるぞ。そう心に誓いながら気を失うように眠りについた。

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