第8話 勇者の旅立ち①

 いつの間にか復活して元のサイズに戻っていたダークネスは魔王様から盟約書を受け取った。そしてそのまま俺とダークネスは席を立ち巨大なドアの前に移動して魔王様に一礼をした。そしてダークネスはドアを開ける。


「うぐぅ」


 ギィィィゴゴゴゴゴゴ……


「はぁはぁはぁ。じゃあ行こうか」


 ダークネスは巨大な扉を力でこじ開けて息を荒げている。


「たい焼き盗んで来たんですか?」 


「は? 何を言っているの?」


「あ、いえ。こっちの話です。この扉って重いんですか?」


「そりゃあ、魔王クラスの魔力がないと開けられないよ。この扉を開けられることがこの部屋に出入りできる条件の一つだからね。部屋には機密情報もあるから」


「そうなんですか? でも、さっき案内してくれていた女性は軽々開けているように見えたんですが」


「……あの御方はワシらなんかよりはるかに強いからね。魔王様の秘書にして腹心。あの人だけは絶対に怒らしちゃダメだよ」


「魔王のダークネス様より強い秘書って……あんな華奢な身体でそんなに強いんですか?」


「魔族の強さは肉体の大きさより魔力の大きさだよ。ワシの場合は魔力では足りない部分を筋力でこじ開けるんだけど、魔力が高ければ魔力が呼応して簡単に開くんだ。この会社の魔王役は人間を怖がらせるために肉体の大きさや見た目の怖さを重視して選ばれているだけだし、魔界全体から見ればこの会社にいる上位魔族は上の下。仮に秘書さんをSクラスとするなら部屋にいた魔王はワシを含めて精々Aクラスだからね。Sクラス以上の上級魔族はほとんどがのんびり暮らしているよ。あれだけ休まずに働いているのは魔王様くらいだね。あーあ。ワシも一度魔王役やったからもう魔王なんてやらなくていいと思ってたのに! 流行ってたとはいえ復活の宣言なんてしなければよかった……」


 魔王役は一回やれば免除されるのか? なんだその地方の自治会長役みたいな制度は? 魔王役って魔族ならみんながやりたい役職じゃないのだろうか?


「魔王役ってすごい事だと思うんですけど嫌なんですか?」


「そりゃあ嫌だよ! 一度魔王役を引き受ければ何年もの間その世界で魔王を続け中ればならないんだよ? 短くても数年、ながければ数百年かかる時もある。その間ずっと勇者の動向に合わせた人員配置、プランニング、クレーム対応、アフターフォロー、他の魔王達との会合、討伐後の保証期間中の管理、全部魔王役の仕事なんだから。まぁそれでもDQ地区の魔王役はかなり楽な法だけどね。あーーー……。あともうちょっとでワシもファイヤーして悠々自適に暮らせるはずなのに!」


「でも、復活を宣言しているのであればどっちにしてももう一度魔王役をやらなくちゃいけないのでは?」


「あ、それはそうでもないの。復活宣言したもののそのまま復活しないってのはよくあるんだ。なんか望まれていないっていうかさ、人気がないっていうかさ、それっぽい演出はしたもののそのままフェードアウトしちゃうことはしばしばあるんだよ。でもワシの場合は復活を宣言したうえに新たな勇者誕生しちゃったでしょ? だからさ、もう逃げられないの……」


 そのまま泣きながらまた小さくなってしまったダークネスと一緒に真っ直ぐの通路を通ってエレベーターの前までやってきた。エレベーター前では秘書のお姉さんがこっちを見ている。というか睨んでいる? それに気がついたダークネスは蛇に睨まれた蛙の様に硬直してしまった。


「おい。ダークネス……。お前、魔王様の手を煩わせてんじゃねーよ! 二度と眠れない躰にするぞ? あぁ?」


「も、も、も、も、申し訳ございません。リリス様」


 ダークネスは恐ろしく青い色に変化して、バイブレーション機能でも付いたかのように尋常じゃない震え方をしている。


「ファイヤーだ? 夢見てんじゃねーぞ? 塵も残らないくらいに焼き尽くすぞ。夢見んのは寝てる時だけにしとけ。何なら二度と起きれない躰にしてやろうか? お前は魔王様が何年眠らず働いておられるのかわかってんのか? あ?」


 先ほど優しく俺を案内してくれた秘書のお姉さんは悪魔の形相でダークネスをヒールで踏みつけていびっている。一見良くできる美人秘書にしか見えないあの容姿でいびる姿を見ているとなんだか新しい感覚に目覚めそうだ。


「お前はさっきのガキか。……へぇ。この阿保よりよっぽど役に立ちそうだな。今の仕事が片付いたら私んとこに来るか? 可愛がってやるよ」


 背中に冷たいものが伝わる。恐怖なのか快感なのかわからないその感覚に溺れそうになる。それに抗うように首を横に振った。


「ふっ。まぁいい。今は任務を全うしろ。実際に人間の世界を経験すれば自ずとわかるだろうさ。魔王様に授かった力。お前なら自在に操れるようになるだろう」


「魔王様に授かった力?」


「何だ? 知らないのか? その転移の魔法は今いる世界間を移動できる一般的な転移魔法と違い異世界へも自在に移動できるものだ。高い魔力と高度な技術が必要だから今は魔王様の場所に移動するので精一杯だろうがいずれはどこにでも行けるようになるだろう。随分と魔王様に気に入られたみたいだな」


「そうなんですか?」


「ああ。それを使いこなせる魔族は数える程しかいない。少なくともあの会議室にいた連中には無理だ」


「何でそんなに凄い魔法を俺に?」


「さぁ。魔王様のお考えは私にはわからんよ。さぁ行っといで。そこの阿呆。シャキッとしろ!」


「は、はい!」


「さあどうぞ。こちらのエレベータは一回まで直通になります」


 リリスと呼ばれた秘書は最初に出会った時の様に聡明で妖艶な笑みを浮かべて俺達を見送った。俺は後ろ髪惹かれながらエレベーターに乗り込む。

さっきの姿を見たせいだろうか。初めて会った時は何とも思わなかったが今は心臓が高鳴っている。隣に立っているダークネスも違う意味で動悸が激しくなっている様だ。異常に呼吸が荒い。……こんなのが魔王で大丈夫なの?

 エレベーターを降りて一階エントランスに出た俺達は玄関に向かって歩いていた。隣を歩いているダークネスは会議室にいた時よりもサイズダウンさせている。まぁあのサイズだとエレベーターには乗れないのだろうけど小さくなれるのであればあの会議室で巨人の姿でいた意味は何だったのだろう?


「綺麗な人でしたね」


 俺の言葉にダークネスは目を丸くする。


「え!? き、君はああいう人が好みなの!?」


「いやー。俺も折角魔族になったんだから魔族らしい容姿の彼女を作りたいと思っていたんですけど、実際は人に近い姿の人の方が魔力高いじゃないですか。見た目が立派で魔族らしくても中身は大したことないのもわかったし、それなら人間に近い人がいいなーって」


「……それワシの事言ってる?」


「あ、いえ。そう言う意味じゃないですよ」


 ダークネスは、すごい目でこっちを見てくる。


「人間に近いっていうか、創造神に近い姿っていった方が正確だね。神の御姿に近い魔族ほど始祖に近いんだ」


「そうなんですか。でもダークネス様その姿は結構人に近いじゃないですか? その姿になれるのに、なぜ会議室では巨大化しておられたのですか?」


「ん? ああ、それはその……なんていうか見栄の張り合いみたいな? 俺の方が強そうに見えるだろ的なマウントの取り合いの為っていうか……実際巨大な姿でしか居られない魔人もいるし、それに比べて小さな姿で居るのは何か負けた気がするっていうかさ……それに、ワシはそもそも変身能力に長けた魔族だから魔王役やってるけどさっきのメンバーの中では一番魔力低いしさ。身体だけでも大きく見せないと」


「何か……ちっさいっすね」


 ダークネスはショックを受けたようで膝から崩れる。


「ちょ、おま。……君は結構口が悪いね」


「あ、すいません。思ったことが口から出ちゃうタイプなんで。でも魔王様は小さい姿のままだったじゃないですか」


「魔王様は魔力が大きすぎて力を抑えてもらわないとワシらが正気を保てないっていうか、あの魔王様の魔力に負けない為にも巨大な姿で気を張っているっていうか。逆に巨大化できない魔人もいるけど、そう言う魔人に限って馬鹿みたいに魔力高かったりするし。あの会議室で小さい姿だと逆に浮くんだよね。なんかイキってるみたいで」


「あー。逆にそういう感覚になるんですね。ってことは俺もそう見えてたんですか?」


「いや、君はゲストだったし。逆に魔王様の魔力に当てられて大丈夫かなって心配したくらいだよ」


「え? ああ、どちらかと言えば巨大な魔人の姿にビビってたって感じです」


「ふーん。やっぱり君って若いのに相当魔力強いんだね。魔王様にあの魔法授かってもケロッとしてたし、リリス様も気に入っておられたみたいだし」


「そうなんですか? 実は俺最近まで人間界のど田舎で人間のばあちゃんに育てられていたんで。あんまり魔力とか気にしたことなかったんです。というか自分に魔力があること自体知らなかったって方が正しいですね。魔力を封じるペンダントを付けて人間の姿で生活していたので魔界に疎いっていうか。でもばあちゃんが死んじゃったんで親父に魔界に連れてこられたんです」


「なるほど。どおりで人間界の事は詳しいくせに魔界の事は何も知らないわけだ。君の両親は二人とも魔族?」


「あ、はい。この会社で働いています。でも多分そんなに大した魔族じゃないですよ。父親は蠅型の悪魔系魔族ですし、母親なんて半分人間の血が流れてますし。母親の母が人間で、母親の父は魔族らしいんですけど父に聞いても教えてくれないんです」


「そうなんだ。じゃあ、そのお母さんの父親ってのが高位魔族なのかもしれないね。しかも君は人間の姿にもなれるんだ。この仕事にうってつけじゃないか」


「い、いやですよ。せっかく魔力の封印が解けて魔族の姿に成れたんですから。見た目は幼くなっちゃったけど親父と一緒で綺麗な羽は生えたし。人間の姿にそっくりな母親に似なくて良かったです」


「どちらかというと高位の魔族はみんな人型の小さい姿をしてるけどね。巨大化できてもする意味がないし、魔力を抑えておかないとエネルギーを無駄に消費しちゃうから。巨大な姿になってるのはほとんど魔力が弱い魔族だよ」


「……それ自分で言わない方がいいですよ」


 俺達は話をしながら正面玄関を出た。魔王城の中での魔法の使用は原則禁止されているので一旦城からでなければならなかったがここからDQ地区まではダークネス様の魔法で移動できるらしい。そこからは人間界に繋がる転移門を使ってあの世界に戻る。異世界への転移は特殊なアイテムを利用しない限り基本的にはこの方法しかない。そういえばのむさんは無事だろうか? 


「ダークネス様。のむさんに会いに行くことは出来るでしょうか? 今このDQ地区の何処かに居るはずなのですが」


「今は無理だな。盟約が優先だ。落ち着いたらゆっくり話す機会もあるだろう」


 なかなか思い通りにはいかないな。今日は朝から計画が狂いっぱなしだ。明日には勇者が魔王討伐の旅に出発する。そして、俺はその勇者の旅を追い続けなければならない。勇者に関わると碌な事がないというのむさんの言葉を思い出した。

 

 ダークネスの魔法で人間界への転移門の直ぐ近くまで移動した。以前の魔王役の際に同じ手順で繰り返し移動していたそうで手慣れたものだった。でも、ダークネスには異世界を移動する転移魔法は使えないらしい。それを使える俺って実はすごいのかもしれない。……いや、ダークネスが見掛け倒しの無能なのかもしれないな。


「さあ、行こうか」


「はい」


 俺達は転移門に飛び込んだ。視界が歪み真っ白になった。そして、すぐに全く違う景色が眼窩に飛び込んで来た。


「懐かしいな。この世界に来るのはおよそ百年ぶりか」


「……俺はほんの数時間ぶりです」


 この転移門は人間では決して立ち入ることのできない魔王城の地下深くに存在する。この場所に人間が辿りつこうと思えば一旦この城を解体して地面を深く掘り進めなければならない。つまり直接ここに繋がる道は存在しない。だから、幹部級の魔物たちにはそれぞれこの転移門までの転移アイテムが体内に埋め込まれる。この世界に来る時はこの転移門を通って来て、帰りたい時は自分の中に埋め込まれた転移アイテムでここに移動して転移門を通って帰る。それ以外の魔物たちは上位魔族の転移魔法で魔界から直接送られ、用が済むと纏めて回収するという便利な方法を用いられるが、一度送られた魔物たちは自分の意志では魔界に帰れない。そうすることで魔物たちは頑張って勇者の育成に励む。皆早く帰りたいのだ。


「さあ。外に脱出して例の塔に転移しようか」


 人間たちが転移魔法を利用する場合、街から街に移動する場合が多いが、魔族の場合は人間の町に飛ぶわけにはいかない。だから魔物の住処となっている洞窟や砦に移動する。ほとんどの場合、人間の町からそう遠くない場所に確実に砦が存在するからちょうどいい。というより最初からそれを念頭に置いて建設していくらしい。ダークネスの魔法で崩壊した塔の前まで移動した俺達は早速城に向かうための準備を始めた。


「さて、姿を変えようか。君は人間に変身できるんだよね?」


「え? まぁなれますけどなりませんよ。人間の姿だと飛べないですし。俺はこの姿になります」


 俺は大きさはそのままで蠅の姿に変身した。


「その姿……むしろ殺されない?」


 ダークネスはどこからともなく取り出した殺虫スプレーを俺に向けて言う。どいつもこいつも失礼極まりない。


「だからそんなもんじゃ死にませんよ。町に着いたら小さくなるんで大丈夫ですよ」


「そう? まぁそれならいいか。ワシは人間に化けるからワシの傍から離れないようにね」

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